第39話 才能
ギギッと音がしそうなほどぎこちない動きでアレンが顔を上げる。そしてしまった、と言わんばかりの顔で見つめてくるレックスの姿に、ふっと息を吐くと笑顔を見せた。
「すごいなレックス。まさか教えるまでもなく魔法を使えるようになるなんてレックスは天才かもしれねえな」
「えっ、あの。とうさま」
戸惑いの表情を浮かべるレックスの頭をアレンがぐしぐしと撫でる。自分が驚いたせいで間違ったことをしたと思わせてしまったかもしれないレックスが、これは本当にすごいことで誇るべきことなんだと思えるように。
しばらくの間そうしてレックスを褒めていたアレンだったが、その頭から手を離すと膝立ちになってレックスと視線を合わせる。
「初めて魔法を使ってどうだった?」
「えっと、そのふしぎでした」
レックスがアレンから視線を逸らし、小さな穴の開いた地面を見つめる。魔法が発動した証拠であるそれを見つめるレックスの姿にアレンは微笑み、少し視線を外してマチルダを見つめた。
困ったような顔をしていたマチルダは、アレンの視線に気づくと眉を下げて肩をすくめる。
その反応に少し苦笑しながらアレンはレックスに声をかけた。
「さて予定とは違うが、これでレックスは魔法使いになった。すごい才能だと思うがまだお前は幼い。魔法は使い方を誤れば人を傷つける恐ろしいものだ」
「はい……」
続けられるであろうアレンの言葉を予想したのか、レックスが落ち込んだ様子で返事をする。
しかしアレンの言葉はレックスの予想とは全く違うものだった。
「だからお前専用の魔法の練習場を作ろうと思う」
「えっ?」
「いや、だって自分に魔法が使えるとわかったら色々試したくなるだろ。下手に禁止して、レックスが隠れて魔法を使うようになったらその方が危ないし」
驚くレックスをよそに、アレンが説明をしながら庭の開けた場所に歩いていく。そして軽く周囲を見回して位置を確認すると地面に右手を置いた。
「『モールディング』」
アレンの目の前の地面がべこりと凹み、それが下へと続く横五メートルほどの広い階段に変化していく。三メートルほどの深さまで続いた階段の先には五メートル四方の広場が作られ、奥の二メートルほどには地面の天井が残されていた。
最後に落下防止のために地下に出来た空間を囲むように一メートルの土壁ができたところでアレンが地面から手を離す。
そして立ち上がったアレンは、ぽかんとした顔でこちらを見ているレックスを手招きした。
「まあ、おいおい補強するとしてまずはこんなもんかな」
「すごいです、とうさま」
近づいてきたレックスを抱き上げアレンが階段を降りていく。わずか数秒でアレンが作り上げた魔法の練習場をキラキラした目で見つめながらレックスは笑っていた。
一番下まで降りきったアレンはレックスをおろすと、左右に視線を走らせる。
「とりあえずこっちの端から奥に向かって魔法を放つ感じだ。うーん、天井があるぶん奥はちょっと薄暗いか。ここも要改良だな。『ウォーターボール』」
魔力を極小まで抑えたウォーターボールがアレンの指先から放たれ、奥の壁にぶつかってパシャリと音をたてながら破裂した。
うんうん、と嬉しそうに首を縦に振っているレックスをよそに、アレンは地面にできあがった水溜りを眺めながら少し顔をしかめる。
「この辺もなんとかしないとな。まあそんなに頻繁に使わなければ……」
そんなことを言いながらちらりとレックスの顔を見たアレンが言葉を止める。今にもやってみたいという思いが伝わってくるようなうずうずとしたレックスの様子に、そんなことはありえないだろうとすぐにわかってしまったからだ。
(レベルも上がっていないレックスなら、そんなに魔法を使うことはできないから大丈夫だとは思うんだが。うーん、なにかいい方法はないか?)
もちろんアレンが魔法で作った壁はそこらの建物の壁よりもよほど強度がある。しかしあくまでただの土だ。魔法にさらされ続ければ劣化することは明らかだった。
とりあえず改良が終わるまではディグを練習するようにレックスに伝え、アレンは奥の壁に近づき、とりあえず天井を周囲に作った土壁のところまで上げる。
天井が上がったことで日差しが入り、明るく照らされた壁を眺めていたアレンにふと、考えが浮かぶ。
(そういや大量に余っているあれを使えば全部解決するかもしれねえな)
振り返り、一生懸命にディグの練習を続けているレックスの姿にアレンは微笑む。そして名残惜しそうに時々後ろを振り返るレックスを連れて、一度屋敷に戻ったのだった。
レックスの魔法についてはとりあえずアレンかルトリシアがそばにいるときに練習するようにとアレンはレックスと約束をし、その旨を皆に伝えておいた。
ドゥラレで魔法の補助道具を使って練習した結果、マチルダも少しだけなら魔法を使えるようになってはいたが、さすがに妊娠中のマチルダには荷が重過ぎる。
また、若く身体能力も高いコルネリアは、どれだけ努力しても魔法だけは覚えられなかったので適任とはいえない。
とはいえレックスが魔法の練習をするのであればマチルダはそばにいるだろうし、ルトリシアもいざと言う時に備えてコルネリアを同席させるだろう。
それだけの人手があればなにかあったとしても対応できるはずだとアレンは考えていた。
皆の了承を得たアレンは、一人で部屋を出るとネラの装備などを隠している小部屋に入り、ネラとしていつも持ち歩いているマジックバッグを腰につけると庭に戻る。
そしてレックスの魔法の練習場の壁の前に立つと、マジックバッグに手を突っ込み次々に両側を白い板に挟まれた黒い板を取り出していく。
それは七十一階層でアレンがくりぬいてきたダンジョンの壁だった。
「いや、まさかこんな形で役に立つとはな。ゾマルたちの研究が一向に進まないからこのまま死蔵するかと思ってたんだが」
片面の白い板を、アレンがウインドカッターで薄皮一枚残すくらいの薄さになるように切り取っていく。さんざんゾマルたちの研究のために素材を分離してきたアレンにとってはもう慣れたものだった。
薄っすらと黒色が透け、灰色のようにも見えるダンジョンの壁をアレンができあがった端から練習場の壁にはめ込んでいく。綺麗に真四角に切り抜かれたダンジョンの壁は、ピタリと癒着しているかのようにくっつき一面灰色の壁が練習場の奥に出来上がった。
「で、仕上げの『ファイヤーボール』」
アレンが奥の壁にファイヤーボールを放ち、その火球が灰色の壁を焼いていく。そしてその後に残されたのは、ファイヤーボールの影響などどこにも見えないつるりとした真っ黒な壁だった。
その出来栄えにうんうんとうなずいたアレンだったが、振り返ったところで少し顔をしかめる。
「なんというかバランスが悪いな」
モールディングによって綺麗に整えられてはいるものの、奥の壁と比較するとその他の部分がアレンには殺風景に感じられてしまった。
せっかくレックスのために作った魔法の練習場なのだし、より良い訓練になるようにしたほうが、付き合うマチルダたちが快適に過ごせたほうが、雨でも使えるようにしたほうがなどと様々なアイディアがアレンの頭に浮かんでいく。
「今回の休息は久しぶりに大工仕事でもして過ごすか」
とりあえず床を張るならトレント材だな、などと予定を立て、在庫がたしか別のマジックバッグにあったはずなどと考えながらアレンは楽しそうに笑ったのだった。
お読みいただきありがとうございました。




