第38話 問題は次から次に
壁抜き用の魔道具の検証は順調すぎるほど順調に終わった。ミスリルの円筒の刃部分が欠けるようなことはなかったし、魔法陣が劣化する様子もなかった。
アレン自身なんども壁抜けを繰り返すうちに、どのくらいの速度で、どのぐらいの魔力をこめてぶつかると消耗が少ないのかをある程度把握できたため、自力のみで壁抜けしようとしたときに比べてはるかに楽になっていた。
あまりに順調すぎたため、アレンは予定を少し変更して七十一階層の探索を始めたのだが相変わらずモンスターは出てこず、罠もなく、障害になるはずの変化する壁も抜けられるようになった今、その探索は非常に楽なものだった。
「おっ、ここは反応が違うな」
入り口から真っ直ぐに六時間ほど歩き続け、正面が行き止まりとなった丁の字の通路をいつもどおり壁抜けしようとしたアレンが少し驚きながら呟く。
いつもであれば魔力を吸収されるはずの深さまで魔道具を差し込んだのにもかかわらず、一向に魔力が吸われるようすはなかった。
アレンは魔道具を三分の二程度まで差し込んでみて様子をうかがうと、魔道具を引き抜いて壁から少し離れる。
「『ファイヤーボール』」
手の先から放たれた巨大な火球が白い壁にぶつかりずぶずぶとその壁を溶かしていく。じっとその様子を眺めていたアレンには、明らかにそこが今までの壁と違うことがよくわかった。
「『ファイヤーボール』『ファイヤーボール』『ファイヤーボール』」
アレンが連続して魔法を唱え、壁に空いた球形の跡がその深さを増していく。しかし新たな通路が現れたりするようなことはなかった。
「うーん、とりあえずここがこの階層の端ってことでいいんだよな? もっと奥になにかある可能性がないとはいえないが」
ファイヤーボールが消え、徐々に戻っていく白い壁の様子を腕を組んで観察しながらアレンが首をひねる。
ここがこれまで通ってきた普通の壁とは違うことは一目瞭然だが、それが階層の端を意味するのか、それともただ単に特殊な壁でもっと奥に続いているのかを判断することはできなかった。
しばらく考えていたアレンだったが、一度軽く首を振ると右の通路に進み始める。
「まあ入り口の階段付近の壁で同じことをしてみるか。今のと同じなら十中八九、階層の端ってことでいいだろうし」
地図に書き込みを加えながらアレンは歩き続け、たどり着いた丁字路を再び右に曲がって入り口の方向に歩を進める。
これまで進んできた通路とは一本ずれているものの、あまりにも変わり映えのない白い壁のみが続く通路にアレンが苦笑いを浮かべた。
「ここまで同じだとマジで方向感覚が狂いそうだな。地図を持っていても自分がどこにいてどっちに進んでいるのかわからなくなったら意味がねえし。一見すると簡単に見えるぶん、罠の階層よりも性質が悪いかもな」
そんな感想を漏らしながらアレンは少し早足で進んでいく。
既にここまで来るのに六時間かかっている。今までのペースで進めば戻るのも含めて十二時間探索を続けることになる。
前回のことを思えばそう大した時間ではないのだが、前回のことがあったからこそアレンはあまりこの階層に長居したいとは思えなかった。
魔法で作った水をときどき口に含んで飲み干しながらアレンは歩き続ける。
先ほどの場所が階層の端であるとすると、入り口から直進してきたアレンがそこに着くまでに通り過ぎた交差する通路は三百に近い。
七十一階層が正方形をしており、アレンが進んでいる方向と並行する通路も同じ数だけあると仮定すればこのペースでは隅々まで探索するのに百五十日近くかかる計算になる。垂直方向にも探索が必要になればその倍だ。
しかもアレンもずっと七十一階層にいるわけではない。家族と過ごし休息するためにライラックに戻るし、またダンジョンの探索にしても七十一階層までたどりつくための時間もある。
「うーん。ペースを考えないといつまで経っても探索が終わらないなんてことになりそうだな。休憩を挟んで一日二往復から試してみるか?」
そんな風に今後の予定を立てながら歩いていたアレンだったが、帰りの道中のおよそ半分あたりにまでたどり着いたところで立ち止まる。
その目の前の十字路には、赤い生地に銀の縁取りをされた重厚な装いの宝箱がぽつんと置かれていた。
「おっ、この階層に来て初めて白くない物を見つけたな」
少し呆れを含んだ笑みを浮かべながら慎重にアレンが宝箱に近寄っていく。これまで通路に罠は一つもなかったが、それが今回も適用されているとは限らない。なにせイレギュラーが目の前にあるのだから。
周囲に罠がないことを確認したアレンは、引き続き宝箱に罠がないか確認をしていく。できうる限りの調査をし、罠はないだろうと判断したアレンは慎重に宝箱を開けた。
宝箱の中には白銀に輝くインゴットが入っていた。一般人では滅多に見ることのないほど希少な、それでいてアレンにとっては見覚えのあるインゴットを手に取り、アレンが複雑な表情を浮かべる。
「先に見つけてれば、せっかくのゾマルの剣を潰す必要も……いや、贅沢な話だってのはわかっちゃいるが、それにしても、な」
宝箱の中のミスリルインゴットをマジックバッグにすべてしまい立ち上がったアレンは、一度だけ大きく息を吐くと気分を入れ替えて先に進んでいったのだった。
壁抜けの魔道具を使った初めての探索を成功させたアレンは、その後も順調に探索を続けていった。
その原動力である壁抜けの魔道具だが、少し形が変わり円状だったその形状が六十センチ四方の四角形になっていた。
円形だったのは力が均等にかかるように考えられた結果だったが、探索を終えて戻ってきた魔道具を見たゾマルとドルバンが四角でも問題ないだろうと判断した結果そのように作り変えられたのだ。
アレンとしては円だろうが四角だろうがそこまで大きな変化はないだろうからどちらでも構わないというのが本音だったが、円形だとくりぬいた壁を研究のために管理するのが面倒というドワーフ二人の意見を優先させた。
実際に四角になった壁抜けの魔道具を使ってみて、円形より力の加え方が難しいことに気づいたアレンは少し後悔したのだが、二人の楽しげな顔を思い出すとなにも言い出せず、なんとか工夫して使いこなしていった。
一か月の間に二回。一回の探索につき五日間をアレンは七十一階層の探索にあててきた。そして一日につき二往復の探索を繰り返した結果、本格的に壁抜けの魔道具を使用して探索を始めて四か月目にしてやっと七十一階層の入り口から見て右側のダンジョンの端に到達することができた。
それはアレンの当初の予測と同じ結果であり、その予測が正しいのであれば同じだけの期間をかければ七十一階層のほぼ全ての範囲を探索できることになる。
入り口から真っ直ぐ伸びる通路に垂直に交わる通路は交差点から目視した範囲しか調査できていないため、予想が正しくてもなにも見つからない可能性もある。その時はさらに八か月ほど調査期間が延びることになるが。
とはいえ階層の右端を確認したことで一つの区切りがついたのは確かだった。
そのダンジョンの探索から帰り、家族だけでなくルトリシアたちも引き連れて『木漏れ日の庭』で祝杯をあげた翌日、アレンは庭でレックスに真剣な表情を向けていた。
レックスもいつもとは違うアレンの様子に、少し顔をこわばらせていたが、同時にどこか期待した眼差しで見つめ返していた。
「さて、レックスはもうすぐお兄ちゃんになる。お兄ちゃんってのはいざという時に弟や妹を守ってやる必要がある」
「はい、とうさま」
「うーん、相変わらずアレンのお兄ちゃん論はちょっと偏りがある気がするわ」
素直に返事をするレックスに比べ、少し茶化すようにマチルダが口を挟む。
ちらりとアレンが大きくなったお腹を優しく撫でながら笑うマチルダに視線をやり、にやけそうになる顔を引き締めながらその言葉を無視した。
「レックスは頭がいい。それはルトリシアたちを含めて俺たち全員がそう思っている。それは素晴らしい才能だが、危うさもある」
「あやうさですか?」
「ああ。レックスは魔法が好きだろ」
「はい。なんであんなことがおきるんだろうとワクワクします」
「それわかるわ。俺も魔法が使えるようになるまですごく不思議だったし、滅茶苦茶自分で使ってみたくてしょうがなかったんだよ」
「とうさまもですか!」
嬉しそうに笑いあう二人だったが、こほんというマチルダの咳にその笑みを固めると、空気を元の真剣なものに戻す。
アレンとレックスのそっくりな反応に、マチルダがくすくすと笑うのを耳にしながら二人は少し赤くなった頬のまま話を続ける。
「魔法についてなんだが、エルフなんかだとまれに幼児が魔法を暴発させる事故があるらしい。もちろん人間でそんなことが起きたなんて話は聞いたことはないし、エルフの話だってかなり昔に俺が魔法を教えてもらった人に聞いただけなんだけどな」
「とうさまの、まほうのせんせいですか? きっとすごいせんせいなんですね」
「あー、うん。まあ色々な意味ですごい先生だったぞ。っと、それは置いておいて、俺が危惧しているのはレックスも魔法を暴走させる可能性があるんじゃないかってことなんだ」
「ぼくが、ですか?」
不思議そうに首を傾げるレックスに、アレンは神妙にうなずく。
なぜエルフの幼児がまれに魔法を暴発させるかについて原因は究明されていない。もしかしたらエルフの中ではある程度予測がついているのかもしれないが、少なくともアレンは聞いたことがなかった。
しかしわかっていることもある。エルフは種族的に魔法の特性が高く、そして生活においても魔法を多用している。どこぞの先生とやらは動くのが面倒と言う理由で魔法を使って物を取ったりしているのをアレンは一時期よく見ていたのだから。
もしそういったことが関係しているのであれば、幼いころから色々な魔法を見てきたレックスもそういった可能性があるのではないかと考えていた。
魔力を吸収する黒い壁について真剣に考えている途中にふと思いついただけなので確証など全くない。しかしそう間違ってもいないのではないかとアレンは予想していた。
そしてその解決方法として考えたのが……
「というわけで、レックスには魔法を使えるようになってもらおうと思う。さてレックス。俺が最初に教える魔法がわかるか? 冒険者だけじゃなくって、旅をする者なら覚えておいて損のない、便利で安全な魔法だぞ」
「えっと、そうだなぁ。わかった、『ディグ』!」
「せいかー……い?」
元気よく手を上げて正解を答えたレックスに、微笑みながら頭を撫でようとしたアレンが地面を見つめて固まる。
アレンとレックスの間に直径十センチほどの先ほどまでなかったはずの穴を眺めながら。
お読みいただきありがとうございました。
【ディグ】
穴掘り用の魔法。
旅などで捨てる食べ物や下、モンスターを燃やした灰などを埋めるために使用することが多い。
行商人や冒険者御用達。




