第32話 メルキゼレムのもてなし?
ちらりと視線を向け、なぜ王宮筆頭魔術師であるメルキゼレムがアレンに会いたいというのかと暗に聞いてくるライオネルに、アレンは苦笑いして返すに留めた。
メルキゼレムという名前に反応したのか周囲にいた冒険者が会話を探るような気配を感じていたし、アレン自身なんと言えばいいのかすぐにはわからなかったのだ。
王宮筆頭魔術師といえば、このエリアルド王国で最高の魔法使いということだ。
そんな存在と『不惑』や『地図屋』という二つ名はあるとはいえ、そこまで有名というわけでもないアレンに接点がある理由は、現在ヴェルダナムカ大森林にあるエルフの里で修行をしているはずのイセリアが関係してくる。
イセリアはメルキゼレムをおじい様と呼んでおり、手厚い保護を受けていることをアレンは知っている。
イセリアの一級品の装備や持ち物などを用意したのがメルキゼレムであることからもそれがわかるが、ギデオンからアレンに引き継がれた秘密裏にイセリアの様子について報告するという依頼をしていることを考えれば、気にかけ続けていることは明らかだった。
「俺に何の用事があるのかはわからないが、さすがに会わないってわけにはいかなさそうだな。悪いが宿舎の確認はお願いしていいか?」
「ああ。どちらが先に終わるかわからないから、集合はギルドの酒場でいいな?」
「了解。あー、なんか面倒くさそうな予感がするな」
そう愚痴を吐き出すアレンの肩をライオネルがぽんぽんと叩く。そしてライオネルはそれ以上は何も言わずに馬車に残るナジームたちにギルドで聞いた話を伝えるために戻っていった。
そしてアレンは受付嬢にメルキゼレムが住んでいる家の場所を確認すると、そのまま一人で砦の中心部に足を伸ばしたのだった。
ソドモ砦は普通の街ではない。ただ街の構造としては領都であった場所を再利用していることもあって似たところもあった。
防壁に近い外縁部には冒険者や商人などが暮らしたり過ごしたりする区画があり、その内側に兵士たちが過ごす宿舎などが立ち並んでいる。
そしてその内側の中心部。本来であれば領主の館があるその場所には、周囲に比較して少しだけ大きく頑丈そうな屋敷が建てられていた。ただその大きさはライラックにあるアレンの屋敷ほどもないし、花壇や庭も気休め程度にしかない。
「そりゃそうか。維持管理に大量のメイドやら執事やらを連れてくるわけにもいかないだろうし」
国の中でもトップの存在であり、イセリアにあれだけの物を持たせる人物が住んでいるんだからどんな場所なんだろうと少し心配していたアレンは、ほっと息を吐く。
そして気合を入れなおすと、屋敷へと続く門を警備している兵士たちに声をかけた。
「ここはメルキゼレム様が住む屋敷であっていますか?」
「ああ、そうだ。貴殿は?」
「申し遅れました。ライラック所属のミスリル級冒険者のアレンと申します。冒険者ギルドでメルキゼレム様の面会依頼を聞き、参じました。面会の予約をお願いしたいのですが」
慣れない敬語に頭の一部が熱くなるのを感じながら面会の予約をとろうとするアレンの前で、二人の兵士が顔を見合わせて視線を交わす。その表情には少しの困惑が含まれているようにアレンには思えた。
こりゃあ無理かもな、と考え始めたアレンの目の前で兵士がその扉を開けていく。
「アレンと名乗る者が現れたら屋敷に通すようにとの話をうかがっています。間もなく案内の者がやってくると思いますのでしばらくお待ちください」
「えっ、いきなり会う……じゃなくて、ありがとうございます」
いきなりな対応に思わず素が出てしまったアレンに、兵士たちが少し同情するような苦笑を送る。
こういった要人に会う場合、面会の予約をとり、先方の予定に合わせる形で後日会うというのが普通の流れなのだ。少なくとも出向いて早々に会うなどといったことは、よほど切羽詰った事情があるか、訪ねてきた者の地位がそうしなければならないほど高いかのどちらかである。
嫌な予感が増したアレンだったが、兵士たちの反応からしてメルキゼレムはそういったことに頓着しない人なのかもしれないと自らを安心させる。
そしてやってきた全く体にぶれのない歩き方をする背の低いメイドに連れられ、アレンは屋敷の応接室に通された。
応接室と言っても魔王との戦いの最前線の砦にある屋敷のものだ。それなりに体裁は整えられているものの、自らの権力を誇示するような芸術品などは見られない。
(もともとメルキゼレムがそういう趣味っていうなら話しやすそうではあるんだがな)
そんなことを考えつつソファーに座ったアレンは、メイドがお茶を淹れる様子をなんとなく眺めていた。
その動きに淀みはなく、着々とアレンをもてなす用意が進んでいく。まだ若そうなのにたいしたもんだと感心しつつも、アレンはその遊びのない動きに違和感を覚えずにはいられなかった。
「お待たせいたしました。いま使いの者をやっていますので、導師も間もなく戻られるかと思います。それまでごゆるりとおくつろぎください」
そう言ってメイドに差し出されたお茶をアレンが口に含む。
若干の渋みを覚えるその味に少しくびをひねると、コップをテーブルへと戻し、アレンは応接室のドアの付近に控えたメイドに視線を向ける。
「このお茶を出した意味を聞いてもいいか?」
「なんのことでしょう?」
「お茶の中にわずかに毒草が含まれてるよな。まあ腹下しの薬としても使うから一概に毒とも言えないんだが」
そうアレンが告げた途端、ばっと身を翻してメイドは部屋から逃げようと背を向ける。しかしそれをアレンが見逃すはずがなかった。
アレンは胸元に手を伸ばすと、そこから白銀に輝くカードを取り出し、スナップを利かせながら腕を振るう。
メイドの背中に向けて回転しながら飛んでいったカードは、そのままメイドの衣装を突き破って肌に食い込んだ。
「くあっ!」
そんな悲鳴をあげて倒れこんだメイドの背中には、一抱えほどあろうかという氷の塊が張り付いていた。
自分の背中に突然現れた氷の塊に驚きを隠せないメイドに、アレンがゆっくりと歩み寄っていく。
「ああ、悪いな。別に量が量だし、たいした影響もないから純粋に理由を聞きたかっただけなんだが、逃げたからには拘束させてもらうぞ」
「これは……」
「ああ、ちょっとした魔道具もどきだ。刺さった相手の魔力を強制的に吸って魔法陣の効果を発動させるんだ。あっ、素材がミスリルだから後で返してくれよ」
メイドの両手を体の前の方で縛り、拘束した形をとったアレンはマジックバッグの中からポーション入りの瓶を取り出してメイドに渡す。
手渡されたものがポーションだとわかったのか、不可思議そうな目で見つめてくるメイドにアレンは苦笑して返した。
「あんた、十中八九メルキゼレムの弟子か部下だろ? なら責任は指示した本人にとってもらわねえと」
「どうしてそうお思いに?」
「それは自分で考えてみな。うーん、しかし氷にしたのは失敗だったな。魔力の多い奴だとこんな感じになるのか。傷は浅いはずだからポーション飲めば自然に抜けて止まると思うが」
メイドの背中に刺さったカードは未だに彼女の魔力を吸い出しており、その氷の塊は既に抱えきれないほどの大きさまで成長していた。
メイドが床に座っているからこそ問題はないが、へたな体勢であればその重さに潰されていたかもしれない。
アレンに促されメイドがポーションを飲んだことでカードが肌から抜け、やっと魔法陣の発動が止まる。その頃にはメイドと同じくらいの大きさの塊にまで氷は成長していた。
さすがに長時間このままにしておくと風邪をひきそうで可哀想だし、かといって暖めたら床がびしょぬれの大惨事になりそうだし、とりあえず剣で削っていくかとアレンがその柄に手をかけたときだった。
「ほっほ、なにやら楽しそうなことをやっておるの」
そんな声を二人にかけながら、長い白髭の老人が部屋の中に入ってきたのは。
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