第38話 馬鹿げた計画
アレンの計画を聞いた彼らは即座に行動を始めた。もちろんアレンの提案は、その言葉どおり馬鹿みたいな計画であり、それが必ずうまくいくという確信を持てた者などいなかった。
しかし、もしかしたら、という希望があるだけで彼らには十分だった。
テッサにとってスーはそれだけの存在であり、その仲間のリサナノーラやルパートはテッサの意思を最大限に尊重したいと考えていたし、ライオネルたちはアレンが言うならなんとかなるかもしれないと信じてくれたのだ。
十分にしてきた戦いの準備のおかげで必要な物はほとんど揃っていた。
作戦の詳細を詰めて物資をそれぞれに分配した彼らは、メルキゼレムのみを砦に残し再び森へと向かう。目指すは先ほどスーと遭遇した場所だ。
アレンとルパートの指示に従い、ライオネルが先行して森を突破していく。アレンには及ばないものの人並みはずれたステータスを手に入れている彼らは、モンスターなどものともせず出会う端から倒していく。
「パーシー、右前方」
「了解っと」
先頭を走るライオネルの指示に即座に反応したトリンが、走りながら弓を構えると魔法で生み出した矢を番えて放つ。
それは巨体で地面をゆらしながら襲い掛かってきたサイクロプスの目を的確に捉え、貫く。サイクロプスは襲い掛かってきた勢いのままに前方に体を倒し、二度と起き上がることはなかった。
「ピート、トリン。左からなにか来る。姿が見えたら魔法で対応してくれ」
「承知した」
「わかりました」
ほどなくして姿を見せた、闇のように深い黒の毛並みをした巨大な狼型のモンスター、ブラックウルフの群れに向けてピートが風の、トリンが水の中級魔法を放つ。
人よりもはるかに大きな体躯をブラックウルフたちは持っていたが、それらの魔法を耐えることは出来ず、かなりの勢いで吹き飛ばされると森の奥へと消えていった。
「ナジーム、前の雑草を切り捨てるぞ」
「おう!」
前方に現れた幾多の蔓が絡まってできた丸い体躯の正体不明のモンスターに向けて、ライオネルとナジームが剣を構えて駆けていく。
そのモンスターは蔓を触手のように伸ばして拘束しようとしてきたが、二人はそれをいとも簡単に斬り飛ばすとその丸い体躯を両断した。体を四つに分かれさせられたそのモンスターは伸ばしていた蔓をべたりと地面に落とすとそのまま萎れて小さくなっていく。
襲い掛かってくるモンスターたちを危なげなく処理するライオネルたちの背中を、アレンはリサナノーラを背負って駆けながら眺め笑みを浮かべていた。
「すごい」
「ああ、ライたちは強くなるためにずっと努力してきたからな」
素直な感想を漏らすリサナノーラに、アレンは笑みを深めながら同意する。
アレンに併走するテッサやルパートも、ライオネルたちの常軌を逸した強さに驚きを隠せていなかった。
もちろんこの辺りのモンスターであれば、テッサたちでも倒すことは可能だ。しかし走りながら、しかもその速度をほとんど落とさずに突き進むことなど普通の者には不可能だった。
「アレン、後で秘密を教えなよ」
「いやー、なんのことだ?」
「たしかにあの子たちには才能があった。でも今の強さは異常。なにか秘密があるのはわかるよ」
テッサの追求を笑って誤魔化そうとしたアレンだったが、冷静なリサナノーラの突っ込みにその表情を苦笑いに変える。
ちらりとルパートのほうへ視線をやったアレンが見たのは、まっ、諦めるんだな、と言わんばかりの悟り顔だった。
「それより今は魔王、じゃなくてスーを助けだすことが最優先だろ」
「誤魔化したね」
「誤魔化したな。まあ確かにそのとおりだ。私はスーを助けるために全力を尽くす」
テッサが視線を真っ直ぐに向け表情を引き締める。その強い意志をひしひしと感じながらアレンは絶対にこの計画を成功させてみせると改めて気合を入れなおした。
そしてついにテッサたちが魔王になりかけているスーと出会ったその場所にアレンたちはたどり着いた。
もしスーが移動していたら探すのに時間がかかるため計画に支障がでる可能性があったのだが、スーはその場所にまだ佇んでいた。
だが……
「これは……」
先頭で真っ先にその光景を見たライオネルが思わず足を止める。
森であったはずのそこはスーを中心として大きく切り開かれており、そこにあったはずの木々は地面にわずかな黒い炭となって転がっていた。
前に会ったときは半分程度あったマスクはその面積を4分の1にまで減らしており、感情のない素顔をスーはさらしていた。
そんな彼女の背後には四体の悪魔が控え、更にその背後には数え切れないほどのモンスターがひしめき合っている。
荒いそれらの息づかいが、侵攻への序曲を奏でていた。
ライオネルたちの視線がアレンに集まる。これ以上進んで姿をさらせばモンスターたちが襲い掛かってくるのは明らかだ。
アレンは一度大きく息を吐き、決断を下す。
そして取り出したマスクを顔につけると、そのステッキをいつもどおりにくるりと回してみせた。
「ちょっと雑魚が多いが、俺たちならやれるさ。じゃあ開幕の狼煙をあげるとするか。いくぜ、『メテオスウォーム』」
アレンが天に向けて手を掲げ、普通であれば複数人で発動する大規模魔法を唱える。自らの中から何かが抜けていくのを感じるアレンの上空に現れた雲から、巨大な岩石の雨がモンスターに向けて降り注いでいった。
突然の攻撃に大量の仲間を潰され、取り乱すモンスターに向けてアレンが先頭をきって駆け出す。そんなアレンにスーは表情を変えることなくゆったりと手を向けた。
「うおっ!」
スーの魔法を大盾で受けたアレンが、その衝撃に思わず声をあげる。魔法を吸収する効果のおかげで物理的な衝撃も緩和されるはずなのに、油断すれば体をもって行かれそうなほどの衝撃を受けたからだ。
それはライオネルたちの魔法を受けて検証したときよりはるかに強く、彼我の魔力のステータスの差をアレンに感じさせた。
「盾持ってる奴は油断するなよ!」
そう言いながらアレンはスーに向かって突き進んでいく。突出したアレンにモンスターたちが牙を向くが、ライオネルたちやリサナノーラ、ルパートが魔法や弓矢などを使い、全力でそれを妨害していく。
突き進むモンスターは倒されて山となり、それを乗り越えて新たなモンスターが姿を現す。そして前線を駆けるモンスターの合間を縫って、いやそれすらも巻き込んで三体の悪魔が魔法による攻撃を始めた。
アレンは振り返らなかった。自分の役割を果たすことこそ皆のためになると信じていたから。スーのところへ一刻も早くたどり着くことが最善だと知っていたから。
そんなアレンの目の前に一体の悪魔が立ちふさがる。四体の悪魔の中でも最も体が大きく、漆黒の鎧を身にまとい、剣と盾を持って構える姿はまるで騎士のようにも見えた。
「王の御前である、控えよ下等生物が」
悪魔が発した低く、暗さすら感じさせるその言葉は、普通の者であればそれだけでひれ伏さざる得ないほどの重みがあるものだった。
全身を切り刻むかのように向けられる殺気を受けながらアレンは笑った。
「さながら悪魔の騎士ってところか。ずるがしこいって評判の悪魔が、騎士のまねごととはな」
「己が愚かささえわからず我を愚弄し笑うか、この道化が! もう一度言う、王の御前である控えよ、下等生物!」
「嫌だね。俺は魔王じゃなくて、そこにいるテッサの親友のスーに用事があるんだ。仮にそれが魔王だとしても……」
怒りが限界を超えたのか、その強靭な体躯を揺らしアレンに剣を向けて悪魔が迫る。
アレンは悪魔に対してステッキを構え……
「王に好き勝手に話せるのは、道化の特権だろ!」
そう言って地面が凹むほどの力強さで踏み込み、悪魔に渾身の突きをみまった。
お読みいただきありがとうございます。
あと数話になってしまいました。
少し寂しいですがしっかり完結させたいと思います。最後までお付き合いのほどよろしくお願いいたします。




