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レベルダウンの罠から始まるアラサー男の万能生活  作者: ジルコ
第五章 新米パパの万能生活
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第24話 ネラの帰還

 夕方。その時間は依頼やダンジョンの探索を終えた冒険者たちが戻り、一部はそのままギルド併設の酒場で飲み食いをするため、冒険者ギルドが最も賑わう時間でもある。

 窓口に並んだ冒険者たちをさばくために受付嬢たちは笑顔を振りまきながら手早く処理を行っていき、お金を得た冒険者の一部は意気揚々と夜の街へと繰り出していく。

 無頼漢な感じはいなめないものの、冒険者のほとんどはきちんと列をつくって自分の順番が来るのを待っていた。しかし……


「おい、おっさん。横入りしようとしてんじゃねえよ!」

「あー、うるさいな。元々ここに並んでたんだよ!」


 列に並んでいた若い男が、さも当然のように自分の前へと入った年配の冒険者に非難の声をあげる。しかし年配の冒険者は自らの非を認めず、その場に留まり無視をきめこんだ。

 それに対して若い男が言葉でなじっていくが、年配の男は反応すらみせない。それがさらに若い男の怒りを増長させていった。

 そんな二人の諍いを周囲はまたか、という雰囲気で眺めていた。ここ最近のライラックのギルドではこんなことは日常茶飯事なのだ。下手に関われば面倒事になるということは周知の事実となっていた。


「無視してんじゃねえよ!」


 散々無視され、ついに拳を振り上げた若い男の反応に、年配の男がニヤリとした笑みを浮かべる。

 年配の男が言った、列に並んでいたということは嘘だった。はっきり言ってしまえば自ら因縁をつけられるために列に割り込んだのだ。

 自分より弱く、搾取できる相手を探すために。


 年配の男は微動だにしない。この若い男の冒険者の実力も、そのゆっくりと見える拳の速度からわかりきっている。そしてそれが自分に大したダメージを与えないことも。

 一度その生ぬるい拳を受ければ後はどうとでもなる。こいつのパーティメンバーに女でも入っていれば面白いんだが。そんな下種な妄想を膨らませる年配の男の頬に、若い男の拳は吸い込まれるように近づいていった。

 しかしその拳が年配の男の頬を抉ることはなかった。


「ひっ!」


 多少は来るであろう衝撃に備えて目をつぶった年配の男が、若い男のものと思われる悲鳴にその目を開ける。

 眼前にあったのは真っ白な手袋が若い男の拳を止めており、そこから伸びる腕へと視線を向けた年配の男は、赤と黒の道化師のような衣装を着て涙を流す仮面をかぶった存在を認識した。

 あまりの異様な存在に一瞬唖然とした年配の男だったが、しだいに自らの計画を邪魔された腹立たしさが沸きあがり、ぎりっと歯をきしませる。


「いやー、ありがとうございます。若いのに絡まれて困っていたんですよ」

「……」


 そんな年配の男の言葉を受けても、仮面の男は無表情な瞳で見返すだけだった。無視かよ、と思いつつも年配の男は笑顔を崩さない。

 ほんの僅かな時間目を閉じていただけなのに、仮面の男は気配さえ感じさせることなく近づき、若い男の拳を止めてみせたのだ。その事実だけで自分よりもはるかに実力が上であると年配の男は判断していた。


「いやー、それにしても奇抜な衣装ですな。以前ここに現れたというネラという冒険者のようです」

「……」

「私は会ったことはなく話に聞くだけですが、強烈な存在らしいですな。彼の偽物……いえ、彼に憧れて真似する者が出るのも仕方ないくらいに」


 そう言って、年配の男が少し皮肉げに仮面の男を眺める。そんな視線を受けても仮面の男は無言を貫き、それどころか男の話を聞いていないかのごとく周囲へと視線をめぐらせていた。

 その反応が余計に年配の男を苛立たせ、そして仮面の男が呆れたように大きくため息をついたことで、それは限界点を超えた。


「あんたもどうせ偽物なんだろ。本物だって言うなら実力を見せてみろよ」

「……」

「ほら、やれないの……」


 その瞬間、年配の男は動きを止めた。自らに向けられて発せられた仮面の男の強烈な殺気に全身が凍りついてしまったかのように動かなくなったのだ。

 喧嘩を止めるだけの良識があるのだ。たとえ実力が上であろうとも、それなら怖くはない。そんな思い込みを全て吹き飛ばすほどの衝撃を年配の男は受けていた。

 男の頭の中は、殺される、その言葉で埋め尽くされていた。そんな男にマジックバッグから取り出した大きな魔石を見せ付け、仮面の男がその首にゆっくりと手を伸ばす。


 衆人が注目する中、仮面の男は年配の男の襟首をつかみギルドの片隅へと運ぶと、何事もなかったかのように自らも列の最後尾に並んだ。

 前に並ぶ冒険者たちが、引きつった顔をするのを気にした様子もなく平然と。


「ネラだ。本物のネラが帰ってきた」


 しんと静まったギルド内で、誰かが発したその言葉は、すぐに街中に知れ渡ることになった。





(あー、面倒だな。マジで)


 冒険者同士の諍いを治め、鬼人のダンジョンの攻略を報告し終えたアレンはネラの格好をしたままぶらぶらと夜の街を歩いていた。

 アレンがネラとして頻繁に活動していた頃は多少は慣れた様子だった街の人々も、久しぶりということもあってかぎょっと目を見開いて驚く人も少なくなかった。

 しかしアレンが面倒だと思ったのはそのことではない。


(思った以上にギルドの治安が悪くなってるな。ドゥラレと同じような状況か。まあギルドも人員が抜けているし、なにより……)


 そこまで考えてアレンはため息を吐く。頭に浮かんだのは、今はここを離れて学術都市国家で弟のジーンの研究を手伝っているライオネルの姿だった。

 仲直りするまではアレンに対してきつい対応をしていたライオネルだったが、他の冒険者の面倒を良く見ていたし、その実力は地元の冒険者では随一だった。

 他の冒険者からの信頼も厚い彼は、本人の正義感の強い性格もあってよく諍いを止めるために動いていた。そしてそんな彼を助けるために他の冒険者もそれを手助けしていたのだが……


(ライがいないことで、先導するやつがいなくなっちまったか。タイミングが悪いな)


 そんな風にライラックの現状を考えながらも、アレンはそれ以上自分でなにかをするつもりはなかった。

 これからしばらくアレンは子育てとポーション作りに専念しているという体で、冒険者ネラとして活動していくと決めているのだ。愛するレックスを守るために。

 もちろん目に付けば止めるくらいはしようとは思っている。しかしそのために、それ以上の時間を割くことはできないと判断したのだ。


(ギルドも馬鹿じゃないし、いざとなれば治安維持用の人員を配置するなりなんかして対処するだろ。まあ、それは置いておいて……やっぱいるな)


 ネラの住処があると思われているスラム方面へと足を進ませていたアレンが、曲がり角でそれとなく後ろへと視線をやる。夜で、スラムに近い場所であることもあり、暗闇でも昼間のように見えるマスクをかぶったアレンにさえ人影は見えない。

 しかし鋭い感覚を持つアレンには、ほんのわずかにアレンの足音とずれた何かの音、そして背中に感じる視線に気づいていた。


(興味本位か、なにかの思惑があるのか? どっちにしろやることは一つか)


 アレンは一つため息を吐いて角を曲がり終えると、ぐっ、とその足に力をこめて走り始めた。常人にはとても追跡できない速度で路地を進み、そのまま街の防壁を蹴り上げて飛び越える。

 雲ひとつ無い星空に、道化師の姿が舞う。


(逃げるが勝ち、ってな)


 アレンはニヤリと笑うと、街の外の森へと姿を消したのだった。

お読みいただきありがとうございました。

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