第22話 思い出めぐり
午前中、洋服を買ったり街の散策をして楽しんだ三人は、レベッカおすすめの、アレンにとってもある意味で思い出深い『木漏れ日の庭』で楽しく昼食を取った。
そしてその次に三人は街の東へと足を向ける。
外部の人間が行き交い賑わいを見せていた大通りとはうってかわり、本当に地元の人間しか行き交わないような道を迷うことなく当然のように歩いていきたどり着いた先は養護院だった。
現院長へ挨拶をし、心ばかりの寄付をした三人が養護院の片隅へと向かう。そしてそこにあった慎ましい墓の前でエミリーは膝をついた。
「ただいま戻りました、シスターフィノラ」
静かにそう言い、エミリーが目を閉じる。それっきり言葉は発していないが、そのまま動かないエミリーが心の中で対話しているのであろうことがアレンにもレベッカにもよくわかった。
この墓の主であり、前院長のシスターフィノラはエミリーにとって大恩人である。昔、教会が移転する中、ただ一人養護院のために残っただけでなく、周辺の貧しい人々にまで手を差し伸べた素晴らしい人物だ。
シスターフィノラに助けられてお礼として養護院の手伝いをしていたエミリーは、彼女に神について教わりシスターを志すようになった。そしてその夢が叶うようエミリーが王都へと行ける様に手を貸したのもシスターフィノラだったのだ。
エミリーの頬をつつー、と涙が伝っていく。
エミリーは王都へとシスターの修行に向かってから一度もライラックに戻らなかった。一刻も早く、立派なシスターになろうと日々努力していたのだ。その理由の中に、シスターフィノラにシスターになった自分の姿を早く見てもらいたいという気持ちがもちろんあった。
しかしエミリーが王都へと修行に出て二年後、病に倒れシスターフィノラは帰らぬ人となってしまった。
土の下で眠る彼女が、直接エミリーに語りかけることはない。傍目に見ればエミリーの行為は無駄なのかもしれない。しかしそれでも意味はあるはずだとアレンは考えながらそれを見守っていた。
動かないエミリーの姿をアレンやレベッカと共に眺めていた現院長がポツリと漏らす。
「アレンさん。こういってはなんですが、私はどこかで教会のことを憎んでいました。院長が最後まで貫いたその教えは素晴らしいと思えても、そこに所属する人間はどうしようもない者ばかりだと」
「ああ、わかるよ」
アレンが言葉短く同意する。院長の言葉でアレンは思い出していた。
シスターフィリアの葬儀は、養護院の経営状況が芳しくないこともあり、この養護院の一室でしめやかに行われた。
規模こそ大きくないもののその参列者は多く、シスターを慕う近隣の者や、一般人なら目も合わせられないようなスラムの住人までもが別れを告げに訪れたほどなのだ。
しかしその中に教会の関係者はただ一人としていなかった。その時に感じた憤りはアレンの心の中にたしかにくすぶっていた。
もしかしたらなにがしかの理由があって出席を許されなかったのかもしれない。本当は行きたい者もいたかもしれない。そう思えども、これが同じ神に尽くした者に対する仕打ちなのかとその時のアレンは考えてしまった。
もしエミリーがシスターとして修行に行っていなければ、アレンも教会を憎むようになっていたかもしれない。それほどに衝撃的なことだったのだ。
しばしの間沈黙は続き、瞳を潤ませた院長が涙をこぼさないように顔を天に向ける。
「シスターを手伝っていたあの小さな女の子は、教会に入り聖女見習いになったとしてもその純粋な心のままに戻ってきてくれました。私は一部を見ただけでいつしか教会全てを憎んでしまっていたのですね。これでは院長に叱られてしまいます」
「普段温厚なだけに、怒ると怖いんだよなぁ」
「全く。あの人以上に強い人を私は知りません」
そう言いあうと二人は顔を見合わせて笑う。そして思い出したかのように、院長が顔色を変えた。
「すみません、アレンさん。私は少しすることを思い出しましたので失礼いたします」
「ああ。時間をとらせて悪かった。それにしても急だな?」
突然の院長の変わりようにアレンが少し驚きながら問いかける。特に返答を期待してのものではなかったが、院長は少しだけ嬉しそうな顔で言葉を返した。
「実は彼女が亡くなってしばらくしてから、教会のシスターが一人訪ねてきたことがありまして、その時、私は敷地にすら入らせずに追い返してしまいました。今考えれば酷い対応です。それなのに毎年そのシスターは命日になると養護院の門の前に花を置いていくのです」
「それは……」
「今、アレンさんと話していて、ふと彼女の姿がよぎりました。そして鬼のごとく怒る院長の顔も」
「そりゃ、急いだ方がいいな。よし、しばらく養護院は俺たちが見ておくから安心して行ってきてくれ」
「手紙で……いえ、お心遣い感謝いたします。すぐに戻ります」
そう言い残すと院長は颯爽と駆けて去っていった。その表情はとても晴れやかなものであり、見ていたアレンの心のどこかにあったもやもやさえも吹き飛ばしていった。
院長の後姿を見送り、アレンが微笑む。そしてエミリーの護衛をレベッカへと任せると、アレンは養護院の子供たちと遊ぶべく庭で駆け回る彼らに向けて歩き出したのだった。
およそ二時間、養護院の子供たちと遊び倒した三人が、今日の最後としてやってきたのは三人が過ごした生家だった。
素人のアレンがなんとか修理していたボロボロの状態の家から、しっかりとリフォームされた姿に驚いているエミリーを引っ張りながらレベッカが当然のように中に入っていく。
「ふぅー、なんというか歳をとったって感じるね」
「いや、一番若いお前が言うなよ」
玄関の扉を開け、迷うことなく進んで椅子へとどっかりと腰を下ろしたレベッカが大きくため息を吐いたその姿に、アレンが呆れた視線を向けて突っ込む。その後ろではエミリーがにこやかに微笑んでいた。
「だってレン兄は体力があるし、エミ姉はなんか子どもの扱いが上手いし、私ってどっちにしろ中途半端だから一番疲れてもしかたないんですー」
だるーんと体を机に預けてくつろぐレベッカのわかるようなわからないような理屈に苦笑しながらアレンがお茶を用意するために台所に向かう。
そんなアレンの後姿を眺めていたエミリーだったが、しばらくすると立ったまま興味深げにキョロキョロと視線を巡らせ始めた。
アレンによってリフォームされたことで室内はかなり快適な空間になっている。以前のように床が傾いていたり、隙間風が入ってくるようなこともない。
「あっ、これは……」
台所付近の床についていた焦げ目を見つけたエミリーが思わず声をあげる。どうしたんだ、と振り返ったアレンはその視線の先を追い、微笑んだ。
「レベッカが初めて料理した時になべを落っことして焦がした跡だな」
「懐かしいですね。あの時は大泣きするレベッカをなだめるのが大変でした」
「落とした瞬間は心臓が止まるかと思ったな。怪我がなくてよかったが」
「うー、レン兄もエミ姉もその話、禁止! っていうかなんでそんな跡残してるの!」
「いや、せっかくの思い出だし、残すだろ」
当時を思い出したのか顔を真っ赤にするレベッカの姿に、アレンとエミリーはさらに笑みを深め優しく笑ったのだった。
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