第26話 職人との再会
カミアノールとのギルド長室での打ち合わせを終えた二人は、発展しつつある町並みを眺めながら歩いていた。
予想よりもはるかに短い打ち合わせであったため昼と呼ぶにはまだまだ早い時間帯であるが、仕込みのためか食堂から漂ってくる良い匂いにメニューを予想しあったりしながら歩みを進め、二人は目的の場所へとたどり着いた。
「あっ、レン兄、イセリアさん。いらっしゃい」
「よっ、儲かってるみたいだな」
「こんにちは、レベッカさん」
レエジア雑貨店と書かれた店の扉を開けて中へと入った二人に、さっそく声をかけてきたのはこの店の店主でありアレンの妹でもあるレベッカだ。商品の補充のためか両手に持っていた木の板をささっと棚へと並べると、レベッカは笑みを浮かべながら二人のもとへと歩み寄った。
「優秀なお兄様のおかげで目玉商品が出来たからね」
ニンマリというような言葉が良く似合う笑みを浮かべるレベッカに苦笑いを返したアレンだったが、店内を見回して少しの違和感を覚える。
先ほどレベッカが補充していたアレン考案の魔法の補助道具の前で新人の冒険者たちが頭を悩ませたりしているのは以前から見られた光景なので不自然ではない。
雑貨店のはずなのに魔道具が売られていたり、冒険者の出入りが多いのは一般的に言えば不自然であるのだが。
アレンが違和感を覚えた、その理由は……
「女性のお客様が増えましたね」
「さすがイセリアさんはお目が高い。どこぞの鈍感な兄とは違いますね」
「さっきお前、優秀とか言ってたじゃねえか。というか俺も気づいていたっての」
やれやれとばかりに肩をすくめるレベッカを軽くたしなめながら、アレンは店の奥の一角の棚の前で楽しげに話す複数の若い女性客へと視線を向けた。彼女らは楽しげではあるのだが、その眼差しにはどこか真剣なものが含まれているように感じられ、正体不明の悪寒に襲われたアレンがブルリと身震いする。
レベルアップの影響もあり非常に良く見えるアレンの瞳には、その棚に並ぶ金属製の装飾品が確かに映っていた。
「可愛らしいデザインですね。シンプルですけれど、とても洗練されています。かなりの腕の職人の方の作品では?」
その感想にアレンが視線を向けると、そこにはレベッカから渡されたのか小さな花束をモチーフにしたような髪留めをじっと眺めるイセリアの姿があった。
イセリアの手にあるその髪留めは宝石など使われておらず、金属を細工しただけのものであったが、そういったものに疎いアレンからしても良いデザインだなと思うような一品だった。
そんな反応に気を良くしたレベッカが、ニコリと笑う。
「なにせ王都にも愛好家がいるくらいの職人ですからねー」
「そんな職人のものを良く仕入れられたな。高かったんじゃ……レベッカ。なんか隠してることがあるだろ?」
「あっ、バレた? 別に隠していた訳じゃないけどね。その職人さんとは以前からちょっとした付き合いがあって、今はここにいるんだ。イセリアさんとは先日あったって聞いたけど」
「お会いしたことがある、ですか。もしかしてあのドワーフの方、確か……」
「レベッカ。新作のネックレスを……んっ、アレンじゃないか? 久しぶりだね」
扉の開く音が聞こえ、続いて自分の名を呼ばれたアレンが振り向く。閉まりかけの扉だけが視界に入り、一瞬アレンは誰もいないと錯覚しかけたが、すぐにその視界の下にいた女性の気配に気づいて視線を下げた。
ドワーフ特有の背の低いがっしりとした体型ではあるが、女性らしさを感じさせるその見覚えのある姿にアレンの頭の中の記憶がよみがえる。
「デレオネか。珍しいところで会ったな。キュリオの店はいいのか?」
「あの店は人に譲ったのよ。少し思うところがあってね」
「あれっ、レン兄とデレオネってもしかして知り合い?」
親しげに話し始めたアレンとデレオネの姿に首を傾げながらそう聞いたレベッカに対して、二人が同時に首を縦に振って答える。
「ほら、ジーンの件でキュリオに行っただろ。その時にデレオネの店で指輪を買ったんだよ」
「そうね。他にも魔道具の作り方を少し教えたりしたわ」
「そうそう。まさかフーノが紹介しようとした魔道具職人がデレオネだとは思わなかったけどな」
「私だって驚いたわよ」
話に花を咲かせる二人からアレンの指にはまる指輪へと視線を向けて、なるほどね、と納得したレベッカは、隣で二人の様子をどこか寂しげに眺めるイセリアに気づき声をかける。
「イセリアさんはデレオネとはここで会ったのが初めてでしたよね」
「はい。キュリオに滞在していたときは私用があって、ほとんどアレンさんと一緒に行動しませんでしたから」
表情を変え、にこりと笑みを浮かべてそう返してきたイセリアの様子に色々と頭をめぐらせながら、この町に来た理由などを話している二人へとレベッカが視線を向ける。
「デレオネ、新商品を持ってきたんでしょ。レン兄との話はそのぐらいにして」
「それもそうね。あっ、そうだわ。イセリアさん、ちょっといいかしら?」
「えっ、私ですか?」
唐突に呼びかけられて驚くイセリアに向けて、デレオネが手招きをする。不思議そうにしながらも近づいたイセリアに、デレオネは頭を下げるようにと指示し、それに素直に従ったイセリアの髪へとデレオネはすっと手を添えた。
そしてその手を下ろした時、イセリアの髪にはまるで本物かと見間違えかねないほど精巧に造られた一輪の青い花の髪留めがつけられていた。
「うん、よく似合っているわ」
「えっと、これは?」
「イセリアさんをイメージして造ってみたの。また今度、使い心地と感想を教えて頂戴」
戸惑うイセリアに対して、ひらひらと手を振りながらデレオネがレベッカと共に店の奥へと入っていく。
取り残されたアレンとイセリアはその姿を見送り、そして同時に顔を向き合わせた。
「お支払いする金額をお聞きするのを忘れてしまいました」
「あー、ドワーフとまあまあ長い付き合いがある俺の予想だと、金はいらねえな。使い心地と感想が対価ってことだと思うぞ」
「そうですか」
困ったように眉根を寄せながら、しかしどこか嬉しそうに手で髪留めを撫でていたイセリアだったが、アレンの答えを聞きその表情を和らげる。
そして、すっと姿勢を正すとその髪留めが良く見えるように少しだけ首を傾げながらイセリアは花の咲いたような笑みを浮かべてみせた。
「どうでしょう。似合っていますか?」
たまたま近くにいた新人の冒険者の男たちが、その可憐な姿に見とれて動きを止めてしまっているのを視界の端に捉え、アレンは少し苦笑しながらも素直に自分の気持ちを伝える。
「似合ってるな。デレオネがイセリアのためを想って作ったものだから当然かもしれねえけど、いいと思うぞ」
「うーん……そういうことではないのですが。まあ良しとします」
さらっとアレンの手を取り、機嫌良さそうに歩き始めたイセリアに導かれるままにアレンも歩き出す。
マチルダと結婚する前だったら戸惑っちまったかもな、という思いと背後から感じるどこか重く暑苦しい視線に少し恐怖を抱きながら。