第7話 様々な理由
真剣な表情で見つめてくるアレンに対して、イセリアが首を傾げて返す。
「例の秘密を守る対価の話でよろしいですか?」
「そうだ」
「そもそも私は命の恩人であるネラ様に何も必要ありませんとお伝えしましたよ。それでも、と仰るので冒険者の知識を教えていただけたらありがたいですとお願いしましたが私はこれでもいただきすぎだと思っています」
「うっ、それはそうなんだが」
何の邪気も裏も感じられない純粋な瞳で見つめられ、アレンが思わずうめく。実際、ドラゴンダンジョンにおいて、うっかり発言によりネラの正体をばらしてしまったのはアレンなのだ。
その時、正体を秘密にしてほしいとイセリアにお願いしようとしたアレンだったが、その対価が何も思いつかなかった。
口止め料などの金銭でなんとかすることが一般的だろうとアレンも考えたのだが、イセリアが金に全く困っていない事をアレンは知っていたからだ。
もちろん暴力などといった非合法な方法をとる者がいるということもアレンは知っていたが、イセリアには何の非もないし、なによりアレンにそんな事が出来るはずもなかった。
どうしようかと考えるアレンに、イセリアは何も必要ないと言ったが、それでも何かを、と話し合った結果イセリアが望んだのが冒険者としての知識を教えてほしいということだったのだ。
その提案はアレンからすれば本当にそんな事で良いのかと思うようなものだった。
「ネラ様のお気持ちも少しわかりますけれどね。まだ会って間もない私は信頼が置けず、十分な対価を与える事で安心できると言うことでしょう」
「いや、信頼してない訳じゃないからな。基本的には良い奴だと思ってるし」
ばっさりと自分の存在を切り捨てるようなイセリアの発言に、慌ててアレンが手をぶんぶん振ってそれを否定する。
まだ少しの期間しかイセリアと一緒にいた事のないアレンだったが、それでもイセリアの性根が善であることは疑っていなかった。とは言えその印象だけで全てを信用するほどアレンは若くも純粋でもなかっただけだ。
アレンのその反応に、イセリアがふぅ、と大きく息を吐き、少し強張っていた頬をほころばせる。
「実はちょっとショックだったんですよ。信頼していないって思われているんだ、と思って。でも今の言葉で少し安心しました」
その柔らかな笑みを見返し、アレンもまた笑みを浮かべる。
少なくとも冒険者の心得を教えてほしいというイセリアの気持ちは本当であり、ネラの正体という秘密の対価として十分なのだと、アレンはその笑みを見て思えたのだ。
「わかった。お前をいっぱしの冒険者にしてやる。とはいってもあんま期待すんなよ。俺が教えられるのって本当に一般的な冒険者の知識だからな。普通にベテランに聞けば誰でも知っているような事しか教えられねえからな。専門的な知識とか、特別な知識とか求めんなよ。無理だから」
「なんというか、ネラ様は時々ですが本当に卑屈になりますよね」
「ほっとけ!」
ころころと鈴のように笑うイセリアを見ながら、アレンは少しだけ口を尖らせてふてくされる。
どうせ俺は万年鉄級冒険者でしたよ、って言うか今は木級だから鉄級ですらないじゃねえか、なんていう考えが浮かんで自らをさらに凹ませたりしたアレンだったが、大きく一度息を吐くと、すんなりと気持ちを切り替える事が出来た。
アレンとイセリアの間にあったわだかまりが少しだけではあるがなくなり、以前よりも柔らかい雰囲気で2人はライラックの街へと向かって歩き続ける。
その周囲に人影はまだなく、2人の土を踏む音だけが辺りに響いていた。
「そういえばネラ様。先ほどのことと関係することで1つお聞きしたいのですが、なぜネラ様は正体をかくしていらっしゃるのですか?」
「いや、正体をばらしたら面倒だろ。普通の生活に支障が出そうだし」
何を言っているんだ、と呆れを含んだような口調で返してきたアレンに、イセリアがふるふると首を横に振る。
「そうではなくて、なぜ普通の生活を維持しようとしていらっしゃるのかという意味です。その力があれば富も名声も全て思いのままに出来るのでは?」
イセリアの言葉に、なるほどとアレンはうなずき、あまり意識していなかったそのことについて考え始めた。
そして少し考えて、イセリアの言う事は確かにそのとおりだろうな、という結論にあっさりと至った。
全てのステータスが五千を超えるアレンの強さは、先のスタンピードの時に見たミスリル級の冒険者たちと比較しようとしても、比較にさえならないほど隔絶した強さだとその時に改めてアレンは認識した。
だが実際にはミスリル級の冒険者でさえ、十分なほどの富と名声を得ているのだ。
もちろん個人差はあるが、引退すれば一生働かなくても良いような金や、その活躍を歌う吟遊詩人が、その生活を成り立たせる事が出来るほどの名声を得ているミスリル級の冒険者は少なくない。
これらの事から考えれば、アレンがもし自重することなくその力を十全に発揮したのであれば、少なくともそれ以上になるのは自明の理だし、アレン自身もきっと出来るだろうなと冷静に判断していた。
しかし……とアレンは考える。
よく考えてみれば、レベル500まで上げてファイヤーボールの威力に驚いた段階で、そうでなくても鬼人のダンジョンのボスであるオーガキングを単独で倒せてしまった段階でそのことをアレンは認識していた。
自分の力が並外れたものになっていることを、それが常人をはるかに超えたものであることを。
それでもアレンは冒険者ギルドの職員という立場を捨てなかったのは、ただ面倒ごとに巻き込まれるからといったそんな単純な事ではなく……
「うーん、俺にとって帰るべき場所であるアレンが大事だから……か?」
「すみません。意味がわかりません」
「すまん。俺自身もこう、うまく言葉が出てこないんだけどよ。たまたまこんな力を手に入れたけれど、これまで過ごしてきた29年が消えるわけじゃねえんだ。俺の本質はあくまでそのアレンであって、力を手に入れたせいでそれが変わっちまうのが嫌と言うか。いや冒険が出来るようになったのは素直に嬉しいんだぞ。ちょっと外食とかで贅沢するようになったり、家を住みやすくしたりもしてるから変わってないって訳じゃないんだが」
まとまらない言葉に四苦八苦しながら、アレンがなんとか自分の考えを伝えようと話し続ける。イセリアは黙ってその話に耳を傾けていた。
アレンは考える。なぜそんなに自分自身を変えたくなかったのかを。
そして考え続けた結果、その脳裏に浮かんだのは大事な4人の弟妹の姿だった。その瞬間、先ほどまでのもやもやが嘘であったかのように晴れ、アレンが笑顔を浮かべる。
「そういうことか」
「なにか?」
「あぁ、俺がアレンから変わりたくないって思ったのは、その場所に帰ってきたい奴がいつでも帰ってこれるようにしたかったからだ。弟妹との思い出のたくさんつまった長男のアレンという皆の思い出の場所を塗りつぶすような事をしたくなかったんだ、きっと」
事情を良く知らないイセリアはアレンの言葉の半分程度しか理解できなかったが、それでもアレンにとってはそれが重要な事なのだろうと察する事はできた。
仮面で直接見ることは出来ないが、その晴れ晴れとした雰囲気はイセリアまで伝わっていたから。
「それではネラ様はこれからもこの生活を維持するという事ですね」
「そうだな。本当に帰ってきたら別の意味で問題なんだが、弟妹たちに安心して戻ってこられる場所があるってことを示すのが俺の役目だと思うし。普段はただのアレンとして、冒険する時はネラとして楽しむ事にする。面倒で悪いな」
そう言ってすまなさそうに謝るアレンに、イセリアは微笑みながら首を横に振って返した。
「いえ、問題ありません。しかし年をとると色々と考えるものなのですね」
「おまっ、年って! いや、29なんてイセリアからするとおっさんなのは承知してるが」
「あっ、これはおじい様の口癖で。あの、そういう意味ではなく人生経験を重ねるという意味で……」
「フォローされると余計に辛い事もあるんだぞ」
美人であるイセリアに暗に年寄り呼ばわりされたことに地味に傷つき、アレンが少しだけ歩調を落とす。イセリアもフォローしようとしたが、それはどうにも空回りしてしまっていた。
そんなやりとりをしながら2人は、だいぶ大きく見えてきたライラックの門へと向かい進んでいったのだった。




