第10話 コルネリアの事情
長らくお休みをいただいてしまい申し訳ありません。
落ち着いたので投稿再開します。
「天才?」
きょとんとした表情で動きを止めるコルネリアの姿に、アレンとマチルダが思わず苦笑する。コルネリアの反応は、まるで自分が天才であるはずがないと言わんばかりのものであったからだ。
「やっぱり自覚してなかったのね」
「いえ、そんなはずはありません。おばあさまに比べれば私はまだまだ未熟ですし、それに天才とはご主人様のような人のことを言うのではないのですか。冒険者だけでなく様々な仕事をこなし、メイドの仕事でさえ……」
「あー、まあ俺の場合はレベルアップによるステータス上昇の恩恵が大きいからな。後は冒険者として色々な仕事をこなしてきたし、人の縁に恵まれた部分もある。運が良かったってやつで、天才ではないな」
アレンの言葉にコルネリアは納得がいかないことを示すかのように首を傾げる。その反応にマチルダは思わず笑みを浮かべた。
昔からずっとアレンのことを見てきたマチルダには、アレンの発言が心からのものであるとわかっている。しかしレベルダウンの罠を利用し、規格外のステータスを得た後のアレンの姿しか見ていないコルネリアからすればその反応は当然だと考えたからだ。
「まあアレンのことはこの際置いておいて、あなたがすばらしい才能を持っていることは確かよ。長年ギルドの受付嬢として働いて、色々な人を見てきた私が保証するわ」
「はぁ。……いえ、光栄です」
「納得いってないって顔だな」
「そんなことは……」
あいまいな笑顔を浮かべて感謝を述べるコルネリアの姿にアレンが苦笑いする。そして言葉を続けようとしたコルネリアを手で制し、アレンは口を開いた。
「なんでこの人たちはこんな簡単なことが出来ないんだろう? なんでこんな面倒なことをしているんだろう? せっかく教えてあげたのになんですぐに理解してくれないんだろう? そんな風に思ったこと、あるよな?」
「……」
ずばりと核心を突いたその言葉に、コルネリアは反論できなかった。頭の中に苦い記憶がよみがえっていたからだ。
コルネリアはアレンたちの屋敷に働きに来る前、ある商家の屋敷でメイドとして働いていた。ルトリシアの伝手で雇われ、理解のある主人の役に立つべく、ルトリシアから学んだことを最大限に生かし、そして先輩のメイドたちから学んでいこうと頑張っていた。
だがその結果起こったのは……
「孤立しただろ?」
「っ!?」
アレンの言葉にコルネリアの尻尾がピンと立ち上がる。ギリッと唇を噛んだ顔をうつむけ、体を強張らせるその姿を見たマチルダはゆっくりと立ち上がると、コルネリアの横にそっと座りその少しだけ震える手にそっと自身の手を添えた。
ハッ、とした姿で顔を上げたコルネリアに、マチルダが優しく微笑む。
「ごめんなさい。嫌なことを思い出させてしまって。ほらっ、アレンも」
「あー、すまん。現状を把握してもらうために必要だとはいえ、無遠慮に踏み込みすぎた」
「いえ。事実は変わりませんので。……つまりお二人は私が天才だったからそうなったとお考えなのですね。自分で自分を天才というのは、ちょっとアレですが」
少しだけ気を持ち直し、冗談めかした言葉を付け加えたコルネリアに向け、アレンとマチルダが同時に首を縦に振る。
「自覚してくれてなによりだ。今までそう考えられなかったのは教えてくれたのがルーばあさんだからだろうな。最初の比較対象があの人だから仕方ない面もあったのかもしれないが」
「出来すぎた師匠を持った宿命かもしれないわね」
「かもな。で、結局俺がなんで嫌がらせのようなことをしたかというとだな……お前を孤立させた奴らの気持ちをわかってほしいと思ったからだ」
思わぬアレンの言葉にコルネリアの表情が曇る。まるでそれはコルネリアを孤立させた者たちをかばう言葉のように感じられたからだ。
実際コルネリアが受けた仕打ちは生易しいものではなかった。まだ若く、才能はあれど経験は不足していたコルネリアの心をへし折るには十分すぎるほどの仕打ちを受けたのだ。
様子を見に行ったルトリシアが、コルネリアが生気の抜けた目をしていることに気づいて仕事をやめさせるほどであり、その後しばらくコルネリアは部屋から出ることも出来なかったのだ。
自分の想定とは違うコルネリアの反応に少し首を傾げて考えたアレンが、その理由に気づいて慌てて首を横に振る。
「あっ、そいつらをかばっているって訳じゃねえからな! そいつらがなにしたかは知らねえが、実際にそういうことする奴らのことは好きになれねえし」
ぶんぶんと手を横に振り、慌てて弁明を始めたアレンのあたふたとした姿に、コルネリアの心に浮かんでいたもやもやがすっと消えていくのを感じていた。
そして隣で額に手を当てて苦笑いしていたマチルダと視線を交わし、小さくうなずきあうと、弁明を続けるアレンへと視線を戻す。
「だからな……」
「アレン。もういいから話を先に進めて」
「いや、でもな……」
「大丈夫ですから」
二人に言葉を遮られたアレンは、本当に大丈夫かと様子をうかがう。その姿にマチルダとコルネリアは再び視線を合わせると小さく笑った。
その反応にどこか蚊帳の外におかれたような気がしながらもアレンは息を吐くと、表情を真剣なものに戻して再び話し始める。
「冒険者の中にもたまに天才が現れるんだ。そいつらはどんどんと強くなる。それこそ長年冒険者をしてきた奴らを軽々と抜いていくくらいにな。でもそういった天才たちが全員冒険者として大成するかといえば……そうじゃねえんだよな」
はぁー、と深いため息を吐くアレンに同意するように肩を落としたマチルダが悲しげに目を伏せる。それは二人がそういった者を多く見てきたという事実を如実に伝えていた。
気遣わしげな視線を向けてきたコルネリアに苦笑いを返し、気持ちを切り替えたアレンが向き直る。
「どうしてそうなったと思う?」
「……」
無言のまま考えをめぐらせるコルネリアを二人は優しく見守る。そして顔を上げたコルネリアがぽつりと呟いた。
「孤立したから」
「そうだな。単独で冒険者をやる奴なんてほとんどいない。そいつらにも当然仲間がいた。でもいつからかその関係がおかしくなっちまうんだ」
「なんでこんな簡単なことが出来ないんだ? せっかく教えたのになんですぐにわからないんだ? なんで俺の足をひっぱるんだ? そんな愚痴をよく聞いたわ。その逆の愚痴もね。そしていつしかその関係は崩れてしまうの。私たちがどんなに諭しても」
二人の言葉がコルネリアの心に響く。その冒険者の話が過去の自分に重なっていた。
初めてメイドとして勤めた時、コルネリアは懸命に努めた。ルトリシアの教えを実践していった。
始めはメイド同士の仲も良かったのだ。新人として懸命に働き、そつなく仕事をこなすコルネリアはむしろ可愛がられていた。
だが懸命に働けば働いたほど、ご主人様のためになるように考えて動けば動くほど、関係は徐々に崩れていった。いつしかお互いを嫌悪するほどに。
静かになってしまったコルネリアの頭をマチルダが優しく撫でる。母性にあふれたその姿に少しだけ頬を緩めながら、ゆっくりとした口調でアレンは続けた。
「人には得手不得手がある。誰もが自分と同じように出来るわけじゃない。今回俺にされてコルネリアが抱いたような気持ちを、相手も抱いているかもしれない。そう考えるだけでいいんだ。そうすれば……」
そこまで言ってアレンが言葉を止める。そしてしっかりとコルネリアが自分を見たことを確認すると、ニッと笑顔を見せた。
「理解者が得られるさ。コルネリアは頭が良いし美人だし、性格も悪くない、よな?」
「いや、アレン。そこは断言しなさいよ」
「だってメイドってことで壁を作られていたし、期間もそこまでじゃないから断言できねえって。それでなくても俺の女を見る目なんてあてにならないだろ?」
「それはそうね」
「いや、そこは断言するなよ」
アレンとマチルダが軽い口調でやりとりを始める。コルネリアはその息のあった会話に思わず、ふふっと笑みを漏らし柔らかく微笑んだ。その瞳から、つー、と一筋の涙が零れ落ちていったのだった。
落ち着きを取り戻したコルネリアは、自らの過去をアレンとマチルダに話していた。胸糞の悪くなるような内容もあったのだが、話し終えたコルネリアはどこかすっきりとした顔をしており、一区切りついたのだろうとアレンは見当をつける。
「以上が私に起こった、いえ私が起こしてしまったこと全てです」
「そうか。なんというか大変だったな」
「そこまでされてもやり返さなかったのね。偉いわ」
「マチルダならやり返すか?」
「あら、私に対する理解が浅いわよ、アレン。私ならそもそもそんなことをする前に潰すわ」
コルネリアの頭をやさしく撫でながらにっこりとした笑みを浮かべるマチルダにぞわぞわっとしたものを感じ、思わずアレンは身を震わせる。びくりと体を震わせたコルネリアに親近感を覚えながら、アレンはそろそろ頃合かと心に決めた。
「悪い。遅くなっちまったな」
「いえ、私こそ色々と話してしまい申し訳ありませんでした。おかげですっきりとしました。それではおばあさまが待ちくたびれてしまっているかもしれませんので、そろそろお暇させていただきます」
そう言って席を立とうとしたコルネリアの前でアレンが人差し指を立てる。なにかあるのかと止まったコルネリアに少しだけ意地の悪い笑みを浮かべながらアレンが指を鳴らす。
その瞬間、ベッドの陰から静かに姿を現したのは……
「おばあさま……」
そんなコルネリアの呟きが部屋に響いたのだった。
お読みいただきありがとうございました。
ぼちぼちと更新させていただきますので、またお付き合いの程よろしくお願いいたします。
みなさんも体調管理にはお気をつけください。