第25話 着替え問題
久しぶりの本格的なダンジョン探索ということで、アレンは肩慣らしがてら攻略しなれた鬼人のダンジョンにネラとして入り、わずか一日でそれを攻略し終えた。
アレンとしては勘を取り戻すのに多少は時間がかかるかとも思ったのだが、思いのほか体は自分の思いどおりに動き、さして苦労することなくボスであるオーガキングを倒してしまった。
アレンの抱いた感想としては、ドゥラレのオーガキングよりはやっぱり強いな、程度であり、拍子抜けしたというのが実際だった。
防壁を飛び越えて街の外の森へと入り、着替えてしばらく色々しながら時間を潰したアレンは朝の開門に合わせて街へと戻ってきていた。
結局ダンジョン探索から引き続いて徹夜となってしまったため多少の眠気を感じ、あくびを噛み殺しながら門番の検査を終えたアレンは咎められることもなく街の中へと入る。
早朝ではあるが、依頼をこなすために街を出る冒険者も多く、食堂などは既に営業を始めており食欲を誘う匂いが辺りに漂っていた。
門付近にある宿の前を掃除している従業員が、それとなくお客を探しているがアレンには全く目もくれない。彼らは誰がこの街の住人であるかを良く知っているからだ。
そんないつもどおりの光景に少しだけ微笑みながら、アレンがふと思いつく。
(あー、これから本格的に動くなら昨日みたいなことを続けるのもまずいかもな)
冒険者ギルドへ続く道をゆっくり歩きながらアレンが考えているのは街の出入りに関してだ。
ドラゴンダンジョンのスタンピードを止めた報酬としてネラとしても領民証を得ているため、ネラの衣装を着て街の出入りをしても問題は無い。
街の出入りに関しては厳密に記録をとっているわけではなく、指名手配されていたり、禁止物を持ち込もうとする者がいないかのチェックと徴税が門番の主な仕事なのだ。
外見は不審者そのものでも、ミスリル級の冒険者ギルド証を持つネラの身分は確固としたものであり、むやみに疑われることはない。
とは言え顔を隠している後ろ暗さもあり、ネラとして活動する時は昨日のように防壁を飛び越えて街を出入りすることが多かった。
着替えに関しても夜中にひっそりとアレンの実家を使って行っていたのだが、最近はスラムの整理が進んでだいぶ様変わりしている。一昔前は夜であれば人気が無かったアレンの実家周辺にもぽつぽつと食堂ができ、酔客などがふらついていることがあるのだ。
これからネラとして本格的に活動していくのであれば、アレンとネラという二人の存在が同一だと疑われる可能性は極力なくさなければならない。
ネラが消えたのと入れ替わるようにアレンが街に戻ってくる。そんなことが続けば万が一にも気づくものもいるかもしれない。もしかしたらアレンの実家に入るところを見られるかもしれない。
なにせ跡をつけてくる者さえいたのだ。少なくともネラの動きを注視している何者かがいるのは確かなのだから対応策を考える必要があった。
(とりあえず森の地下室は見つからないとは思うが、絶対とはいえないしな。なるべくならネラの衣装は身近に置きたいところだし)
昨日ライラックの近くにある森に、アレンが万が一のことを考えて造った地下室のことを思い出す。
なにかが起きた時にマチルダとレックスだけを連れ出せば、国外に逃亡できる程度の蓄えがその地下室には備えられていた。アレンとしてもとりたくない一手ではあるが、最悪国を捨てる、そんなアレンの覚悟の表れだ。
地下室といっても魔法で掘った地中深くに造った小部屋ほどの空間をトレントの建材で整えたくらいであり、そこに入るためにアレンが掘った穴は既に土で埋められている。つまり再びそこに入るためには土を掘る必要があった。
ステータスが常人離れしているアレンであればこそ楽にできることだが、普通の魔法使いであれば到達することさえ難しいほどその地下室は深い。そんな場所に今はネラの衣装が隠されていた。
つけられていた現状、再び防壁を飛び越えて街に戻って着替えるより、森で着替えて地下室に隠しておく方が安全だろうと考えてアレンはそんなことをしていた。
検問さえなければネラの衣装をマジックバッグに入れるなりして持って帰ることも出来るのだが、発見されるリスクを考えるとそうせざるを得ない。しかし手元にネラの衣装がないというのはアレンとしても落ち着かなかった。
(なるべくなら街中で着替える場所を確保したいよな。いちいち外に出ると、ただでさえ減りがちな家族で過ごす時間も減っちまうし)
ぐるぐるとそんなことを考えながら歩き冒険者ギルドへとたどり着いたアレンは、まだ朝の騒々しさの残滓が残る掲示板に近寄って軽く眺める。既に割の良い依頼は朝の争奪戦を制した冒険者たちが受けており、残っているのは常時依頼やあまり報酬のうまくないものばかりだ。
寝坊したのか、そんな依頼の中から少しでも良い依頼を選ぼうと頭を悩ませている若い冒険者に少しだけ同情の視線を送り、アレンはそのまま空いている窓口に向かう。
「おはようございます、アレンさん。依頼完了のご報告ですか?」
「おはよう。とりあえず昨日までに納品した分だな」
「お疲れ様です」
「そっちも朝からお疲れさん」
顔見知りの受付嬢と軽くやり取りをしながら、アレンがポーションの納品依頼の完了証を取り出す。受け取った受付嬢が手早く確認を終え、その書類を内部の男性職員へと手渡した。
男性職員が報酬を取りに行く姿を眺めていたアレンに、受付嬢が気をきかせて話し始める。
「マチルダ先輩とお子さんはお元気ですか?」
「まあ色々あって大変だが、元気でいるよ。また差し入れ持っていくって言っていたぞ」
「それは嬉しいですね。でも顔だけ出してすぐ帰っちゃうから、会えなくて寂しいって言っている子もいるんですよ」
「わかった。伝えとくよ」
アレンが苦笑しながら受付嬢の言葉を受け流す。その言葉の裏側をマチルダから聞いて知っているからだ。
マチルダ自身、休んでいる先輩が職場にやってきてその相手をしたために仕事が遅れ、結果残業することになった経験が何度もあった。そんな経験をしてきたマチルダだからこそそうしているとアレンは知っていたのだ。
育児をしていると社会的に孤立しがちだし、人と話したいって気持ちだったんだろうな、と今はわかるんだけど、現役の子たちには関係ないことだしね。渡すもの渡したら、すぐ帰る、それでいいのよ。
そんな風に言って複雑そうな笑みを浮かべたマチルダの姿に、人との関係性が濃い職場は大変なんだなと改めてアレンは考えさせられ、とても印象に残っていた。
それからも雑談はしばらく続き、ふいに受付嬢が声をひそめて話し始める。
「そういえばアレンさん。ネラが帰ってきたって知ってます? 今度は本物らしいですよ」
「ネラが帰ってきたってのはさっきホールを通りがけに耳に挟んだが、今度は本物って……そんなに偽物がいたのか?」
「あー、そういえばアレンさん。しばらくライラックにいませんでしたもんね。最近はなかったですけど、私が知っているだけでも七人はいました」
予想以上に多い数にアレンの顔がぴくりと引きつる。そして自然と出てしまったため息と共に苦笑いした。
「マジか。なにがしたいんだ、そいつら」
「用心棒代をせしめようとしたり、報酬をだましとろうとしたり。単純にちやほやされたいからっていう人もいましたね」
「馬鹿ばっかりだな」
「はい、最後の人以外はもれなく捕まりました。最後の人もしばらくして飽きたのか、やめちゃいましたね。あっ、報酬の用意ができたみたいです」
戻ってきた男性職員の姿を目ざとく見つけた受付嬢が話を打ち切り、彼から受け取った報酬の入った袋をアレンへと手渡す。
そして受付嬢と軽く挨拶を交わし、アレンはギルドをあとにした。
屋敷へと帰る道すがら、アレンは最後の受付嬢との会話を思い返していた。
たしかにネラの正体は不明であり顔も隠しているため、似せた衣装を作ってアレンと同じような体型の者が着れば外見上は判別がしにくいだろう。
しかし外見を似せたところで強くなるわけでもないし、冒険者証などで確認がとれなければ騙される者などよほどうかつな者くらいだ。ほとんどの者は捕まったということだし、問題はないだろなどと考えていたアレンの頭にふとあるアイディアが浮かぶ。
「うーん、もしかしたら解決の糸口になるかもな」
そんな言葉をもらしたアレンは、そのアイディアをよりしっかりしたものにするべく考えを練り始めたのだった。
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