第12話 思わぬ落とし穴
孤児院に荷車を返し、上機嫌のままアレンは自宅へと帰り部屋の掃除を始めていた。アレンの家はそこまで大きくはないため、5人兄弟それぞれの部屋などあるはずがない。
キッチンとリビングが繋がった比較的広い部屋の他には狭い3部屋しかなく、現在アレンが寝起きしている部屋の他に、エリックたち男性陣が使っていた部屋とレベッカたち女性陣が使っていた部屋となっている。
アレンが個人の部屋を使っていたのは別に長男だからというわけではなく、仕事で遅く帰ってくることの多かったアレンが弟妹の睡眠の邪魔にならないようにという配慮からだった。
一応アレンとしては帰ってから寝るだけなのでリビングで寝れば良いし、残りの1部屋は自由に使って良いとも提案したのだが、弟妹たちに全会一致で却下されたのだ。
普段から整理整頓を心がけており、掃除も比較的真面目にしているアレンであるため、普段は使っていないレベッカが泊まる部屋の用意はすぐに終わった。
さすがにもう夕方なので寝具を干すことはしていないが、明日の朝に干せば泊まるころには十分だろうと考えアレンが満足そうに笑う。
「これだけ綺麗になった部屋を見れば、レベッカも驚く……あっ!」
部屋を見回したアレンが思わず固まる。確かにアレンの言うとおり部屋は綺麗になっていた。だが、それは致命的な問題になるかもしれないことだった。
「やべえ。レベッカになんて言おう」
そんなことを呟きながらアレンが思考をめぐらせる。
現在、アレンの家は外観こそ昔のままでボロボロであるが、その内部はトレントの木材を使用してアレンが完全にリフォームしているため、まるで新築の家の中のようになっているのだ。
普段、自分しか出入りせず、来客などほぼなく、仮に来客があったとしても家の中に入れるなどといった事は滅多にないため完全にアレンの頭の中からその事は抜け落ちてしまっていた。
アレンは最適な方法を模索する。
家の中をリフォームしたと言うのは簡単だ。もともと隙間風が吹くようなボロボロの家だったし、住みやすくするためにリフォームするというのは不自然ではない。外観がそのままなのも、理由付けはできるとアレンは考えた。
「となると問題はやっぱり資金面だよなぁ。普通の木材でもこんだけのリフォームになれば材料費だけでも結構な金額になるし、行商人やってるレベッカならこれがトレントの素材だと見抜きそうなんだよな。そもそも実際トレントの素材でこれだけリフォームしたらいくらぐらいかかるんだ?」
屋根の修理のために買いに行っていた材木商で売られている建材の値段を思い出しつつ、アレンがざっと計算をしてみる。もちろんトレントの建材が一般向けに並んでいる訳はないのでその基礎になるのは普通の木だ。
トレントの建材を工房などに売る時の金額についてはアレンも少し知ってはいたが、それを材木商で個人が買おうとした場合にどの程度の金額になるかはアレンには皆目見当がつかなかったからだ。
その結果はじき出されたのは……
「うーん、建材だけなら100万ゼニーくらいか。意外と安い……ってそれはネラとしての収入として見ればって話だな。大工への工賃なんかも入ってねえし、そのうえトレントともなれば金は跳ね上がるだろうしな」
ぶつぶつと言葉に出しつつアレンは部屋を歩き回る。
100万ゼニーであれば以前のアレンでも払う事は出来た。それをやるかどうかは別として、弟妹が出ていったことでそこにかけていたお金が丸々貯蓄として残っていたからだ。
しかしそれが数倍に跳ね上がるともなれば、確実に自分はそんなことをしないと断言できた。レベッカも同じ判断をするだろうとも。
「うーん、なにか良い案が、そんな簡単に浮かんできたら世話ないよな」
はぁー、天井をあおいで大きく息を吐いたアレンが、どっかりと椅子へと腰をおろす。以前のボロボロの椅子であればそんなことをすれば壊れてしまいかねなかったが、トレントで作られたそれはアレンの体重をきしみすらすることなく受け止めた。
そのことに少しだけ笑みを浮かべ、そしてアレンがハッ、と目の前のテーブルと椅子を見る。
「そうだ! ニックだ」
そう声を上げてアレンが立ち上がる。この椅子とテーブルはライラックのダンジョンでニックのレベル上げを手伝った時にもらったものだった。また部屋の中にはそれ以外にもニックやニックの仲間たちからもらったトレント製の家具や皿などが点在していた。
アレンは再び冒険者になってから、ニックとその大工仲間のレベル上げを助ける依頼を数度受けていた。その時の休憩時間などに大工たちが作った作品などを報酬とは別に半ば強引に受け取らされていたのだ。
アレンとしても本職が作ったものなので、ラッキーぐらいにしか思っていなかったが。
そしてレベル上げが終わった後、腕の調整のために作った作品を手放したニックたちが持って帰ったのは別のものだった。
最近はそこまでレベルが上がらなくなったのでニックたちも調整のための作品を造らなくなり、その代わりにアレンも結構な量を持たされた、そのものとは……
「トレントの建材だ。ネラとしてやったことを俺がやったって事にすれば良い。なんか変な感じだが、それなら言い訳は立つ、よな?」
アレンの中で一筋の道が見えてくる。
ネラのように一度に大量のトレントの建材を運ぶなどマジックバッグを持っていないことになっているアレンには無理だ。
しかしそれが何度も運んだ結果であれば、アレンが行っていたとしてもおかしな事ではない。
幸いにもアレンが大量のトレント製の建材を抱えて街へと入ってきた場面を見ている者はいくらでもいる。まあそれはニックたちが所属するブラント工房に全て売ってしまったのでアレンの手元に建材は残らなかったのだが。
しかしそれでもアレンがトレントの建材を運んでいたという事実は人々の記憶に残っているはずだった。
そしてアレンはリフォームのために伐採して余ったトレントの建材を定期的にブラント工房へと売りに行っていた。
ハンギングツリーの建材は売れないので地下室に置いてあるが、使い道のない大量のトレントの建材を置くほどのスペースは地下にはなく、結果マジックバッグを圧迫することになっていたのだ。
捨てれば良い話ではあるのだがもったいない精神を発揮してしまうアレンにとって、ブラント工房に売るという選択肢はその問題を解決し、しかも結構良い金額も入ってくるという一石二鳥の方法だった。
そのことが、アレンが定期的にトレントの建材を持ってきていたという証拠になるとはその当時のアレンは全く想像していなかったが、今となっては好都合だった。
「あとは俺の大工の腕が上がった事を見せてやれば良い。あー、そういやトレントの建材、この前で全部売りきったんだった。別に普通の木材を買ってきても良いが……よし、今からダンジョンに行っちまうか。薬草採取の依頼も同時にこなせば良いし」
ある程度の解決方法が見えたことでアレンは表情を明るくし、軽く作った食事をかきこむようにして食べると、装備を身につけて家を出ていった。
そしてアレンは閉門前に南門を抜け、ライラックのダンジョンへ向かってゆっくりと駆けていったのだった。