第22話 建材の入手
アレンが家を出て、ほんの1時間程度。ネラとしてはいつも通りの入場時のごたごたがあった事を考えれば信じられない速さで、アレンは街の南側にあるライラックのダンジョンの目的の階層にたどり着いていた。
つい昨日、ニックと来たばかりである9階層に。
「よし、いつも通り誰もいねえな」
降り立った階段のすぐそばでぐるりと周囲を見回しながらアレンが呟く。手に持ったステッキで軽く肩を叩き、そしてニンマリと笑みを浮かべる。
「んじゃ、伐採開始しますか」
そしてアレンは建材のひしめく階層へと駆け出していくのだった。
「うっし、5体目発見。ウインドカッター」
わざと速度を落として駆けるアレンの姿に反応したトレントが僅かな動きを見せた瞬間、それを察したアレンが魔法を行使する。
ウインドカッターは風系の魔法の中で最弱のものだ。火系の魔法でアレンがよく使っているファイヤーボールと同程度の威力であり、通常このライラックのダンジョンであれば1から5階層にいるゴブリンなどのモンスターには有効で、6階層以降のモンスターには決定力にかける程度でしかない。
その程度でしかないはずなのだが、アレンの放った風の刃はまるでそこには何も無かったかのようにトレントを通過していき、それどころかその背後にたまたまあった、ただの木の半ばまでその刃をめり込ませた。
トレントがずうぅんという音を響かせながら地面へと倒れ、後ろの木がメリメリという音を立てながらその幹をゆっくりと傾け、そして他の木に支えられる形で止まった。
「うわっ、まだ威力が高すぎるか。けっこう抑えているつもりなんだが」
そんな事を呟きながらアレンがトレントへと近づいていく。
以前冒険者として活動していたとき、他のパーティのヘルプ要員として手助けすることの多かったアレンは魔法についても一通り扱う事が出来た。しかし初級の魔法しか扱えず、本職に比べるとどうしても見劣りしてしまうため魔法職代わりとしてパーティに入ることはほとんどなかったのだ。火おこしや水の補充などには非常に好評ではあったのだが。
そんなこともあり、魔法の扱いについてアレンはそこまで慣れておらず、それゆえに剣以上に手加減の調整にてこずっていた。
「後ろに他の奴がいたらスッパリいっちまいそうだし、もっと加減しねえと」
そんな独り言を呟き、そしてふぅ、と息を吐いたアレンが連続でウインドカッターを行使していく。その刃はトレントの幹を切り裂いていき、そして残されたのは正方形に綺麗にそろえられた長さ10メートルほどの柱だった。
アレンはさらにその柱に対してウインドカッターを使い、そして出来上がったのは横幅15センチ、長さ3メートル、厚さ3センチほどの建材として使用しやすい大量の板だ。その板を軽く叩き、その乾いた音にアレンは満足げに頬を緩める。
「いやー、本当に楽だな。ウインドカッター一発で倒せて、すぐに使える上に丈夫だなんてトレント最高だな」
そんな事を言いながらアレンはせっせと作った板をマジックバッグへと入れていく。
当然であるがアレンの言葉は普通の冒険者には当てはまらないものだ。トレントを倒すのにはそれなりの労力がかかるし、さらに言えば9階層が嫌われる最大の理由であるトレントの運搬が非常に難しいということを無視しているのだから。
トレントが建材として優秀なのは確かだ。しかしライラックのダンジョンでトレントが出てくるのは9階層なのだ。つまり倒したトレントをそれだけの階数、運ぶ必要があるということになる訳だ。
各階層を繋ぐのは階段であるため、トレントを運搬するための荷車を持ち込むわけにもいかず、手で運ぶ事しかできないために自ずと本数は限られてしまう。
トレントの需要はあるし持って帰ればそれなりの値段はつくが、他の素材を大量に持って帰った方がはるかに稼げるのだ。まあ近隣の街付近にあるダンジョンの浅い階層にトレントが出現する場所があるというのも、値段がそれなりである理由だろう。
とは言え、マジックバッグを手に入れているアレンには運搬にかかる手間など無い。他の冒険者もマジックバッグを持っていれば同じかも知れないが、希少なマジックバッグを持っているほどの凄腕の冒険者がトレントを狩るような事はないのだ。
「よし、次行ってみるか」
すでにトレント5体分。明らかにアレンの家の補修には十分であろう量の建材を手に入れているはずなのだが、なんだか楽しくなってきたアレンはそのまま建材造りに没頭するのだった。
「よっし、もうパンパンだな」
既に自分自身でも何体倒したかわからないほどトレントを建材に変えていたアレンが、マジックバッグに入れようとしても入らない建材を抱えながら満足そうに笑みを浮かべる。
アレンが買ったマジックバッグは1700万ゼニー。品によって差のあるマジックバッグの容量で言えば中の下といったところであり、アレンの家が2軒ほど入る程度の容量を誇っていた。
つまり完全に狩り過ぎである。
しかしアレンは特に気にしてはいなかった。地上部分を補修する以外にも隠し部屋として地下室を造るつもりであったし、余ったとしてもなにがしか利用方法はあるだろ、と気楽に考えていたからだ。
「うーん、街の外に秘密基地とか作るのもおもしろいかもな。周囲をトレントの幹で囲っちまって、飛び越えてしか入れないようにすればある程度侵入は防げるだろうし」
アレンがそんな妄想をしていたその時だった。
「キャー!!」
かすかに聞こえたその悲鳴に、アレンは瞬時に反応しその方向へと向かって全速力で駆け出していた。
(くそっ、間に合えよ!)
一度きりの悲鳴の後何の音も聞こえなくなってしまった事に焦りながら、アレンは蹴りつけた地面がえぐれるような速度で森を駆けていく。
ダンジョン内でモンスターと戦うのであれば、何があったとしても全ては自己責任であるとアレンもわかっている。助けに行く義務など無いし、逆に自らが命の危機に瀕する可能性だってあるのだ。
それでもアレンは放ってはおけなかった。アレン自身たまたま通りかかった冒険者に助けてもらったことは一度や二度ではない。そのおかげで生き延び、弟や妹を食べさせる事が出来たとも考える事が出来た。
だからこそアレンは自分の実力が及ぶ範囲であれば、積極的にピンチの冒険者を助けに入った。迷惑がられる事がないわけではなかったが、半ば自分自身の満足のためにやっているのだからとアレンはそれをやめようとはしなかった。
そういった行動のおかげもあり、実は初心者から中堅の走りの冒険者たちからのアレンの評判は決して悪いものではないのだ。先のライオネルを始めとした、実力のあるいくつかのパーティに徹底的に嫌われているためあまり大きな声にはならないのであるが。
ギルド職員として採用されたのも、そういうアレンの行動が評価されての事であるのだが、それをアレンが知る由は無い。
そしてアレンはついにその場所へとたどり着いた。まず目に入ったのは太く枯れた枝を広げた、狂ったように笑う顔をその幹に貼り付けた巨木。
そしてその枝から垂らされた蔦に首を引っ掛けられて吊るされているイセリアの姿が飛び込んできた。必死に抵抗していたらしき片手が蔦から外れ、アレンの目の前でだらりと垂れ落ちる。
「ウインドカッター!」
アレンはそう叫び、そして同時にその巨木、この階層にいるはずのないモンスターであるハンギングツリーへ向かって駆け出した。