魔物の森〜覚醒〜
思えば最初から違和感は感じていた。魔王ーーという割に対面した少女からは大した魔力は感じなかった。
剣を握る手も、微かに震えていた。
加えて魔物の森に行くと決まった時の不安そうな様子。
ユリの言葉に対しての歯切れの悪い返事。
すぐに確信した。コイツは殆ど戦えない。
余程外の世界に出す気なんて無く育てられたんだろうな。
そんな事はわかったうえで森に入ったが、まさか襲撃に遭って立ち尽くされるとは予想外だった。
もっと悲鳴あげるとか、泣くとか。
腰抜かすとか、必死で逃げ回るとか。
そんなリアクションだって出来た筈だ。
なのにコイツは悲鳴の一つもあげず、おまけに目なんて閉じて完全にどうぞ喰ってください状態。
胸糞悪い気分だ。
物凄くイライラする。
そりゃ、目の前で人に死なれたら気分は良くないし、それが仲間なら尚更嫌だ。
でも、そういうのともまた違う。よくわからないけどイライラする。
何でそこで諦めるんだと。腹が立って仕方ない。
ぽかんとした表情で座り込む少女。
少女の肩を掴み、生きる事を考えろだの、俺を信じろだの。くさい台詞を吐き捨てる。
苛立ちのせいか、途中だいぶ強く掴み過ぎた気もする。
少女はそんな俺に、痛いだの文句を言うわけでもなく、泣き言を言うわけでもなく。
信じると言った。
俺は守らなければいけない。
俺に全てを委ねたコイツを。
裏切る訳にはいかない。
俺を信じるこの瞳を。
「ラルク!私が魔法で隙を作るわ、ラルクはそこを突いて!」
「頼む!!!」
ユリと目線で合図し、強く地面を蹴る。
魔物が勢い良く突進してくる。
すんでのところで魔物の下へ滑り込み、躱す。
「穿てーーフレイムアロー!」
目標を見失い、慌てて身を翻す魔物にユリが魔法を撃ち込む。
キャイン、と鳴き声が聞こえた。当たったようだ。
今、と思ったが案の定魔物の立ち直りは早く、隙にはならなかった。
再び向かってくる魔物の攻撃を躱しながら、タイミングを待つ。
ユリが何度もフレイムアローを撃ち込むが、一弾目以降は当たらず全て躱されていた。
「ちっ。すばしっこい犬っころね……!!」
今俺達が相手にしているのはテンペストウルフ。
気性の荒さと尻尾についている鋭い棘が特徴のAランクの魔物だ。
手こずるのも無理は無い。
にしても、普通こんなとこにAランクの魔物なんざ居ない筈なのだが。
「聖なる力よ、その輝きで悪しきを罰せよ。
ーーホーリージャッジメント」
ヨアンの持つ魔導書(本人曰く聖書)から、光の弾丸が飛び出す。
追尾式のその弾は、テンペストウルフの顔らへんで弾ける。当たったようだ。
よろめく巨体。今だ。
「おやすみだ…ワンちゃんよォ!!」
素早くテンペストウルフの頭上へと飛び、その頭へと剣を振り下ろす。
剣が深く突き刺さる感覚。まだだ。もっと。もっと。
更に手に力を込め、そのままテンペストウルフの身体を真っ二つに切り裂こうとする。
だが、硬い。なかなか刃が沈んでいかない。
「く……っ」
今にも暴れるウルフに力負けして吹き飛ばされそうだ。
もう少し、もう少しなのに。
あと少し、力があれば。
その時だった。
突然体の内側から力が溢れ出る感覚と、何か温かなものに包まれてる感覚。
その不思議な感覚に身を任せ、思い切り剣を突き刺した。
二つに割れ、力なく横たわる巨体。
終わった。倒した。
どっと汗が吹き出す。
緊張の糸が解け、俺は地面にそのまま座り込んだ。
「っはー。危ねー危ねー…硬ぇなこの犬っころ」
「お疲れ様ラルク。ごめん、私、殆ど役立たずだったわ…」
「気にすんな。お互い様だ」
申し訳無さそうな顔をしながら俺に手を差し伸べるユリの手を取り、ゆっくりと立ち上がる。
相手に躱される事で、ユリは明らかに途中から冷静さを失っていた。
たしかに相手も手強かったが、攻撃がだいぶがむしゃらになっていた。
その点、そういう時のヨアンは落ち着いている。少し怖いくらいには。
「それにしても。私は少し不思議な物を見れた気がしますね」
「あ?不思議な物?」
唐突にヨアンがニコニコしながらそう言った。
視線の先は、アイツだ。
キョトンとしながら相変わらず座り込んでいる。
アイツが何だってんだ。
「ラルク。戦っている時、何か変わった事はありませんでしたか?」
「あ…?あー…そういやなんか、急に体が熱くなるっつーか、力が湧くってゆーか。
そんなんはあったけど…何でそんな事をお前が…」
「彼女のおかげですよ。ちゃんと感謝して下さい」
「は?」
あの不思議な感覚がこのちっさい魔王のおかげ?
いやいやいや、なんの冗談だ。
コイツは殆ど何も出来ない筈だろ。
「私は見たのです。まあ、にわかに信じられる光景ではありませんでしたが…」
「いいから。もったいぶんな。何を見たんだよ」
ニコッととびきりの微笑みを俺に向け、ヨアンは口を開く。
ていうかそんな微笑みで見るな気持ち悪ぃ。
「祈りですよ。ずっと手を組み祈り続ける彼女の体から、仄かに温かい光が漏れてきたのです。
そして、その途端ラルクの力が増してウルフを倒せました」
「……神子の力、か?」
存在は知っている。
神に選ばれ、寵愛を受け、祈りで様々な効果をもたらす事の出来る者、神子がこの世界には居ると。
だが、極めて稀な存在なうえに、魔族の神子なんか聞いた事がない。
魔神でも無い限りそもそも神族と魔族は仲が悪い筈だ。
が、体感した力は魔神の加護によるものでは無い。
ありえるのか。こんな事が。
魔族を神子にするなんざどんだけ物好きな神なんだ。
いやまあ、コイツは魔族っぽくは無いが。
「…私、必死で…私に出来る事なんて、祈る事くらいしか無くて。
お願い、みんなを守ってって。そうずっと祈ってたら、突然……」
本人もだいぶ驚いているらしい。
まあ、無理もないな。
その時、突然辺りが眩い光に包まれた。
目も開けていられない程神々しい光。
「あ……っ」
光に目が慣れ始めた時、少女が声を出して一点を見つめている事に気付く。
そっと同じ方向へ目を向けるとそこには、翼の生えた女神が降り立っていた。