第21話 リフォーム
その言葉に反射的に知らない、と言おうとしたアレンだったがなんとかその言葉を止める事に成功していた。鬼人のダンジョンを単独で制覇したネラは今やライラックの街で知らぬものはいないほどなのだ。それを知らないと言うのはありえなかった。
「えっと噂以上にってことだよな?」
「ああ。昨日の夜、追跡した結果こっち方面に来たんだ。途中で撒かれてしまって、その後も一晩中探し回ったんだが手がかりすら見つからなかったんだ。でも前々からスラム方面での目撃情報が多いからこの辺りに住んでいる者だと思うんだが」
エリックのその言葉に、どうりで聞き覚えのある声だったわけだと内心で納得しつつアレンはどう答えるべきか迷っていた。
特にアレンはネラとして活動している時に罪を犯したとかそういったことは行っていない。城壁を飛び越えて街を出入りしているのは罪と言えば罪なのだが、他の誰かに迷惑がかかっているわけでもないのだ。まあその事が発覚すれば見回りの兵士たちが罰せられる可能性はあるのだが現状ではそのような事はない。
だからこそアレンには兵士に探されるような心当たりが全く無かった。
「というかなんで追ってるんだ? 犯罪者だとか?」
「いや、現状では罪を犯したという証拠はないんだが……実は内々に領主様から探るように命令が出ているんだ。ダンジョンを独りで踏破するような実力者がスラムにいるってことを警戒しているみたいだ」
「あー、そういうことか」
エリックに小声で教えられ、アレンは深く納得する。確かに権力者からしたら自分の配下でない素性もわからない実力者が、しかもスラムに潜んでいるともなれば気が気でないだろうと想像がついたからだ。
もしアレンが危険思想を持っていて領主に対して反乱を起こしたのならば、十中八九それは成される。兵士の中でも最上位の実力を持っているエリックの事を知っているからこそ、アレンには容易に想像がついた。
「うーん。悪いが噂以上のことはわからないな。見かけたこともないし」
内心で、実際自分の姿は見られないから嘘ではないしなと考えつつ答えたアレンに、エリックは「そうか」とだけ返して小さく笑い、そして席を立った。
「悪いな、兄貴。変な事を聞いて。まあ俺自身はそこまで警戒する必要はないと思うし気にしないでくれ。ご飯美味かったよ」
「おう、また来いよ。未来の騎士様」
「ははっ、じゃあ今度会うときは兄貴に平伏してもらおうかな」
「やるか、ばーか」
そんな冗談を交わし、そしてアレンとエリックは別れを告げた。アレンは大きくなった弟の背中を見送り、そしてしばらくの間、閉まったドアを眺め続けるのだった。
エリックの出ていった後、今後のネラの行動などについて考えをめぐらせていたアレンだったが、それが少し整理できてきたところで昨日考えていた事を思い出した。
家の補修の件だ。
金貨についてはいざという時のために死蔵することに決まっているのだが、アレンの家はぼろ家である。スラムに近い位置にあるし、閉め切っているのにすきま風が入ってくるほど建物自体もボロボロだ。そんな場所に平気で大金を置いておけるほどアレンの神経は太くない。
マジックバッグに入れておき、いつも持ち歩くという案もないわけではないが、いつ命を落とすかもしれないダンジョン探索に大金を持っていくというのは冒険者時代からの習性もありアレンには無理に思えた。
家にあれば残った弟妹が発見して、有効に活用してくれる可能性があるのだから、そちらの方が良いとアレンは考えたのだ。
「やっぱリフォームするしかねえよな。後、隠し部屋を作った方がいいな」
そう結論を出したアレンは、街で必要なものを調達するために外出する準備を始めるのだった。
最近の休みの日はドルバンと鍛冶をしたり、ネラとして鬼人のダンジョンに行ってばかりだったため、行きつけの店へと行く以外は街を散策することなどなかったアレンであるが、街の様子は今までとほとんど変わっていなかった。
当たり前ではあるが。
アレンは必要なものを考えながらゆっくりとした足取りで街を歩いていく。この国有数の大都市であるライラックは午前10時という中途半端な時間でありながら、通りにはアレンと同じように買い物や観光のために歩いている人の姿が散見された。そして人を引き込もうとする店々から張りのある声がかけられている。
(外側はそのままにするとして、内部はやっぱり全部張り替えだよな。隠し部屋は地下室がベストか? この辺りは地盤が固いし、崩れることはねえだろ。でも最初は雨漏りを直すところからか?)
店を冷かしながらアレンの中でリフォームのプランが固まっていく。孤児院の補修を見たことでどういう風に修繕すべきかが自然とわかるのだ。それにつれてだんだんとアレンは楽しくなっていった。隠し部屋を作るのだから人に頼むわけにはいかない。つまりアレン1人ですべて行わなければならない。
今までひどい雨漏りの修理などはお金がないので自分で行ってきたアレンだったがさすがにこれほど大きなリフォームはしたことがなかった。しかしステータスの上がった今、どれほどのことが出来るのか試してみたくなったのだ。
いつも雨漏りを直す時に木材を買いに行く材木商の店へと着いたアレンはなじみの店員に「また雨漏りの修理かい?」なんて軽口をたたかれながら必要そうなものを確認していった。
先ほどまで散々プランを練っていたのでおおよその材料の量はわかる。そしてそれを購入しようかと考えたところで気が付いた。買うのは駄目だと。
そもそも小さいとは言っても家一軒をリフォームしようとすれば必要な木材はかなりの量になる。今あるお金で買えないことはないが、買ったとしたらかなり目立つ。アレンがしようとしている家の全面的なリフォームならば大工に頼むのが当たり前だからだ。
それにアレンは目立つのを防ぐために外観についてはあまり手を加えないつもりなのだ。それだけの木材を買ったのにもかかわらず外観がぼろいままでは逆に不自然であることに気付いたのだ。
失敗する直前に気付き安堵したアレンだったが、同時に初めから計画がつまずいてしまったことに肩を落とす。ここまで来て何も買わないのも不自然なのでいつも通り雨漏りの修理用の木材だけを購入しアレンはとぼとぼとした足取りで家へと帰るのだった。
家に着き屋根の修理を速攻で終えたアレンは計画を練り直すことにした。
木材店で通常通りに木材を購入することは不可能だ。だとすれば自分で木材を入手するしか方法はない。しかしそれはそれで問題があった。
ライラックの街の外には森がある。しかしそこはライラックを治める領主の所有物なのだ。許可を受けた木こりなどが決まった量を伐採するのは問題にはならないが、無許可で木を切り出すのはもちろん犯罪だ。
ネラの姿で深夜に一気に切ってしまえば気付かれないのかもしれないが、そもそも切った木は水分を多く含んでいるので建材に使えないというのは常識である。
依頼を受ける中で野営などの時に生木を燃やそうとして失敗するのは新人の冒険者あるあるであり、実際にアレンも経験したためそのことをよく知っていた。
買うことは出来ない。そして自分で伐採するのも不可能。そう結論を出したアレンがふぅと息を吐く。
「となると、やっぱ手段は1つしかねえよな。人が多すぎるのがちょっと心配だが、まあ仮面もかぶっているし格好も違うからわかんねえだろ」
実際、鬼人のダンジョンの単独攻略を何度も繰り返している謎の人物の噂が広がっていることは、ギルドにもその人物についての問い合わせが来て困っているとマチルダから聞いていたためアレンも気づいていた。さらに言えば兵士であるエリックも聞きに来たのだから疑いようも無い。
しかしアレンに疑いの目が向けられている様子はなかった。ギルド職員になる前からずっとこの街でアレンは冒険者として活動してきたのだ。アレンの実力など周知の事実であり、それがネラと繋がるはずがなかったのだ。
これからの予定を大まかに決めたアレンはいそいそと布団に潜り込み目を閉じた。そしてしばらくしてアレンの寝息が聞こえてきたのだった。
そして深夜、目を覚まして食事を済ませたアレンはいつも通りネラの格好に着替え、その上から全身を隠すようなローブを羽織り、諸々の入ったリュックを背負って家を出た。そしてスラムを足早に通り過ぎ、防壁を飛び越えて街の外へと降り立った。
「さて、じゃあ行くとしますか」
アレンはそう小さく呟き、ローブを脱いでリュックへと詰めると目的地へと向かって走り始めた。その方向は鬼人のダンジョンへと向かう西ではなく、南方向だった。