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魔物の森〜邂逅〜



「あの、まずは何処へ向かうの?」


「んー、ここから一番近くてそこそこ栄えてる町…て事でマーコットかな」



 城を背にして歩き始めて五分くらいだろうか。そういえば何処へ行くんだろうと思い、前を行く彼に聞いた。

 マーコット。知らない場所だ。まあ、お城から外の世界を知らないんだから、わからなくて当然だけど。


 談笑しながら進んでいると、行商人らしき老人とすれ違う。老人はピタリと立ち止まると、私達に声を掛けてきた。



「お若いの、マーコットへ行くと言ったか?」


「…そうだけど」


「辞めときな。私はここから直ぐの小さな村の者だが、昨晩から急にマーコットの手前の森が騒がしくなったんだ」



 森が騒がしい?一体どういう意味だろうか。ラルクの顔を見上げると、怪訝そうに目を細めていた。



「騒がしいって、魔物か?俺らは昨日の昼にそこを通ってきたけど何とも無かった。こんな一晩でか?」


「だからみんな恐れて近寄らないんだよ。たった一晩で森が魔物の巣窟になるなんて、初めて聞くからな。悪い事は言わない、マーコットは辞めて他の場所に行きなさいな…」



 老人はそう言いながら去ってしまう。どうやら別の道を使えばまた違う場所へ行けるらしい。

 それなら別に危険を冒さなくても良いか…なんて思っていると、ラルクの舌打ちが聞こえた。



「あの爺さん俺を誰だと思ってんだ…?魔物上等、このままマーコットを目指すぞ」


「ええ!?」



 ラルクの目は、それはもうギラギラとしていた。直感的にもう多分どうしようも無いんだと思う。実際、ユリアさん達は「またか」と言わんばかりの表情でお手上げポーズをしていた。

 どうやら私の初旅は波瀾万丈になりそう…。


 暫く道なりに歩き続けて多分一時間くらい。目の前に鬱蒼と生い茂る森の入口が見えた。一歩近づくごとに光が遮られ、まるでここだけ夜のようだ。心做しか魔物らしき鳴き声もする…。



「さーてと。ユリ。ヨアン。あとお前も。準備は良いか?」


「勿論。いつでも行けるわ」


「ソフィアさん。何かあったら守りますから、安心して下さいね」


「ヨアンさん…ありがとう…」



 私の不安そうな表情を見て、ヨアンさんがぽんと肩に手を置き声を掛けてくれた。何故かラルクは少し機嫌の悪そうな目でこっちを見てたけど…。



「まあ、ホントにあれな時は助けるけど大丈夫でしょ。だってこの子一応魔王なんでしょ?」


「え…あ…うん…」



 ユリアさんの迫力に押され、思わず返事をする。でも、本当は…


(魔物なんて…無理だよ…怖い…)


 一口に魔王と言ったって、みんながみんな想像するような強さじゃない。魔王の家系に産まれてしっかりと魔王としての強さを得られるのは、男の人だけ。女の場合はそんな事は無いのだ。

 だから普通は男が跡を継ぐんだけど、私の両親には子供が私しか居なかった。だから私が跡を継いだって只それだけだ。


 私に出来るのは、治癒魔術と多少の剣術。

 たった二つだけ。他には何も出来ない。


(これじゃあ私はきっとお荷物…)


 ユリアさんのように攻撃魔法を使える訳でも無い。

 治癒ならヨアンさんにも出来る。

 剣術は明らか齧った程度の私よりラルクの方が上だろう。


 私、此処で見限られて捨てられるかもしれない。そんな事を悶々と考えながら皆の後ろを歩く。私に出来るのは、只お願いだから魔物と出くわさないで!と思う事だけだった。


 森に入ってから十五分程歩いた。今のところ、なんだか気味の悪い鳴き声は聞こえるものの、魔物と邂逅してしまうことは無かった。

 意外とこのまま何事も無く通り抜けられるのかも。なんて思った時だった。



「来るわ!!!」



 ユリアさんの大きな声に思わず萎縮し、立ち止まる。私の突っ立っている場所から真っ直ぐ右の方向から、ザザザーーと草木をものすごい速さで掻き分けてくる音がする。


(あれ、これ、私、動かないとまずいんじゃ…)


 そう思っても身体は動かなかった。あっという間に音の主の姿が視認出来る所まで来た。その瞬間、全ての景色がスローモーションに見えて、音が聞こえなくなった。


 これは所謂走馬灯というやつか。

 やっと外に出れたのに。

 これからってとこなのに。

 私、死ぬんだな。


 至って冷静にそんな考えが次々と頭に浮かぶ。もう、眼前にまで魔物は迫っている。それは大きな狼のような魔物だった。


(みんな、ごめんなさい…)


 そう思いながら覚悟を決め、ゆっくりと目を閉じたその時だった。



「何ぼさっとしてんだ!このバカ!!!」


「きゃ…っ!?」



 不意に聞こえたラルクの叫びと、グイッと身体を引き寄せられる感覚で世界が元通りに動き出す。

 大きく開いた魔物の口は空を切り、ラルクは私を抱えて後退していた。

 地面に降ろされポカンとする私を見て、ラルクは私の両肩をガッと掴み、物凄い剣幕で叫んだ。



「あのな!この旅はお前が主役なんだぞ?お前が早々に居なくなってどうする!?

 死を覚悟するんじゃねェ、しっかり生きる事考えろ」


「でも…っ、私、魔王なんて肩書きだけで…あんなのと戦える力なんて…!」


「だからなんだよ」



 食い気味にそう言われ、心做しか肩を掴む力も強まった気がした。揺れる私の瞳を真っ直ぐ見つめながら、彼はこう言った。



「何があっても俺が必ず守る。お前は只、俺を信じていればいい」



 根拠ーーは彼が勇者であるということであるかもしれない。それでも何が起こるかわからないし、確実に守りきれるかなんてわからない。

 それなのに、何故かその言葉は私の心の一番深い所に突き刺さったような感覚がした。

 心が震える、ていうのはこういう事を言うのかもしれない。ラルクの手が置かれた部分がじんわりと熱を持っている。強く掴まれたからかもしれない。

 なら、どうして、ほんのりと顔も熱いのだろうか。


 その答えは、わからない。わからない、けど。



「…わかった。信じます…だから私を…守って…」


「勇者ラルク様に任せな。お易い御用だぜ」



 私の言葉にラルクは満足そうに笑って見せた。

 ラルク、ユリアさん、ヨアンさんの三人は揃って体勢を整えた魔物へと対面する。


 私は、只、三人の後ろで祈る。

 誰も怪我をしませんように。

 誰も欠けませんように。

 神様が、三人の味方でありますように、と。



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