第4話 寝室にて
帰るのが遅くなったため投稿が遅くなってしまいました。
申し訳ありませんでした。
ベビーベッドの試作品を作った日の夜、ルトリシアたちも既に屋敷に付随した使用人用の家に帰り、二人きりになったアレンとマチルダは寝室にてくつろいでいた。
鏡台の前で髪をとくマチルダの姿を、二人で寝ても十分な広さのベッドに腰掛けながらアレンが見つめる。その瞳はとても優しげだった。
温かい空気に包まれながらゆったりとした時間が過ぎていく。これもある意味で幸せなことだよなぁ、などとぼんやりアレンが考えていると、マチルダが櫛を置いて立ち上がりアレンの元へとやってきた。
それに気づいたアレンはさっと立ち上がると、まるで姫を迎える執事であるかのように一礼しマチルダをベッドへと誘導する。様にはなっているものの、どこか滑稽なアレンの姿に思わずマチルダは吹き出した。
「なにしてるの?」
「マチルダお嬢様が健やかに過ごすことが出来るように誠心誠意仕えさせていただいているだけです……なーんてな」
しごく真面目な顔で途中まで言葉を紡ぎ、すぐにアレンは破顔した。そしてベッドに腰掛けたマチルダの横に座ると、寄り添うようにしながらマチルダの腰にそっと手を回す。
マチルダのお腹は見た目でわかるほど大きくなってきており、アレンは背中越しに伝わる胎動を感じながら、マチルダと共に幸せそうに新たな命の宿るその場所を見つめる。
「元気そうだな」
「そうね。たまに強く蹴られすぎて痛いくらいよ。絶対アレンの血が入っているわね」
「俺はそんなに暴力的じゃないと思うがな」
ぽりぽりと頬をかくアレンの姿に、マチルダが笑みを浮かべる。そしてマチルダはアレンへと身を寄せると体の力を抜き、こてっ、とその頭を預けた。
「ゆったり過ごすのも悪くないんだけど、なにか調子が出ないのよね。違和感があるというか」
「あー、それ俺もだわ。しっくりこないというか」
「仕事がしたいような、したくないような。でもやっぱり本当に仕事を持ってこられたら嫌なんでしょうね」
「かもな」
マチルダの言葉にアレンが苦笑しながら同意する。
良くも悪くもアレンもマチルダもこれまで仕事漬けという訳ではないが、ずっと働いてきたのだ。それがぱったりと無くなってしまった今の状態は、ぽっかりと穴が空いてしまったかのようで落ち着かなかった。
それがストレスになっているとまでは言わないが、ある意味で寂しいような不思議な気分だった。
「仕事で忙しい時はあれほど休みたいって思っていたのに、不思議ね。自分で家事をしていたらまた違ったのかしら?」
「程度の差じゃねえか?」
「そうかもね。でもアレンや私がメイドを雇うなんて今でも不思議な気分。アレンなんて金級冒険者の二つ名もちになっちゃうし」
「ドゥラレ限定だけどな」
上目づかいで、どこかからかうように瞳を輝かせて見つめてくるマチルダに、アレンが頭をかきながら苦笑する。
ドゥラレのダンジョンを初踏破し、その功績をもって金級冒険者となったアレンには二つ名がついていた。一つは攻略中から呼ばれていた『地図屋』そしてもう一つは……
「『不惑』か。なんというか大層な二つ名だよな」
「アレンにぴったりじゃない。浮気もしそうにないし」
「う、浮気なんてしねえって!」
浮気という言葉にアレンが動転し、それを見たマチルダがクスクスと笑う。その無邪気な姿にアレンもすぐに冷静さを取り戻し、こほん、と咳をして気をとりなおした。
新たな二つ名である『不惑』は、ダンジョン内で絶体絶命の状況においてイセリアとアレンによって助けられた冒険者であるティモシーたちが広めたものである。
モンスターの軍勢に囲まれ、半ば心が折れかけていた彼らの前に現れ、冒険者なら最後まであがけ、と言葉をかけて一人オーガキングに立ち向かっていったアレンの姿は彼らに強烈な印象を与えていた。
アレンを『地図屋』と馬鹿にしていたからこそ反動は大きく、積極的に彼らが噂を広めたためにドゥラレにおいてアレンは『不惑』という新たな二つ名を手に入れた。
ライラックではほとんど広がっていないため、あってないようなものであるし、マチルダにからかわれて動揺していた姿からは、『不惑』の欠片も感じさせないが。
「そういえばルーばあさんと仲良くやってるようだな」
「唐突な話題の転換ね。……ふふっ、冗談よ」
頬をひくつかせたアレンの反応に、マチルダがこれ以上からかうことをやめて話題に乗る。
「ルトリシアさんが気づかってくれるからね。あの人すごいわよ。私の少しの反応からどうすれば私が過ごしやすいか読み取ってくれるの。いったいどんな風に過ごしてきたら出来るようになるのかしら?」
「想像もつかねえな。まあどの世界にも化け物がいるってことじゃねえか?」
「私たちみたいな庶民が知らないだけでメイドとしては常識かもしれないわよ」
アレンの脳裏に大量のルトリシアが身の回りの世話をしてくれる状況が思い浮かぶ。アレン自身はなにもしなくても全ての差配はルトリシアが行っており、アレンはただ単に促されるままにすれば快適に生活できてしまう。そんな光景が。
あまりに現実離れした想像を、アレンが首を軽く振ってどこかへと追いやる。
「そうなったらダメ人間が増えそうだ」
「権力者を裏で操っているのは実はメイドたちだった? ゴシップ記事くらいにはなりそうね」
二人は顔を見合わせて笑いあい、そしてそれが収まる。
話し始めてからそれなりの時間が経っており、どちらからともなくそろそろ寝ようかという雰囲気が漂いだし、就寝のキスを交わそうとしたところで、はた、とアレンが気づく。
「あっ、そうだ。明日からしばらくコルネリアを引っ張りまわしても大丈夫か?」
「あら、『不惑』のアレンさんはさっそく浮気かしら。そうよね、私が妊娠していて相手ができないし、やっぱり若いこの方がいいわよね」
「なんか刺々しい言い方だな」
キスを遮られたことに若干頬をふくらませ不服そうにするマチルダに、アレンが頭をかきながら苦笑いする。
もちろんマチルダ自身、アレンが浮気をするような人じゃないとは理解している。しかし体調は比較的安定しているとはいえ、感情のコントロールは普段に比べて格段に落ちていた。心の声がそのまま表に出てしまうくらいには。
アレンの言葉にそれを自覚したマチルダは、ふぅー、と一度大きく息を吐くと申し訳なさそうに目を伏せる。
「ごめんなさい。アレンに限ってそんなことはないってわかっているんだけど」
「いいんだ。愛されている証拠だと思えば、喜ぶべきことだろ」
ニッ、と笑みを浮かべ、半ば強引にマチルダの顔を上げてアレンがキスをする。それだけのことでマチルダの胸の奥につかえていたしこりは、すぐに消えていった。
マチルダはアレンに身をゆだね、そして長い時間の後に二人の唇が離れる。そしてお互い赤く染まった相手の顔を見つめ、少しだけ恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「さて、寝るか」
「そうね。愛してるわ、アレン」
「俺もだ」
今度は軽いキスを交わし、アレンとマチルダがベッドに横になる。広いベッドの中央で、二人は手をつなぎながら目を閉じた。
愛する人の体だけでなく、心も、いつまでもそばにいるように願いを込めて。
お読みいただきありがとうございます。
いよいよ2巻の発売まで10日を切りました。
森沢様のレベッカのSDが個人的にお気に入りです。気になる方は是非手にとっていただければ幸いです。