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2.



 そんなある休日、いつものように王都から帰ってきたロドリエンドがガールンド家に顔を出した。だが、ウィステリアは友人とお茶会に出かけていたため、帰ってきてからロドリエンドが家に来ていたことを聞いたが、どうも様子がおかしかったという。


 来た当初はいつも通りだったが、我が家で父と酒を酌み交わしていた際――家族同様にガールンド家で夕飯を食べ、そしてこの頃支部での仕事が楽しいらしく、めっきり実家に帰ってくることが少なくなった兄たちに代わり、晩酌に付き合わされていたらしい――に、ウィステリアの父が色々な話のついでに、そろそろウィステリアの婚姻を考えているのだと話し始めると、もうそんなお年頃ですかとロドリエンドは考え込み始めたという。


 父は、ロドリエンドもいつまでも小さいと思っていたウィステリアが、婚姻を考え始める年だと感慨深く思ったのだなぁ、などと帰ってきたウィステリアに上機嫌に話しかけていたが、ウィステリアは面倒臭いことになったかもしれない、と思った。



 そうこうしているうちに、花祭りの時期がやってきた。豊穣の神への感謝をこめ、選ばれた巫女役の娘が街を練り歩いて花を撒くこの祝祭の日は、常日頃支部で仕事に精を出していたウィステリアの兄たちも実家に戻ってきていた。この日は、豊穣を感謝すると共に、得られた農作物で食卓を家族で囲むことができる幸せを神に感謝する日でもあるからだ。

 勿論若い者たちの中には、折角の祝日だからと家に顔を出さず、友人たちと遊び歩く者も多いらしいが、ガールンド家は信心深いため、神に感謝を捧げる日は可能な限り集うようにしている。

 滅多に家に帰ってくることのない兄たちの元気な様子を見て、父は酒も飲みながらかなりご機嫌であったようにウィステリアには見えた。兄たちも普段はあまり父と飲みたがらなかったが、今日は祝いの日ということで上質な酒を出し、一緒に鼻歌気分になっていたようだ。


 実はその少し前まで、隣国で王都に出す予定だった店が隣国で起きた暴動のため延期となり、色々ごたついていたのだ。暴動は鎮圧されたようだが、なかなかに不穏な気配が出始めた隣国に、商会としてどのようなスタンスで関わっていくかを再度練り直す必要が出たようで、ガールンド家としても慌ただしい、そして忙しい日々が続いていた。


 もともと、不穏な気配は無きにしも非ずではあったようだが、まさかお膝元である王都近くで暴動が起こるとは、さすがに父も読めなかったらしい。それでかなりバタバタしていたのがやっと一段落付き、落ち着いて花祭りの時期を迎えられたことで父も酒を過ごしてしまったのだろう、と酔っ払った父を見てウィステリアは思う。


 今回の出店の延期のため、叙爵の話は立ち消えになった。もともと父はあまり叙爵を有難がっていなかったためか、それほど気にしてはいないようだが、兄たちは残念そうだ。けれど、叙爵の話が一旦無くなった今、ウィステリアが貴族に嫁ぐ旨味は貴族側にはないだろう。

 見合いもどきのお声がけがあったが、それもなし崩し的に取りやめとなり、ウィステリアとしては、結婚の話が遠のいたことに内心ほっとしていた。

 まだ17歳。結婚に向けて花嫁修業はそれなりに行っていたが、実際に家を出て、新しい環境で全く知らない人間と一緒に暮らしていくことがまだ上手くイメージできていなかったウィステリアは、家のために嫁がねばと思いつつも、もうしばらくここに居られることに安心していた。

 そんな時だった。


 「話をさせていただきたい」


 いきなり、見ず知らずの人間がガールンド家を訪ねてきたのだ。時は夕餉の頃を過ぎた時刻。他人の家を、見知らぬ者が先触れもなしに訪ねてよい時間ではない。

 だが、家令がその不届き者を止められなかったのは、彼が差し出していたものが希少宝石であるアレキサンドライトであったからだ。その大きさといい、光によって変わる色合いといい、一級品であることは間違いがなかった。どこぞの御曹司、または王族などのお忍びの可能性もある、ということで急遽ウィステリアの父は場を整えた。


 彼は、ここからかなり遠方の国から買い付けに来ている者でロイエンと名乗った。名に聞く東方の黄金郷と称される国で貿易商を営む家の四男坊だとか。自由裁量で各国の良さげなものを見繕い、買い付けをして回っていたところ、ここでつがいの気配を感じたので会わせてほしい、と彼は真摯に頭を下げた。

 そうして彼は、食後に寛いでいた家族団欒の場に招かれ、私を見て即座につがいだと言った。


「つがい!」


 既に半分酔っぱらっていたウィステリアの父は、上機嫌に叫び出した。叙爵にはあまり興味はなかったが、つがいには興味があったらしい。

 つがいを見つけることができる男、というのは最高級の男というステータスの証なのだ、と父に続いてウィステリアの兄たちも叫び出し、その場は盛り上がって再び酒盛りが始まった。

 ウィステリアの「待って」という声など、誰も聞いてくれなかった。


 彼は、ウィステリアに対して、その名前の通りの美しい目だとラベンダーの瞳を褒め、またストレートに煌めく金髪を、神々しいと褒めた。その他にもありとあらゆる美辞麗句を述べられたけれど、ウィステリアにはその褒め方はまるで何か台本を読んでいるかのように感じられ、嬉しいという気は全く起こらなかった。


 そして、何よりウィステリアは困惑していた。彼に、というべきか、それとも彼を語るものに、というべきかにだ。確かにロイエンと名乗るものは初めて見る顔と声であった。けれど、彼の後姿は、ウィステリアが知っているロドリエンドの背中と全く同じだったのである。

 小さい頃からこの背中はよく見ていた、とウィステリアは思う。兄たちに置いて行かれて肩を落としているその背中を、何度撫でて慰めたことだろう。途中からその背は大きくなったが、それでもウィステリアに贈り物をしながらも、ヘタレて上手な言葉を掛けられなかったとこっそり項垂れながら帰る後ろ姿を、ウィステリアは幾度も見ていた。ロイエンと名乗る男の体格と後姿は、明らかにロドリエンドの背中そのものにしかウィステリアには見えなかった。

 

 ロドリエンドが桁違いの魔力を使い、何らかの方法で自分の姿を偽っているのに違いない。ウィステリアは酔っている兄や父に何度も話をしようとした。この話はおかしい、この話を進めないで、と。

 けれど、彼らにとってつがいを見つけることのできる男、というのは実はかなりの憧れであったようだ。コンプレックスもあったのかもしれない。ここまで商会を大きくしたのに、それでも自分にはつがいがわからなかったのだと嘆く父を見て、ウィステリアはこれは母に聞かせてよいものかと心配になるほど、父はロイエンと名乗る男に心酔しているように見えた。

 そうして、幾度も止めようとするウィステリアの話は流され、彼はその場で婿と認定され、酌み交わされる酒の量はどんどん増えていった。


「買い付けの途中だったのですが、つがいを見つけたのですぐ国に戻りたいです」


 これからどうするかをウィステリアの父に聞かれ、ロイエンと名乗る男は上機嫌でそう答えた。


「勿論彼女を連れて」


 そうして、先ほど見せていた宝石を再度取り出すと、ウィステリアの父へと渡した。


「本来でしたら自分が国へ戻り、その後色々な贈り物と共に再度伺うべきだとはわかっていますが、どうしても彼女と離れることができません。そこで、とりあえずこれを結納の品代わりにお渡しさせていただきますので、このまま彼女を連れて帰ってもよろしいでしょうか?」


 ウィステリアの父と兄たちは、つがいと出会うと一日も離れたくないというのは本当か! とご機嫌で了承した。本日は我が家に泊まり、そのまま明日連れて行くがよい、と。ウィステリアの母は、いつものように何も言わずにニコニコと笑っているだけであった。


 ウィステリアは絶望した。誰も話を聞いてくれない現状に。


 けれど、どう言えばいいのだろう、とウィステリアは思う。普通の人間では手に入れることができない高額な結納の品。このような宝石を持つのは、確かにものすごいお金持ちであることは分かる。他者を圧倒する財力を持つ者、というのもつがいが分かる獣人の特徴の一つだ。そういう意味では彼はそれに当てはまっているのかもしれない。

 けれど、本当に彼は、東国の貿易商の子息なのか。ロドリエンドが桁外れの魔力を使い、何かしらの魔法で姿形を偽っているだけではないのか? でも、もし偶然ロドリエンドに似ているように見えるだけで、本物だとしたら騒ぎ立てるのはとても失礼なことになる。


 考えれば考えるほど、ウィステリアは分からなくなっていった。周りの状況を読む、を信条としていたウィステリアは何が一番最適なのかをひたすらに考えたが、どうやっても答えは出なかった。

 けれど、とりあえず明日になったら彼と一緒にこの家を出ていかなくてはならないのだ、ということだけは分かった。あまりにも呆気ないが。

 ウィステリアは今まで『つがい婚』を羨ましいと思ったことはなかったが、無理矢理結婚させられる女性を不憫だと思ったこともなかった。けれど、この現状は何だろう。何を信じて、どうすればよいのか。

 つがいという言葉に踊らされ、ウィステリアの家族は、まったく耳を傾けようとしない。『つがい婚』を望む若い女が玉の輿を夢見ていたように、男たちは番を見つけ出せる男となることに強い憧憬の念を抱いていたのだ、ということをウィステリアはこの瞬間初めて知った。


 ウィステリアの困惑を余所に宴会は続き、彼女以外は大喜びであった。急な客にもかかわらず、給仕することになったメイドたちも『つがい婚』をすることになるウィステリアを祝福し、それが一層ウィステリアを遣り切れない思いにさせ、もはやただ微笑むしかなかった。



誤字報告いただきました。ありがとうございます。修正いたしました。

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