転校生と制服
中学二年生の二学期の始業式。うちのクラスに転校生がやってきた。
「シオリです。よろしくお願いします」
親の仕事の都合で都会から引っ越してきたこと、小学生の弟がいること、好きな教科は国語であること、趣味は読書と、アイドルの曲を聴くこと、小学校の頃から書道をしており、こっちでも続けたいこと。通り一遍の自己紹介をした後、転校生も来たからと席替えを行い、私の隣の席にシオリが座ることになった。
シオリのところには、案の定休み時間のたびに人だかりができていたが、シオリが愛想は良くてもあまり喋るのが好きなタイプではないとわかると、クラスの中心グループは次第にシオリに興味をなくしていって、シオリも休み時間には勉強をしているか、読書をしているかの、いわゆる大人しい子のポジションに落ち着いていった。
---
シオリが転校してきて一週間が経ったころ、気づいたことがあった。シオリは制服のリボンを、毎日マジメにつけて学校に来ている。
うちの学校の校則はゆるめで、リボンやネクタイは、始業式とか朝礼とかの時だけしてればいいし、ワイシャツのボタンも一個なら開けていいことになっている。チェックのスカートは「成長することもあるから」とかの理由で、多少短い程度では何も言われないから、クラスのイケイケな子たちは折ったりしている。そんな、田舎特有の「マジメな格好ってなんかダサい」なんて価値観がゆるーく支配している学校で、毎日リボンをマジメに付けて学校に来る子なんて皆無だし、私も例外ではない。そんな中で毎日第一ボタンまでシャツのボタンを留め、リボンもボタンが見えないほどきちんとしているシオリは珍しく映った。最初は転校先で浮かないようにしているのかなと考えたけれど、このクラスの雰囲気からすると、逆に浮いてしまっているような。
「ねえ」予鈴がなった後の、本をしまったタイミングでシオリに話しかけると、シオリは顔を上げて返事をした。
「あ、ミドリちゃん、なに?」
「シオリってさ、どうしていつもリボンしてるの?」
「あ、え、変だったかな」
「いや、変ってことはないけど、うちの学校ってそんなに校則厳しくないし、どうしてかなって」
「えっとね」
シオリはそこで言葉を切って、ちょっとはにかんだ。
「私制服のリボンって、ちょっとした憧れだったんだ」
「憧れ?」
想定外の言葉だった。リボンが憧れとは。
「うん。前の学校の制服ってね、カッターシャツにジャンスカ……あ、ジャンスカってわかる?上と下が繋がってるスカートなんだけど、それだけで、リボンってなかったんだよね」
「あー、見たことあるかも」
「うん、それってさ、白と黒だからぜんぜんかわいくないってみんなからすごい不評で、私もかわいくないなって思ってた。冬服なんてそれにほぼ黒のジャケット着るから、みんな喪服ーなんて言ってて。どのぐらい喪服かって言うと、お母さんが『喪服に使えるね』っていって新居に持ってきたぐらい!」
喪服と言われる制服があるのか。
「だから、こういうかわいいブレザーって憧れだったんだよね。だからなんか、リボン外しちゃうってもったいない気がして」
「へぇぇ~、もったいないなんて考えたこともなかった。みんな首元煩わしいって言って外しちゃうし、シオリはすごいね。ボタンまでしてリボンするなんて」
言ってから皮肉ぽくなってしまったかなと反省したが、シオリは意に介していないようだった。
「うん、前の学校では毎日留めてなきゃ注意されたから、これで慣れちゃってて、外したほうが落ち着かないってのもあるけど……首もとがきっちりしていたほうが、なんていうか……きれいだなって思うから。そういうふうに着るのが好きなんだ」
シオリの言葉はどれもが考えたこともなかったようなことで、どう返すのが正解なのかわからず、私はしばらく答えに困った。
「そうなんだ、なんか、シオリってすっごいマジメなのかなって思ってた」
「そんなことないよ、べつに校則は守らなきゃいけないーなんて思ってないし」
そう言ってシオリは耳元の髪を少しかき上げた。ちらっと覗いた耳には、ピアスの穴が開いているように見えて、ピアス穴はイケイケか不良の証と思っていた私はそのギャップにくらくらした。そのとき、チャイムとともに先生が入ってきて、会話は終わりになり、5時間目の英語が始まった。
授業中、ふと隣の席を見やると、制服をきちんと着て、長くやっている書道のおかげか、背筋をぴんとのばした姿勢でノートを取るシオリは、たしかにとても綺麗に見えて、シオリはマジメとか不良とかではなく、純粋に自分がしたい格好をしているだけなんだなと理解した。周りに流された格好しかしてこなかったなと気付かされた私は、自分をなんとなく恥じた。
--
数日後の朝。時間割を確認して、朝礼があることを思い出した。朝礼のある日はリボン、忘れないようにしなきゃ……と思って、ふと考えが浮かんだ。
今日はなんとなく、朝からリボン付けて、学校行ってみようかな。
ワイシャツのボタンを普段どおりに2番めから下に留めていって、それから一番上のボタンを止める。ワイシャツの襟を立てて、ゴム式のリボンをぱちんと嵌めて、襟を戻して、リボンを整える。首元は窮屈だけど、はじめて制服に袖を通したときのような、新鮮な気分だった。普段はなんとなく一回折って履くスカートも、今日は折らずに履いてみる。
姿見で自分の姿をチェックすると、なんだか野暮ったいけれど、いつもよりすこしだけきちんとした女の子の姿がそこにあった。この服装に猫背は似合わないなと思って、シオリみたいに姿勢を良くしようと、背筋を伸ばしてアゴを引くと、首元の窮屈さもちょっとだけマシになったような気がした。急に変わった格好をしてそんなに似合うわけもないけれど、たまにはこれも悪くないな、と思えた。
お母さんにはどうしてリボンをしているか聞かれたけど、朝礼があるというとそれ以上の興味は持たれなかった。
学校に行くと、シオリはもう来ていて自席でドリルをしていた。よく見ると今日の宿題の範囲である。意外とズボラなのかもしれない。
「おはよう」
「おはよう」
挨拶するとシオリは本から顔を上げて返事をしてくれる。普段ならそれだけだけど、今日はシオリから話題を振ってきた
「ミドリちゃん、今日はリボンしてるんだね」
「そういう気分だったの。朝礼あるし」
「そうなんだ。今日のミドリちゃん、なんかきれいな気がする」
ミドリはそれだけ言うと、なんだか嬉しそうな笑みを向けて、それからいつものように本に戻っていった。
その言葉がなんだかすごく嬉しくて、今日一日ぐらい、リボンを付けたままで過ごすのも悪くないかな、と私は思った。