第14話 思わぬ訪問
ドゥル山脈を越え、そのすぐそばにあるコーニッシュ辺境伯領の村、通称ふもとの村へとアレンたちはたどり着いた。
通称名がライラック側にある村と同じふもとの村であるが、それは基本的に領内で通じればいいという適当な名づけのせいだ。とは言えその2つの村が相手の村を呼ぶ時には、互いに山向かいの村で済ませてしまっているので特に不便ということもなかった。
ドゥル山脈のある北側への防備が厚い村へと入り、若干ではあるがライラック領のふもとの村よりも栄えている印象のある村の中を通って、一軒の宿の前でアレンが馬車を停める。
そして手綱をマシューへと任せると、ドアを開けるために御者台から降りた。
「いやぁ、なかなかに楽しかったわい。やはり人間とエルフでは視点が違うのぅ。ここで終わりというのが残念じゃ」
「そうですね。もう少しお話を聞いてみたかったです。エルフの方々は森に根ざした生活をしていらっしゃいますし、宗教も精霊信仰ですから、視点の違いはそのあたりが関係してくるのかもしれません」
「確かに、そういった影響は大きいかもしれないな。まあ寿命が長いということが考え方に与える影響もあるとは思うが」
機嫌よさそうな顔でギデオンが最初に馬車から降り、それにイセリアとカミアノールが続く。その仲の良さそうな姿からは、出会った初日にアレンから女たらしということを教えられた時にギデオンとイセリアのしていた呆れた様子からは考えられないものだった。
外見が良く、さらにギデオンとイセリアと議論できるほどの知識もあり、さらにはミスリル級冒険者で強さも兼ね備えている。
「女たらしってより人たらしだよな、あんたって本当に」
宿へと向かう2人をよそに、1人その場に残ったカミアノールへとアレンがかける。それに対して、カミアノールはなにも言うことなく、肩をすくめてニヤリとした笑みを浮かべて返した。
その姿はそれが天然ではなく、意図的にカミアノールがそうしているということをアレンに確信させた。
「まあ良いや。同行してくれて助かった。じいさんも満足していたようだし、いざという時にあんたがいるというのは心強かったぜ」
「結局出番はなかったがな。それにアレンだけでも十分に対処できただろう?」
「かもな。結局俺も出番はなかったけどな」
アレンが差し出した手を、カミアノールが意味ありげにアレンを見返しながら握り返す。その意図がよくわからずにあいまいに返したアレンの耳元へと、カミアノールがそっと顔を近づける。
「なあ、アレン。お前はイセリアの事情について知っていて親しくしているのか?」
「……なんのことだ?」
「わかった。そうなら別にいいんだ。じゃあな」
アレンは特に知っているとも知らないとも言わなかったが、その反応で答えを察したのかカミアノールはふっ、と笑みを浮かべるとその身をアレンから離す。
そして握っていた手を解き、くるりとアレンに背を向けると村の外へと歩き始めた。
「今日ぐらい村に泊まらないのか? あんたの話を聞いてみたかったんだが」
てっきり1日程度は村で休むと思っていたアレンがその背中に声をかけると、カミアノールが立ち止まり振り返った。
「ダンジョン発見の報告を辺境伯にしなければならないからな」
「そうか、じゃあ話を聞くのはまたの機会の楽しみにしとく。ミスリル級のあんたに言うことじゃねえとは思うが、道中気をつけてな」
貴族への報告があると言われれば、それ以上引き止めるわけにもいかないとアレンがカミアノールへ餞別の言葉を贈った。
それを受けたカミアノールは、しばしの間、目を閉じて考えるような仕草をした後、ニコリと柔らかな笑みを浮かべてアレンを見返した。
「もしなにか困ったことがあったらヴェルダナムカ大樹林に行って、渡したギルド証入れと私の名前を出すといい。多少は協力が得られるはずだ」
「困ったことね。そうならないのが一番なんだが、ありがたく心に留めておく」
「ああ。じゃあまた会おう、アレン」
「またな、カミアノール」
再会の約束をし、カミアノールはアレンへとその背を再び向け村から出ていった。
小さくなっていくその姿を見送りながら、カミアノールの予言めいた言葉が現実にならないことをアレンは心のどこかで願っていた。
宿での夕食もとり終え、明日は1日馬を休ませるために村に留まる予定なので薬草採取に行くか、と考えつつアレンは自分の部屋のベッドに転がりながら考えていた。
「カミアノールも旅立ったし、向こう側みたいに面倒事に巻き込まれることなんて……ねえよな?」
自分で言っておいて、アレンが若干不安になっていると、アレンの部屋の扉がコンコンとノックされた。
ギデオンかイセリアが明日のことを相談にでも来たかと思いつつ、アレンはベッドから起き上がり扉へと向かう。
「誰だ?」
「俺だ、ナジームだ」
扉の向こうから聞こえてきた野太い声に、アレンが首を傾げながらその扉を開ける。そこには『ライオネル』の前衛の剣士である巌のような男、ナジームがいた。
どこかほっとした表情をするナジームをとりあえずアレンは部屋の中へとすぐに招き入れる。堂々とここに来たということは、ライオネルを既に酔い潰しているのだろうとは予想がついたが万が一見られでもしたら面倒だと考えたからだ。
「どうした? 今後の警備についての打ち合わせってわけじゃねえよな」
部屋の椅子をナジームへと勧め、自身はベッドへと座りながらアレンが声をかける。ナジームはそれに大きく首を縦に振り、そしてつるつるの頭をかきながら苦笑いした。
「アレン、明日はなにか用事があるか?」
「じいさんのために薬草採取には行こうと思っていたが、それ以外は特にないな」
「そ、そうか!?」
アレンの予定がないということを聞き、表情を明るくするナジームの姿に、アレンが再び首を傾げる。
今までの旅の間、基本的にアレンは『ライオネル』とはほとんど接触しようとはしなかった。アレンが余計な手出しをする必要はなかったし、それにライオネル自身に絡まれて面倒なことになることを嫌ったためだ。
「で、結局なにがしたいんだ?」
「ああ、すまない。明日、俺とピートとライの3人で森を探索に行くつもりなんだ。それにアレンも合流して……」
「嫌だ。絶対にライに絡まれるじゃねえか」
ナジームの誘いを、アレンは最後まで聞かずに一蹴する。
アレンはライオネルのことを心底嫌っているわけではないが、さすがに嫌な思いをするとわかっていて一緒に森に行くという選択などするはずがなかった。
そんなアレンの反応を予想していたのか、ナジームは特に驚くことなく、ただ静かに首を横に振ってそれを否定した。
「それはない。今回の旅の最中、ライがアレンになにか文句を言ったり、絡んだりしたか?」
「……そういや、ないな。ときどき睨みつけてきた気はするが」
ナジームに言われて改めてこれまでの道中を思い返し、確かにそのとおりだとアレンが驚く。
同じ依頼を受けた冒険者に絡んだり、文句を言ったりしないなど、普通に考えれば当たり前のことなのだが、今までのライオネルのアレンへの態度を誰よりもよく知っているアレンからすれば、それは奇跡のようなものだった。
「言わねえとアレンが納得しないだろうからぶっちゃけるが、ライは感謝を伝えたいんだよ」
「俺に、か?」
「そうだ。具体的に言えば前のモンスターを擦り付けられた時の証言についての感謝だな。そしてそこを足がかりに先に行こうともしている」
「先ね」
「ああ。その先に、だな」
真剣な表情でアレンを真っ直ぐに見つめるナジームの姿に、アレンが少しだけ考え、そして大きく息を吐く。
アレンが断ったとしても、ナジームが引くことはないだろうことは、その強い意志のこもった瞳を見れば明らかだった。
「わかった。1日だけ付き合う。今度美味い飯でもおごれよ」
「助かる。じゃあ先にパーシーたちに報告してくる。森の中の集合場所については追って連絡する」
「了解。相変わらずお前らはライに甘いな」
「ふっ、惚れた弱みってやつだ」
ニッと不敵な笑みを浮かべ、ナジームは部屋を出ていった。
それを見送ったアレンは座った状態からそのままベッドへと仰向けに寝転がる。明日、もしかしたらアレンとライオネルの関係が大きく変わるかもしれないことに少しだけ笑みを浮かべながら。
そして……
「ああいうことをあいつらが平気で言うから、ライが同性愛者だって噂が立つんだと思うんだけどな」
実力もあり、容姿もそれなりに整っているのに、女の気配が全くないライオネルについてのそういった類の噂を思い出しながらアレンが笑う。
女の気配がない本当の理由を知っているアレンからすれば完全に誤解だとわかっているのだが、それをわざわざ解くようなことをするはずがない。
明日の結果次第ではそれも変わるかもしれないが。
「明日、か。良い方向に進むと……イメージが湧かねえな」
文句を言ったり絡んだりする姿はありありと思い浮かぶのだが、望む結果のイメージが全く思い浮かばなかったアレンは、苦笑いしながら大きく体を伸ばしたのだった。




