第16話 レベッカの訪問
「それで、レベッカちゃんはなんだって?」
「しばらくしたらお祝いに行くから待っててね、だとさ」
急いで屋敷に帰ったアレンは水浴びをして身奇麗にすると、やるつもりだったポーション作製を後回しにしてマチルダの元へと直行していた。
そしてすでに読み終わったレベッカからの手紙を、レックスが寝ているのでソファーでくつろいでいたマチルダに手渡しながら簡単な経緯を説明する。
受け取った手紙に目を通すマチルダがとても嬉しそうな一方で、それを眺めるアレンは複雑な表情をしていた。
しばらくしてマチルダが手紙を読み終わり、顔を上げる。
「で、アレンはなにをそんなに心配してるの? 普通に歓迎してあげればいいじゃない」
「普通……ねぇ?」
なんとも歯切れの悪いアレンの姿に、マチルダが首を傾げる。マチルダが読み取った限りでは特におかしな部分などなかった。レベッカらしいな、と思うような書きようではあるものの内容としてはしごく当たり前のお祝いの言葉と来訪の予定が書かれている程度なのだから。
しばらく歩き回りながら、うーんとうなっていたアレンだったが、考えがまとまったのかどかりとソファーに腰を下ろした。
「まず手紙を送ってくるのがおかしい」
「そう?」
「ああ。レベッカの性格からして普通なら内緒でやってきて驚かそうとするはずだ。事前に俺に心構えをさせるようなことをするはずがない」
アレンの発言に苦笑いするマチルダとは対照的に、お茶を注いでいたコルネリアは目を丸くしていた。
「ええっと……楽しそうな妹様ですね」
「楽しんでいるのはあっちだけだけどな」
「でもいい子なのよ。アレンに構ってほしいのよ、きっと。私にとって、いいえ……私とレックスにとっては大切な恩人でもあるし」
すやすやと眠るレックスへと視線をやり、とても優しい顔でマチルダが笑う。
事情を知らないコルネリアがわずかに首をひねりながら自分の中でアレンの妹像を想像させる中、アレンは少しだけ目を閉じて天井を見上げると大きく息を吐いた。
「それもそうだな。まあ今回くらいは大目に見てやるか。わざわざサプライズがあるって書いてあるのがそこはかとなく不安ではあるんだがなぁ。じゃあ薬草が悪くならないうちに俺はポーション作ってくるわ」
淹れてもらったお茶を一気に飲み干して立ち上がったアレンが、レックスの眠るベッドへと向かう。安らかな寝顔をしばらく目を細めながら見守り小さく笑うと、そのままアレンは部屋を出ていった。
残されたマチルダはアレンが出ていった扉をしばらく見つめ、そして残っていたお茶を少しだけ飲むと側に控えていたコルネリアに向き直る。
「アレンも素直じゃないわね。初めてお祝いの手紙が来て嬉しいくせに」
「あっ、やっぱりそうなんですね。段々ご主人様のことがわかってきた気がします。妹のレベッカ様の態度もアレン様の性格のせいでは?」
「かもしれないわね」
そう言って二人はひとしきり笑うと、その笑い声のせいで起きてしまったレックスをあやしにベッドに向かったのだった。
そして手紙が届いてから1か月後。
そろそろ手紙に書いてあった期日だな、などと考えながらアレンは相変わらずレックスをあやしたり、マチルダの手助けをしたり、たまには冒険者として活動したりといつもどおり過ごしていた。
その日も朝から庭に家族で集まり魔法をレックスに見せてあやしていたアレンだったが、そこにコルネリアがやってくる。
「本日、夕方ごろにレベッカ様がいらっしゃるそうです」
「そうか。んっ、来たじゃなくて夕方に来るって、誰に聞いたんだ?」
「先触れの方からですが……なにか?」
不思議そうな顔をするコルネリアを眺めながら、アレンが眉根を寄せて考え始める。難しい顔をし始めたアレンを、コルネリアに似た不思議そうな顔でレックスが見つめていた。
しばらくの間首をひねっていたアレンだったが、小さく息を吐いて首を振ると気持ちを切り替える。
「まあ、子どもが生まれたからこっちに配慮していると思って納得しておくか。とりあえず歓迎の準備を頼む」
「承知いたしました」
歓迎の準備のために屋敷へと戻っていくコルネリアを見送り、アレンはレックスを伴って庭の木陰で休んでいたマチルダのもとへと向かった。
三人で過ごす平穏な時間がもうすぐ終わり、しばらくは騒がしくなりそうな予感にわずかに苦笑しながら。
そして夕方。
コルネリアには屋敷の中で待っていた方が良いのでは、と言われながらもアレンとマチルダは玄関の外でレベッカが来るのを待っていた。マチルダに抱かれたレックスも何か感じるところがあるのか二人と同じように大人しくじっと門を見つめ続けている。
皆の顔が赤く染まっていき、段々と冷たさを感じられるようになってきたころ、それは現れた。
「アレン、レベッカちゃんよね?」
「そのはずだぞ」
門へと歩いていくコルネリアの背中を、そしてその先に見える4頭の見事な体躯をした黒馬に曳かれた上級の貴族が所有しているものかのような豪華な馬車を見ながら二人が戸惑いつつも言葉を交わす。
コルネリアが門を開いて歓迎の言葉を投げかけると、御者をしていた引き締まった体をした大男がにこやかな笑顔で応える。そして手に提げた階段を扉の下へと置くとうやうやしくその扉を開いた。
そして差し伸べられた大男の手に、ほっそりとした手が添えられる。
「じゃーん、レベッカちゃんでしたー!!」
大男にエスコートされることもなく、添えた手をすぐに離して用意された階段も使わずに飛び降りてきたレベッカの姿になぜかアレンはほっとしていた。
マナーとしては完全にアウトだが、それがいつものレベッカらしいと思ったからだ。
びっくりとしたかのように目を見開いているレックスの姿にアレンとマチルダが気づき、顔を見合わせて微笑む。
「久しぶりだな。しかし、レベッカ。いくら驚かすにしてもこれはやりすぎ……」
にんまりとした笑顔を向けてきたレベッカを迎え入れようと歩き出したアレンが気づく。レベッカが意味ありげに視線をやる方向、そこにいる大男がまだ手を差し出したままであることに。
その手に馬車の中から純白の袖から伸びる白い手が添えられる。そしてしずしずとその人物が姿を現した。
一本だけ赤いラインの入った裾の大きな純白の頭巾でその髪を完全に隠してしまっており、同じく白が基調となったふんわりとした修道服でその体型はわかりにくくなっている。肌が出ているのは少し垂れ目の整った顔と手くらいなものである。
彼女はゆっくりと階段を降りきると、アレンに向けて最上の笑顔を浮かべた。
「アレン兄様。ただいま帰りました」
キラキラとした明るいブラウンの瞳が戸惑いの表情を浮かべるアレンを映す。そしてその顔が徐々に柔らかくなっていく様子を瞳は映し続けていた。
「おかえり、エミリー」
「はい、アレン兄様」
両手を広げるアレンのもとに小走りで駆け寄ったエミリーは、そのまま体ごと預けるようにアレンに抱きついたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
エミリー、誰? と思ったら少し前の「書籍発売記念番外編:レベッカちゃんは遊びたい」にちょこっとだけ名前が出ていますのでご参考までに。
次回で明示されますので、面倒な方はしばらくお待ちください。