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レベルダウンの罠から始まるアラサー男の万能生活  作者: ジルコ
第一章 雑用ギルド職員の万能生活
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第20話 エリックの訪問

 食事を終え、体を清めて一息ついたアレンはそのまま寝ようかと思ったのだが、もしかしてという思いのもと、ネラの格好に着替えて家を出た。


 西のスラムに近いアレンの家の辺りは夜になれば真っ暗だ。その闇にまぎれながらアレンは中心街へと向かって歩き始める。

 闇の中をクラウンが歩く姿は一種のホラーじみており、子供が見ればトラウマになりかねない姿ではあったが、幸いこんな時間に出歩く子供はいなかった。


 しばらく歩き街の中心へと近くなってくるとぽつぽつとある魔道具の街灯によって道が照らされており、多くはないが人の姿も見え始める。

 アレンの姿に驚いた顔をしたり、「ひっ!」と悲鳴をあげかける者もいたが、なるべくそのことについては考えないようにしながらアレンは先を急いだ。


 そしてアレンがたどり着いたのは、自分の職場である冒険者ギルドだった。門が閉まってから既に時間が経過しており、ギルドの酒場も営業を終了している時間であるのでそこにいたのは職員を含めても両手で足りる数だ。

 アレンは迷うことなくギルドの窓口へと向かい、夜勤の男性職員と対面する。アレンの異様な姿を見てもその男が営業スマイルを崩す事はない。さすがプロといったところだが、その実、何度もアレンがネラの姿で夜にやってきているので慣れたというのが本当だった。


「いらっしゃいませ、ネラ様。4回目の代金が用意できておりますが受け取られますか?  ご注文の品も本日入荷いたしましたので、そちらの受取も可能ですが」


 顔パスとはちょっと違うが、ネラとして名乗る以前に男性職員から告げられたその言葉に、アレンは思わず声をあげそうになったがなんとか我慢した。


 仮面の下でにやけた顔をしながら、アレンは何も無い掌を職員に差し出して示しそれを握る。そしてその拳を開くとその掌の上には割符が2つ載っていた。どこからともなく現れたことに、男性職員が表情を驚きに染める。そのことにアレンはこっそりと満足していた。


 せっかくクラウンの格好をしているんだから、ということでアレンはたまにサプライズをすることにしているのだ。その方が面白そうだから、そんな理由でしかないが。

 とは言え本職のクラウンでもないアレンにできることは限られている。先ほどの事もギルド職員には突然現れたかのように見えたのだが、実際は目に見えないほどの速さで動いて割符を取り出しただけなのだ。


「わ、割符を確認しました。それでは代金と商品を持ってきますので、し、少々お待ちください」


 わたわたと奥の事務所へと走っていく男性職員の姿を眺めながら、少し失敗したかなとも思いつつ、それでもアレンはわくわくした気持ちで男性職員が戻ってくるのを待つのだった。






(いやー、ついに手に入れちまったな)


 アレンは自身の腰につけられた50センチ四方ほどの袋、マジックバッグを眺めながら家へと足取り軽く帰ろうとしていた。


 アレンが手に入れたマジックバッグは、ダークブラウンの薄い革袋のような見た目であり、取り出し口についた紐で巾着のように閉じる事の出来るタイプのものだった。

 もちろんマジックバッグには色々な形があり、本当に普通の鞄のようなものも存在している。


 アレンはギルドで受け取った金貨をすぐにマジックバッグに入れてみたのだが、まるで奇跡のように吸い込まれていく姿に思わず声をあげそうになるほど感動していた。

 冒険者にとってマジックバッグを持つというのは一流の証であり、それにあこがれていたのはアレンも同じだったからだ。


 しばらくそんな楽しい気分で歩いていたアレンだったが、街灯も無くなり、自宅へと近くなってきたところで異変に気づく。


(足音、4人? いや5人か?)


 背後からわずかに聞こえる音を分析し、アレンが顔をしかめる。ただの足音ではなく、アレンの足音に紛れさせるようにして後をつけてきているのだ。アレンには面倒ごとの前兆にしか思えなかった。


(強盗か? まあギルドで俺が受け取るところを見ていた奴もいたしな。よし、撒くか)


 アレンはそう決断すると家の方向から外れて路地へと入り込み、追跡者たちの視線から外れると同時に地面を蹴って飛び上がった。音も無く数メートル上の屋根に降り立ったアレンに、ざわざわとした自分を探す声が聞こえる。

 うまく撒けた事にアレンは安堵し、そして屋根を伝ってこのまま帰ろうとしたのだが……


「上か!」


 その声に聞き覚えのある声のような気がしたアレンだったが、近づいてくる壁を蹴るような音に慌てて身を翻す。

 アレンが上に飛んだ証拠などほとんどなかったはずなのに、暗闇の中、わずかな証拠から正解を引き当てるその直感を恐れたのだ。


(直感の鋭い奴は面倒なんだよな。相対する前に逃げるに限る)


 全力で逃げ始めたアレンはすぐにその場から姿を消し、追跡者の男が屋根の上へと降り立ったときには既に影も形もなかった。

 その屋根に僅かばかりの痕跡を見つけたその男は「チッ」と舌打ちすると捜索を再開すべく屋根から飛び降りたのだった。





 翌日、いつも通りの時間に目を覚ましたアレンは軽く背伸びをしてギシギシと音を立てるベッドから台所へと向かった。昨日の追跡者のせいで多少水を差された感はあったが、それでもマジックバッグを手に入れたことは嬉しく、上機嫌でアレンは朝食の準備を始める。

 今日は休みで特に予定も無いため、気分も良いし少し手の込んだ朝食でも作ろうかとアレンが調理を始めたその時だった。家のドアがノックされたのは。


(誰だ、こんな朝早くに?)


 そんなことを考えながら濡れた手をアレンが拭いていると、続けてドア越しに声が聞こえてきた。


「兄貴、いるか? エリックだけど」

「おぉ、ちょっと待ってくれ」


 アレンが慌ててドアへと駆け寄り扉を開けると、そこには精悍な顔つきをした兵士が立っていた。アレンより幾分か若く、隙を感じさせない鋭い目をしているが、その口元などアレンとどこか似通ったところのある男だった。

 その兵士の男をアレンは両手を広げて歓迎する。


「良く来たな。エリック」

「ただいま、兄貴」


 2人は笑いながらハグをし、久しぶりの兄弟の再会を祝うのだった。





「ちょっと待ってろよ。今朝食を用意してやるから」


 そんな事を言いながらアレンがエリックの分も含めて朝食の準備を始める。エリックは新しくなっていたダイニングテーブルなどにちょっと驚いたりしながら、幼い日に見ていたのと同じ光景を懐かしく眺めていた。


 エリックはアレンの弟であり、そして現在はこのライラックの街の兵士として働いていた。

 ドルバンの工房で造られた剣で見事試験を突破し兵士の仕事を得たわけではあるが、入りたての頃は兵舎暮らしが強制されており、それ以降もある事情によって実家に帰る機会がなかなか得られなかったためこうして会うのは久しぶりなのだ。


 とは言え、街の巡回などの時にすれ違ったりすることはあり、既に他の弟妹が街から離れてしまっているアレンからすれば最も身近にいる弟なのではあるが。


 手早く2人分の朝食を用意して机に置くと、エリックの対面へとアレンは座る。そしていつも通りの祈りを口にした後、2人は食事を始めた。

 朝食を口に含み、そして目を見開いて止まったエリックの姿にアレンがニコニコと微笑む。


「美味いだろ?」

「ああ、美味い」

「ギルド職員になって生活も安定したし、ちょっと色々と研究してるんだよ。料理もその内の1つだ。お前たちがいるうちに食べさせてやりたかったけどな」


 行儀悪く、フォークで料理を指したりしながら楽しそうに話すアレンの様子にエリックも笑みを浮かべる。

 エリックがここにやって来た理由の半分はアレンのことが心配だったからであり、今のアレンの様子から自分の心配が杞憂だったとわかったのだ。


 そんな、エリックの内心を知ってか知らでか、アレンは話を続ける。


「そういや、そっちは大丈夫なのか? ええっと、あのジュリア様の件は?」


 少し聞きにくそうにしながらも心配が勝ってしまったアレンの言葉に、エリックは苦笑しながら首を縦に振った。


「ジュリアは良くやってくれているよ。俺がもう少し手柄をあげて騎士に推挙されれば、貴族籍に戻してあげられるはずだ。彼女は今のままでも幸せと言ってくれているが」

「そっか……愛されてるな」


 その答えにアレンの表情が緩む。心配ごとがなくなったアレンとエリックは近況を報告したりしながら食事を進め、そして全てを食べ終えた。

 久しぶりの兄弟の交流に満足し笑みを浮かべたまま、片付けでもしようかとアレンは腰を上げようとした。しかしそれはエリックの言葉によって止まった。


「ところで兄貴。ネラって奴を知ってるか?」

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― 新着の感想 ―
[一言] アレン「ん?昼食はレラニバが食いたいのか?いいぞ!」
[一言] 期待が塩漬けされすぎて数年経った喧嘩ふっかけてきたパーティーが強盗かな
[一言] 買ったマジックバッグで足がつきそうな予感
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