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レベルダウンの罠から始まるアラサー男の万能生活  作者: ジルコ
第一章 雑用ギルド職員の万能生活
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第31話 愛剣の修復

 イセリアとの取引を終えたアレンはいつも通りの生活へと戻っていた。さしあたり生活面で不満だった、住、食については改善を果たしたし、衣についてはそもそもアレンの興味の範囲外なので特に必要性を感じていなかった。


 そんな訳で、今日も今日とてギルドの深夜の仕事をこなし、休みの日にはネラとしてダンジョンで訓練をして過ごしたり、ドルバンの鍛冶を手伝ったりしていたのだが……


「おい、坊主。本当にあの鎧の主は何も言わなかったんだな?」

「だからそう言ってるだろ。何度聞けば気が済むんだよ」

「馬鹿やろう。あれはドワーフの生きる伝説、ゾマル師の作品だぞ。あんな芸術品に携わるなんてこれから先、一生ないかもしれねえんだ。なんで満足しているかすら聞いてねえんだ、この野郎!」

「知るか。さっさと仕事に集中しろ!」


 殴りかかろうとするドルバンを、適当にあしらいながらアレンが鍛冶の準備を進めていく。


 アレンが修理を依頼したイセリアの軽鎧を見てから、明らかにドルバンの様子はおかしかった。先に注文を受けていた全ての仕事を延期し、契約違反でいくつかの仕事について罰金を受けようともそんなことには構いもせず、その軽鎧の修理にかかりきりになったのだ。


 その鬼気迫るドルバンの仕事ぶりはアレンをして近づけないと逃げ出しそうになるほどであり、その修理を終えた後2、3日は魂が抜けてしまったかのように燃え尽きていたほどだ。


「というか師匠がそこまで言うって、そのゾマルってドワーフはすごい奴なんだな」

「ゾマル師だ!」

「あー、はいはい。ゾマル師ね」


 ドルバンが熱く語りだすのを聞きながら、アレンが苦笑する。これまで長い間ドルバンには世話になってきたアレンだったが、これほど興奮したドルバンの姿は見た事が無かった。


 こんな素晴らしい仕事に携わらせてくれたんだから金はいらねえ、と代金すら受け取らなかったことからも予想はしていたのだが、さすがに引き渡してから20日以上経ってもその熱が冷めないとはアレンも思わなかったのだ。


「また会ったら聞いておくから堪忍してくれ。ある程度使用した後じゃねえと、使い心地なんてわかんねえだろ」

「う、む。まあそうだな。絶対に聞いておけよ」


 そう言い残して仕事へと向かうドルバンの背中に向けて、アレンはふぅ、と大きく息を吐き、そしてその鍛冶技術を習うために意識を集中させ始めるのだった。





 いつも通りのぶっ続けの鍛冶を終えてドルバンが眠りについた後、アレンは1人、炉の前で物思いにふけっていた。炉には既に火が入っており、その炎の揺らめきがアレンの顔を赤く染めている。

 ドルバンの鍛冶を手伝い、その高いステータスもあいまってその技術を吸収し続けたアレンには1つの確信があった。


「普通に修理するのはやっぱ駄目だな」


 壁にかかった自分の折れてしまった愛剣を見ながら、そんなことをアレンが呟く。習得した技術があれば、元々のそれと同じ形に造りなおすことは出来ると考えていた。

 しかしその工程は1から作り直すのと大差なく、その強度は上がるどころか落ちてしまうだろうとアレンには予想がついた。


 でもそれでは駄目なのだ。

 確かに冒険者をやめ、隠れて冒険するときはネラの姿で活動するアレンにはその剣は必要ない。

 しかし思い入れのある愛剣なのだから、せめて感謝をこめてより強く素晴らしいものに生まれ変わらせてやりたいとアレンは考えたのだ。


 アレンは決断した。その手段を既に手に入れており、後はアレンの気持ち1つだった。

 ドルバンの技術を十分に身につけた今であれば、それを成す事が出来るだろう、いややってみせると想いを抱き、アレンの瞳に炎がともる。


 アレンが壁に掛けてあった愛剣を取り、そしてもう片方の手で腰に提げていた掌サイズの布袋を取り出した。

 その中には砂粒ほどの赤い粉が詰められていた。その赤い粉の正体はオーガキングの角を粉末状になるまで砕いたもの。


 金属に混ぜるとその強度を増すという特性を持った、鍛冶師垂涎の一級品の素材だ。


「さて、始めるか」


 アレンが歩き出す。その姿は、つい先日ドルバンがしていたような鬼気迫るという言葉以外に形容のしようがない、そんな表情だった。





 翌朝、目を覚ましたドルバンは食事の匂いがしないことに若干不機嫌になりながら倒れこんでいたベッドから起き上がった。

 工房の出入り口そばのいつもの食事スペースは綺麗に片付けられたままであり、そこには食事の用意どころかアレンの姿さえなかった。


 壁際の棚から適当に酒を引っつかんで、それをあおりつつドルバンが鍛冶場への扉を開ける。


「おい坊主! 飯の準備が……」


 そう言って怒鳴りつけようとしたドルバンだったが、地面に倒れているアレンの姿に言葉を止め、慌てて駆け寄る。


「坊主! って寝てるだけかよ」


 近づいたことで聞こえてきたその寝息と、やわらかい寝顔にドルバンは安堵し、続けて軽く舌打ちをした。

 てっきりアレンに何かあったかと本気で心配したのに、ただ寝ていただけという事実に腹が立ってきたのだ。


 そしてそれを抑えておけるほど、ドワーフという種族の気は長くなかった。それは種族的な短所とも言えるが、その場で発散するからこそ後に引くことがほとんどないのだから長所の裏返しともいえる。


 そんな種族の本能に従うかのように、ドルバンは息を大きく吸い、大声でアレンを起こそうとしたのだが、その直前に目に入った台の上に置かれた剣に視線を引き寄せられ口を閉じる。


 そこにあったのは、ほんのりとその刃を赤く染めた剣だった。無骨で飾り気のない姿はドルバンが打つそれととてもよく似ていたが、ドルバンはそこに微妙な違いを感じ取っていた。

 壁に掛かっていたはずのアレンの剣がなくなっていることをドルバンが確認する。


「ついに決断したか。この馬鹿弟子が」


 アレンに視線を戻したドルバンがそう小さく呟く。その表情はその言葉とは裏腹にとても嬉しそうなものだった。





 アレンが剣を修理するようにけしかけたのはドルバンだ。ある程度の技術を修め、そして鍛冶師としての地位も手に入れたドルバンだったが、最近、行き詰っていると感じていた。

 いくら仕事をこなしても、自らが成長しているという実感が伴わずに悶々としていたところにたまたまやってきたのがアレンだった。


 根性のあるアレンをドルバンは気に入っていた。ちょうど時間もあるようだし、アレンが剣を修理できる程度まで教えてやるのも良いかとそう考えての事だった。


 鍛冶の内容から完璧な準備を行ったアレンの姿に、今後の成長を考えて楽しみになってきたドルバンだったが、その仕事を終えた次の日にそれは驚愕へと変わった。


 アレンに納品する剣のチェックを頼まれたドルバンは、少しイラッとしながらもそれを行った。

 実際、納品する前に行う事を事前にしておくだけだと自分自身に言い聞かせたが、後でアレンの頭をこづくぐらいはしてやろうと考えてはいたが。


 順調にチェックしていったドルバンだったが、1本の剣にほんの僅かな違和感を覚えた。

 他と何が変わっているわけでも、欠損等がある訳でもない。他人が見れば十人中、十人全てが見分けなどつかないだろうものだが、その違和感は消えてなくなる事がなかった。


 しばらく考え、そしてアレンへと視線をやったドルバンはその表情を見て全てが氷解するのを感じた。

 その剣は自身が打ったものではなく、アレンが打ったのだと。


 自分自身の考えが常識外れであるとはドルバンにもわかっていた。自分の腕は長年かけて磨いてきたものなのだ。それと同じ仕事を素人がやってのけるなど、ありえない。

 しかし現実にそれは起こったのだ。そのことにドルバンは身震いした。


 昔の姿を知っているドルバンだからこそ、アレンには鍛冶の才能があったかもしれないが、ここまで非常識なものではなかったことが理解できていた。

 そしてそれが意味する事も。


(一流の鍛冶師は一流の冒険者であれ。その言葉の意味を武器の扱いを理解しろってことだとばかり思っていたが、レベルを上げろって意味だったんだな。ゾマル師も人が悪いぜ)


 そんな事を考えながらドルバンはアレンを見つめ、そして武器をすりかえたことを見逃してやる事に決めた。注文の質は十分に超えているのだから問題はないと判断したのだ。

 そして決意した。アレンが剣の修復を終えるまでは師匠の役目を果たそうと。そしてそれが終わった暁には……


(俺自身の壁を突き抜けるためにレベルを上げてやる。なってやろうじゃねえか、一流の冒険者ってやつによ)


 そんな熱い想いを胸に秘めていたのだった。

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