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レベルダウンの罠から始まるアラサー男の万能生活  作者: ジルコ
第一章 雑用ギルド職員の万能生活

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第37話 蹂躙

 ステッキによって押しつぶされ、半ばぐちゃぐちゃになったドラゴンパピーから視線を外し、ネラの涙をこぼすクラウンの仮面が周囲を確認する。地面に転がるモンスターたちを、そして今もなお動き続けるモンスターを。


「てめえら全部消えてなくなれや」


 アレンが腰につけていた袋から次々と赤と青のボールを取り出し、それをくっつけてはモンスターに向かって投擲していく。

 その見えないほどの速度で放たれた弾の勢いにモンスターたちが吹き飛ばされ、さらに破裂した弾の紫の液体を浴びてその体を溶かしながら悲鳴のような叫び声をあげた。

 周囲に酸特有の独特な臭いが立ちこめる。


 既に空を飛んでいるモンスターはいない。その全てが地面へと墜落し、その体表を溶かされながらもがいているからだ。

 アレンが未だうごめくそれらをステッキで一突きして息の根を止めていく。アレンが登場してから全ての敵が殲滅されるまで、その時間はほんの数分といったところだった。


 これ以上敵が出てこないことを確認したアレンは急いでエリックの下へと戻った。見た限りでは負傷や疲労などはあっても死の危険があるほどの傷はないと思ったのだが、それでも心配であることに変わりはないからだ。

 アレンがマジックバッグに手を入れ、ネラとして冒険する時のいざという時用に購入しておいた高級ポーションを取り出す。


「エリック、怪我は大丈夫か。とりあえずこれを飲め」

「兄貴?」

「……違うぞ。俺はネラだ。断じてお前の兄などではない」


 思わずエリックの肩に手をかけ、小声で、静かに諭すような口調でアレンが、エリックの発言を否定する。そしてごまかすように半ば強引に持っていた高級ポーションをエリックの口へと押し込むと、そのまま有無を言わさず注いでいった。

 さすが100万ゼニーもした高級ポーションだけあってその効果は抜群で、大小の傷口から流れ出ていた血は止まり、火傷もぽろぽろと取れて新しい皮膚がその下に現れていた。

 その変化に一安心しながらも、アレンは別の意味で焦っていた。


(やべえ。完全に我を忘れてた。いや、だってエリックが殺されそうになってたんだから仕方ねえだろ!)


 誰に対してかわからないそんな言い訳を考えるほどだ。

 エリックを助けに行くと決めたアレンだったが、もちろんネラが自分であるということまで明かすつもりはなかった。エリックの立場上、ネラの正体を知ればそれを報告せざるを得ないとわかっているからだ。

 アレンがお願いすれば黙っていてくれるだろうとも思っていたが、そうすればいらぬ騒動に巻き込むことになる可能性が高いと考えたのだ。それならば何も知らない方が良いと判断して。


 だが、エリックが殺されそうになっている場面を目の当たりにして、アレンは完全にキレてしまった。正体を隠すということは一気に瑣末事へと追いやられ、エリックを助ける、そしてそんな事をした奴らを殲滅する。その2つの意識しかなくなっていたのだ。

 現れた段階で、「俺の大切な弟」なんて言っているのだからもはやごまかしようはない。さして大きな声ではなかったので、戦闘音に紛れてしまって他の者には聞こえなかったが、すぐそばにいたエリックには確実に聞かれているのだから。


 ポーションを無理矢理飲まされながら、仮面で表情はわからないもののネラの左手が少し開いては閉じるを繰り返している事を確認したエリックが小さく笑う。それはアレンがなにか困って考え込んだときによくやる癖だったからだ。

 エリックは既に確信していた。ネラの正体がアレンであることを。なぜ、という疑問が消えることはなかったが、それでもそれはすんなりと腑に落ちた。


 なにせエリックにとってアレンは昔からずっとあこがれの英雄だったからだ。


 エリックは考える。何がもっとも最適な対応なのかを。そして……


「ありがとうございました。ネラ様。救援を感謝いたします」

「お、おう」


 いきなりかしこまった言葉遣いで感謝の言葉を述べたエリックに少々戸惑いつつも、アレンが返事をする。そしてエリックが礼の姿勢を解き、言葉を続ける。


「申し訳ついでに、1つお願いがございます。ここで防衛に協力していただいていたイセリアという冒険者が、巨大なドラゴンに連れ去られました。おそらく伝説のエンシェントドラゴンだと思われますが、そのドラゴンからネラ様へ、強き者よ助けに来い、時間はあまりない、と」

「イセリアが? ったくあの馬鹿」

「我々の力不足のせいで申し訳ありませんが救助をお願いできないでしょうか?」


 苦虫を噛み潰したかのような顔でがしがしと頭をかいていたアレンに、エリックがそう依頼する。

 その顔は、成長し既に大人になっているにもかかわらず、子供の頃、わがままなどまず言わないエリックがどうしても何かを頼みたい時に見せた顔とアレンには重なってみえた。

 アレンのように冒険者として働きたいから、剣術道場に通わせてほしいと頼んだ時のように。

 アレンはそんなことを懐かしく思い出し、表情をやわらかくしながら首を縦に振った。


「わかった。では救助に向かう」

「ご武運を」


 そう2人は言葉を交わし、アレンが向きを変えて走り出そうと1歩踏み出したところでそれを止め、エリックに再び向き直った。そのことを不思議に思ったエリックに、マジックバッグへと手を入れてごそごそ探っていたアレンが、一振りの剣を取り出してエリックへと差し出す。


「やる。大事に使えよ」


 ドラゴンパピーによって折れてしまったものとどことなく似た剣をエリックが受け取ったことを確認し、アレンは地面を蹴って走り出した。その姿は瞬く間にその場から消えてしまう。

 残された兵士や冒険者たちがぽかんとした表情でその消えた先を見つめる中、エリックは受け取ったその剣を鞘から抜いた。


 すこし赤みがかったその刃には刃こぼれ1つ無くまるで新品同様であったが、新品の装備特有のどこか無機質な印象はそこにはなく、それどころか温かみすら感じさせるその無骨で美しい姿にエリックが表情を緩める。

 その姿は変わっているが、それがアレンが長年使い続けていた剣である事をエリックは見抜いたのだ。


「良い剣だね。もらったのかい?」


 そう声をかけてきたケネスに、エリックはうなずいて笑う。


「ああ。大事に使え、だそうだ。英雄にもらった剣だ。大事に使わせてもらうさ」

「英雄か。変わり者にしか僕には見えないけどね。実力が桁違いなのは認めるけど」

「まああの格好は俺もどうかと思うが、それでも英雄だろ」


 少なくとも俺にとってはずっとな、そんな言葉を心の内に秘めつつ、エリックは崩壊寸前でぎりぎり踏みとどまる事ができたことに安堵し、そして次の波へと備えるために態勢の立て直しと、救援要請を行うべく動き始めた。

 アレンから受け取ったその剣を腰に提げながら。

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