第23話 ユニークモンスター
ハンギングツリーはその名の通り枝から垂らされた蔦を自在に操り、人の首を吊るして殺すモンスターだ。その蔦は並大抵の剣などでは切る事も出来ないほど頑丈であり、さらに言えば木部分もトレントとは比較にならないほど堅く、そして太い。
トレントとは違い、かなりの速さで地面を移動できる事も脅威ではあるのだが、それ以上にこのモンスターが恐れられているのはその残虐さにあった。
実はハンギングツリーはかなりの威力の土魔法を使用する事が出来る。この階層にくる程度のレベルの冒険者であれば即死させるほどの威力のある魔法だ。しかしこの魔法を使ってハンギングツリーが人を殺す事はない。精々、戦っている者の足などを狙って怪我をさせるくらいだ。
そして弱った獲物をハンギングツリーは蔦で絡めとり首を吊る。そしてじたばたともがく人が動かなくなるまで醜悪な笑みを浮かべながらそれを眺め続けるのだ。
(チッ、話には聞いていたが趣味の悪い奴だ)
イセリアの片足からぽたぽたと流れ落ちる血を確認し、ギリッとアレンが歯をかみしめる。
これまでアレンがハンギングツリーと戦った経験はない。凶悪なモンスターとして上位の冒険者から話を聞いた程度であり、その彼女らが倒すのに苦労したということからかなりの強さを誇っているだろうと推測してはいたが。
かなり本気で放ったウインドカッターの風の刃が、イセリアを吊った蔦を捕らえて切断するのを視認したアレンは少しだけ笑みを浮かべ、そして持っていたステッキを目前に迫ったハンギングツリーの幹へと鋭く突き刺す。
メキャ、という何かが潰れるような音を響かせながらハンギングツリーは大きく後方へと飛ばされていき、そしてアレンの放ったウインドカッターの巻き添えをくった他の木が音を鳴らしながらその幹の上部を倒れさせていく。
(まだだ。耐久性に関してはこれまででも随一だったって話だったし、一旦イセリアを連れて離れる)
アレンはすぐにきびすを返し、地面に倒れたイセリアの首から強引に蔦を引きちぎるとそのままイセリアを胸に抱いてその場から離れるために駆け出した。
ぐてっと力が全て抜けてしまったかのようなイセリアの姿と、その首に残る赤く染まった跡を眺めながらアレンが舌打ちする。
(呼吸もなさそうだ。くそっ、せっかく助けに行ったんだから死ぬんじゃねえよ!)
イセリアをしっかりと抱きしめながら、アレンはさらに速度をあげる。付近で治療してハンギングツリーに邪魔されては意味がないのだ。治療にはある程度の時間が必要なのだから。
1分ほどでかなりの距離を稼いだアレンは森の中で少しだけ木の密度が薄く視界が広い場所で立ち止まり、急いでイセリアを地面へと降ろした。ここであればある程度の時間は稼げるし、ハンギングツリーの襲撃も事前に察知できると判断したのだ。
地面に横たわらせたイセリアの脈や呼吸をアレンが確認していく。そしてその結果はアレンが恐れていた最悪の状況だった。
「あー、くっそ。こっちは本気で急いだんだぞ。勝手に死ぬんじゃねえよ!」
そんな聞こえるはずも無い悪態を吐きながら、アレンは力任せにイセリアの質の良さそうな装備を引きちぎる。普段のアレンであれば違和感を覚えるほどの強度だったのだが、必死になっているアレンにとっては全く意味がなかった。
イセリアが装備の下に纏っていたのは上質なモンスターの素材を使用した服であったが、そのことにアレンは気づく様子も無く、そのそれなりに存在を主張する胸の中心へと無造作に手を置いた。
「心肺蘇生なんて昔ギルドで習ったっきりだぞ」
冒険者時代、それもまだ十代のころにギルドの講習で教えられた心肺蘇生法を思い出しながらアレンはイセリアの胸を押していく。腕を真っ直ぐに伸ばし、掌全体ではなく付け根部分だけでリズミカルに押して心臓を動かすその方法は、正に理想と言えるほどだった。
そしてアレンはイセリアのあごをあげ、その鼻を押さえると胸の動きを確認しつつ慎重に息を2回吹き込む。
「1、2、3、4、5、6。おらっ、さっさと起きやがれ!」
再び胸の圧迫を繰り返しながら、アレンが目を閉じたまま動かないイセリアに向かって文句を言い続ける。アレンも万が一に備えてポーションなどの回復用のアイテムは用意しているが、死者に効く薬など知らなかったし、持っているはずが無かった。
教会の秘儀として死者蘇生を行う事が出来る、などという与太話なら聞いたことはあったが、ここは教会ではなくダンジョンの中だ。頼りになるのは昔に習った心肺蘇生法、それだけだった。
アレンはひたすらにそれを繰り返す。心肺蘇生法といえど、それは経験から積み重ねられた蘇生方法の1つにしか過ぎないことはアレンもわかっている。何事にも限度があり、届かぬ命はどうしてもある。アレン自身が心肺蘇生法を習ったのもそういった経験をしたからだ。
ただひたすらに繰り返してもイセリアは動かない。だがそれでも、それでも……とアレンは諦めなかった。なぜかわからないがイセリアを死なせては駄目だとアレンの直感がいっていたのだ。
「死ぬな。イセリア、帰ってこい!」
アレンの瞳から一粒の涙が流れ落ちる。それはネラのマスクを伝い、そしてイセリアの頬へと零れ落ちた。その瞬間だった。眩いほどの光がイセリアを包み込んだのは。
視界が奪われるほどの光と吹き飛ばされそうなほどの風を受け、アレンが目を細める。マスクのおかげか視界を完全に奪われることの無かったアレンは、光を放つイセリアがまるで見えない誰かに支えられているかのように宙に浮く、そんな幻想的な光景を目撃した。
「なんだ、こりゃー!!」
アレンの叫び声に呼応するかのように、一段と強い光を放ったイセリアだったが、その次の瞬間まるで今までの光景が幻であったかのようにその光は消え失せていた。
それと同時にアレンの胸の辺りの高さで漂っていたイセリアが自由落下を始める。アレンは慌ててそれをキャッチした。
腕の中で目を閉じたままのイセリアだったが、苦しげな表情をしていた顔は穏やかなものに変わっており、そして何より……
「ハハッ、呼吸してやがる」
ゆったりとした寝息のような音を捉え、アレンは気が抜けたように腰をペタンと地面に下ろした。




