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幕間話 とある勇者の記憶

 


 その日は確か、燃え盛るような暑さが肌を刺す夏の日だった。


 私は庭で息子の剣の稽古をつけていた。丁度稽古も一段落し、家の中から美味しそうな匂いが漂ってきたので、そろそろ休憩にしようかと言おうとしていた時だった。

 大きな声で私の名前を呼び、手をちぎれんばかりに振ってこちらに走ってくる人影があった。隣町に出稼ぎに出ている村長の娘、サリーだ。



「どうしたんだいサリー。そんなに息を切らして。まだ帰ってくる時間では無いだろうに」


「それどころじゃないのよジェイルおじさん!私町で聞いたの。近頃不可侵の誓いを破って魔王が魔族達に人を襲わせてるって!」


「何だって…?」



 そんな事はありえない。真っ先に頭に浮かんだのはその言葉だった。

 私は今の魔王グードの事をよく知っている。何故なら私の妻リーシェは魔族の娘でグードと幼なじみだからだ。


 魔族でありながら人の何倍も清く優しい心の持ち主だったリーシェは、人間の事が好きだった。だから幼なじみが魔王になる事が決まると、人間が如何に素晴らしい生き物で、害の無いものであるかという事を説いた。

 信頼していたリーシェの言葉と、私という人間と触れ合った彼は、全ての人間を完全に信じる事は出来ないが、手出しはしないと約束した。


 そして彼が王になると、人間の王とお互いの領地を侵さず干渉せず、平和に暮らすという誓いを交わしのだ。


 そんな彼が急に人を襲わせるなどと、到底信じられる事では無かった。だが、実際に被害が出ている。

 そうであれば、勇者の家系の私は人々の為に剣を握らなければいけない。魔王城に出向かなければ。サリーも、私に剣を取って欲しくて急ぎ知らせに来たのだ。



「リーシェ、話がある」



 その晩、私はリーシェに事の顛末を話した。リーシェは終始信じられないという顔をしていた。



「…グードを、討ちに行くのですか?」


「いや、彼が何も無しに急に侵攻する筈が無い。道中人に害を与える魔族は切り伏せるが…彼とは話をするつもりだ。致し方ない時もあるだろう。だが、出来る限りの事はする」


「…わかりました。どうか気を付けて。そして、彼を頼みますね」



 翌日、リーシェと息子のラルクに見送られ、私は旅に出た。道中連れて行って欲しいという者も何人か居たが、自分に敵意は無い、落ち着いて話そうと彼に伝える為には一人の方が良いと思い、全て断った。


 家を発ってから一月程だろうか。遂に目的の場所へと到着した。道を塞ぐ魔族達を切り伏せ、やっとの思いで対面した彼は、鬼の形相をしていた。



「ジェイルよ。どの面を提げて此処に来たのだ」


「グード。何故君がこんな事をしている?訳があるのだろう、話してくれ。私は君と争いたくは無いんだ」


「今更何を話す!!!私はお前が一番憎いのだ!!!私から大切なものを奪った貴様が!!!良いだろう、しらばっくれるなら貴様の罪、私が全て語ってやろう」



 それから語り始めた彼の話を要訳するとこうだ。


 まず、彼の言う大事なものとは幼なじみのリーシェの事。

 彼にも妻や子が在るが、同じくらいにリーシェを大事に思っている事はよく知っている。

 そしてそのリーシェが私に殺された。やはり人間は恐ろしい生き物だ、と彼の元へ報せがあったのだ。


 おそらく不可侵の誓いに不満を持つ魔族の出任せだろう。つまり彼は騙されていたのだ。


 一通り話を聞いた後、簡易魔術でリーシェと連絡を取り、声を聞かせ、その報せは嘘だと伝えた。

 彼の誤解も解け、安堵にほっと胸を撫で下ろす。


 しかし次の瞬間、彼から(おぞ)ましい殺気を感じ、思わず剣を構えた。


 それは一瞬の出来事だった。



「…グード、何を…!?」



 鳥肌が立つ程の殺気は直ぐに消え、柔らかい笑みを浮かべた彼の顔が近付く。

 その瞬間、剣に何かが刺さる鈍い感覚があった。


 ツンと刺すような鉄の臭い。

 ぐったりと覆い被さってくる体。

 ぽたぽたと流れ落ちる赤い液体。


 彼は、自ら私の剣に貫かれていた。目の前の出来事に頭が追い付かない。何故こんな事を…。

 動揺する私に口から血を垂らしながらグードは言う。



「私は…自分の大切な友人や幼なじみを…信じる事が出来ず…申し訳無くて…もう顔向けが…出来ない…」


「そんな事…そんな事っ、私もリーシェも気にしていない!!」


「自分で自分が許せない…のだ…こんな最期を…許してくれ…」


「ああ…ああ、勿論だとも…っ」



 もう彼が助からない事は私がよく知っている。私の扱う剣は、代々我が一族に伝わる特殊な剣。いくら魔族を統べる王の彼であっても、この剣で急所を貫かれたらもう助からない。

 だから、彼の最期の言葉を一つも取りこぼさないよう、全て聞こうと思うのだ。



「…私は、君や一部の人間には信頼を置いている…が…全ての…人間を…信じてはいなかった。それ故…娘にはずっと…人は醜いと…だから…城を出ては…いけない…人とは…関わるなと…言ってきた」


「ああ…」


「だが…もうやめにしよう…そこに居る…シンディに…私の…最期と…君達の事…人間とは…きっとわかりあえると…そう、伝えさせよう…」


「ああ、それがいい…」


「最期に…お前に会えて…良かっ…た…」


「…私もだ…っ」



 それきり、グードは動かなくなった。


 悲しみに身を焼かれそうになったが、いつまでもこうしている訳にもいかない。

 彼は側近にこの事を娘に伝えさせると言い残した。この先、真実を知った彼の娘と人との橋渡しをする役目が要る。私はその為の準備をしなければ。


 シンディと呼ばれた魔族の娘に軽く会釈をし、城を後にする。


 大切な友人の言葉を胸に、前へと進む為にーー。





 ーーとある勇者の記憶 終ーー


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