第29話 不審者と聖女
スタンリーに関するアレンの印象といえば、聖職者としては立派なのかもしれないが説教臭く、考えていることが良くわからない男というものだった。
テッサ率いる勇者の卵のパーティの回復役として戦っていた彼の実力は間違いなく高かったが、よく言えば視野が広く、悪く言えば細かいところにまで目がつく。
そのため世話役として働いていたアレンの言動に注意することがしばしばあったのだ。
今にして思えばアレンもその言葉が間違っていないと理解できるのだが、神父という職業のせいか説教臭いその小言をアレンは嫌っていた。
他のメンバーはアレンのことを好意的に扱ってくれていたからなおさらなのだが。
しかしアレンが気にしているのは、そんな昔なじみがエミリーの背後に立っていたからではない。
テッサにスタンリーの名前を出したときの、憎むようなその瞳が強く心に残っており、それが言いようのない不安となっていたのだ。
そんな不安を解消すべく、アレンは行動を起こしたのだが……
「申し訳ありません。聖女様は現在お忙しく、事前に約束された方以外と会うことはできないのです」
「いちおう俺はエミリーの兄なんだが」
「すみません。そういった方はその……結構多くいらっしゃいまして、我々では判断が出来ないのです。妹様はよくいらっしゃっていましたのでお通しできるのですが……」
「そういうことか。悪かったな、無理を言っちまって」
「いえ、こちらこそ寄進いただきありがとうございました。あなたにユエル様の加護のあらんことを」
申し訳なさそうな顔をした若い修道士にアレンは笑って返し、教会から外に出る。
家族なんだし会えるだろ、と気軽に考え、寄進がてら受付をしてくれた若い修道士にアレンは話を振ってみたのだが、その結果わかったのは家族を名乗る不届き者が多くいるという知りたくもない真実だった。
「まあエミリーが庶民の出だってのは知られているし、ちょっと手間をかければ家族構成ぐらいは調査できるだろうしな。誤魔化して会ったところで、すぐに嘘だとわかって捕まるだろうし意味がないと思うんだが……しかしまいったな」
ぽりぽりと頭をかきつつ、少し離れたところからアレンが教会を眺める。
教会の窓には色ガラスがはめられており、それらは神話の物語の一部を切り取った絵になっている。右下から順番に見ていくと経典の記載のとおりになっており、文字を読めない者にもわかりやすく教えを授けるための工夫がされていた。
色ガラスを絵にするなど、並みの職人に出来る仕事ではない。やっぱり総本山には金があるんだろうな、などと世知辛いことを考えながらアレンはその絵を追っていった。
そしてふと思い出す。エミリーからもらった手紙に書かれていた言葉を。
視線を左右に振って教会を一通り眺めると、目的の物を見つけるとその場を離れる。そして冒険者ギルドに向かったライオネルたちと合流するために、賑わいを見せる大通りを歩き始めたのだった。
王都も夜ともなれば人通りはほとんどなくなる。大通り沿いは魔道具の灯りに照らされているが、そこから少し離れれば家々から漏れる光のみが闇を照らすだけだ。そこはライラックとほとんど変わらない。
薄い雲が星々を隠し、より濃い闇夜の中でアレンは裏路地の死角に潜んでいた。
「そろそろか?」
腹具合でおおよその時間を計っていたアレンが、背を預けていた壁から身を離す。
そしてマジックバッグから偵察用に用意してきた真っ黒なローブを着込むと、素材などを入れる袋をすっぽりと頭からかぶった。
袋に空いた穴からはアレンの両目と口だけがのぞいている。その外見はまぎれもなく不審者だった。
兵士などに見つかったら、なにをしているわけでなくとも捕まりそうな格好でアレンは地面を蹴り上げると路地の家の屋根へと静かに降り立った。
そして広がった視界の先にある教会にアレンは視線をやる。部屋の中の明かりによって照らされた絵が浮かび上がり、教会はどこか幻想的な雰囲気を漂わせていた。
「よし、まだ起きているみたいだな」
その中の一枚、四階の右隅にある創造神ユエルを楽しげに取り囲む天使たちの描かれた窓ガラスを見つめ、アレンの口の端が小さく上がる。
そしてアレンは気配を消しながら屋根の上を音もなく進み、警備をする神殿兵の目をかいくぐって教会にとりつくと、壁の出っ張りに手をかけながらするすると壁を移動していった。
(我ながらこんなことができるとは、ちょっと引くな)
この教会は昔ながらの天然の石造りの建築であるため壁面にはそれなりにでこぼこがあるとは言え、垂直の壁に張り付いて苦もなく移動できる自分にアレンが小さく笑う。
そしてそのまま目的の窓までたどり着くと、アレンはこっそりと部屋の中をうかがう。
その部屋はライラックにあるアレンの屋敷の寝室よりも広いのだが、物があまり置かれていないためかがらんとした印象だった。
目に付くのは豪華なベッドとその反対側に設置されたユエルの像であり、その像の目の前でアレンの目的の人物であるエミリーが膝をついて静かに祈りを捧げていた。
アレンは袋の前面をずり上げて顔をさらすと、金属部分の窓枠をコンコンと叩く。音に気づいたエミリーがキョロキョロと部屋の中に視線をめぐらし、そしてもう一度窓枠を叩いたアレンの姿に気づいて目を見開く。
駆け寄ってくるエミリーに少し申し訳なさそうにしながらも、アレンは微笑みを浮かべた。
「アレン兄様」
「よっ、聖女として頑張っているみたいだな。昼の説教見てたぞ。けっこう様になっているじゃないか」
「えっ、いらっしゃったんですか。それならそうと言ってくださればよかったのに」
わずかに開けられる窓ガラスを全開まで開け、エミリーが頬を赤らめて恥ずかしそうにする。
壁に張り付いていることよりも、説教をアレンに見られたということのほうが重要といわんばかりのその姿に、アレンは昔と変わっていないと苦笑した。
「旅の途中で寄っただけで、少し様子を見るくらいのつもりだったからな」
「旅、ですか?」
「ああ、ちょっと魔王を退治してくる」
「魔王ですか!?」
「ちょっ、エミリー声が大きい。警備に見つかるだろ」
アレンに注意され、慌ててエミリーが自分の口を両手でふさぐ。アレンはキョロキョロと視線を巡らし周囲を確認したが、幸いにもアレンのほうに注目している者はいないようだった。
「レベッカに忠告するようにお願いしたのですが……」
「ああ、その話はちゃんと聞いたぞ。そのうえでの判断だ。さすがにお前が死地に向かおうとしているのに、自分だけ安全な場所に逃げるなんて兄としてできんだろ」
「アレン兄様」
エミリーが眉根を下げ、悲しそうに顔を歪ませる。しかしその口元は少しだけ上がっており、その内心にある嬉しい気持ちとの葛藤を表しているかのようだった。
しばらく悩んでいたエミリーだったが、軽く首を振ると真剣な表情をアレンに向ける。
「それでも言わせてください。アレン兄様は逃げるべきです。私はシャロリック殿下と共に魔王との戦いに挑む予定です。多くの騎士や王宮筆頭魔術師のメルキゼレム様も同行されると聞いています。でもアレン兄様は……」
言いよどんだエミリーの次の言葉がなにかアレンにはわかっていた。
エミリーの周辺を固めるのは、エリアルド王国の中の最高戦力たちだ。ある意味戦場においてこれ以上に安全な場所はないかもしれない。
しかし一介の冒険者として戦場に出る者が頼れるのは己の実力と仲間たちだけである。そしてそれらが崩れれば待っているのは確実な死なのだ。
瞳を潤ませるエミリーに、アレンは柔らかい微笑みを浮かべる。
その笑顔は、エミリーが昔なにか心配なことがあったときに、何も心配はないと力強く抱きしめて安心させてくれるときに浮かべていたものとそっくりだった。
「俺はネラだ。今まで隠していて悪かったな」
「アレン兄様が、あの、ネラ?」
「どんな話を聞いているのかはわからんが……あー、レベッカから聞いた話なら半分くらい冗談だと思っとけよ」
「はい、あの子はちょっと大げさに言う癖がありますから」
半眼でそんなことを言うアレンに、エミリーがくすくすと笑って返す。先ほどまでの空気が少し緩んだことを感じ、アレンは目を細めるとニヤッと笑みを浮かべた。
「というわけで俺は強いんだ。で、俺の仲間もかなり強い奴らを集めてきた。もしかしたらエミリーが戦場にやって来る前に終わってるかもしれねえな」
「わかりました。でもアレン兄様、無理はしないでください」
「無理だと思ったら逃げるさ。俺の性格は知ってるだろ」
自信満々にそんなことをアレンが言った瞬間、部屋の奥の扉がこんこんとノックされた。
バッと振り向いたエミリーの耳に、「なにか声が聞こえたと報告がありましたが、大丈夫でしょうか?」と尋ねる身の回りの世話をしてくれている聖女見習いの心配そうな声が届いた。
「じゃあそろそろ行くな。会えて嬉しかったぜ」
「アレン兄様にユエル様のご加護のあらんことを」
「エミリーにもな。それじゃ、また今度アマンダの祝福に来てくれ。ライラックで待ってるからな」
そういい残しアレンは窓から離れ闇夜に姿を消していった。
エミリーはそんなアレンの姿を少しだけ追い、小さくため息をつくと笑みを浮かべた。
ライラックで待っている。
その言葉だけで、自分が救われるのをエミリーは確かに感じていた。
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