第15話 孤児院の修復開始
「よう、アレン。さっそく作業に入っても良いのか?」
「待て待て。ちょっと院長に説明するから。というか自己紹介しろよ。一応今回はお前が親方なんだぞ」
「うへぇ、面倒だな」
アレンに親しげに声をかけてきた赤い短髪の鍛えられた体躯をしたアレンと同年代くらいの男が、アレンの返事にあからさまに顔をしかめる。そして照れくさそうに自分の鼻を少しかきながら院長に向かって自己紹介を始めた。
「俺はニックだ」
「はぁ?」
唐突にはじまり、そして即終わったニックの自己紹介に、院長がそれで? と頭に疑問符を浮かべる。アレンはその様子を見ながらがしがしと頭をかき、補足を始めた。
「お前、本当に馬鹿だろ。他にもブラント工房に所属する大工だとか、前院長に腹をすかせて倒れていたところを……」
「うっせえ! 職人なんてもんはな、口足らずなくらいがちょうど良いんだよ」
少し頬を赤らめながらニックがアレンの足に蹴りを入れる。結構良い音がしたことからいっても半ば本気でニックが蹴った事は明らかだったが、アレンの表情は微塵もかわらなかった。逆にニックの方が顔をしかめたくらいだ。
若干ふてくされた様子のニックをアレンは放っておくことにし、院長への補足を再開する。
「ええっと、まあ彼らは本職の大工なんだ。今回については彼らに建物補修をしてもらうつもりで俺が呼んだ。孤児院の傷みも結構なものだしな」
「それは大変ありがたいのですが、あいにくお金が……」
言いにくそうに言葉を濁す院長に、アレンはわかっているとばかりに笑みを浮かべながらうなずいた。
「もちろん孤児院にお金を払ってもらうつもりはないぞ。俺個人の金から出すつもりだし、依頼料は破格の安さだから気にする必要も無い。俺を含めこいつら全員、孤児院に、というか前院長に恩義がある奴ばかりだしな」
「それは……その、ありがとうございます」
「あー! だからそういうのは良いんだよ。アレン、さっさと作業に入るからな。おらっ、手前らも笑ってねえで働きやがれ!」
少し涙ぐみながら頭を下げた院長の姿にニックがさらに顔を紅潮させ、その姿を見て笑っていたニックよりも年下と思われる10代後半から20代中盤ほどの若い職人たちが、ニックの怒声に蜘蛛の子散らすようにその場を離れていく。怒鳴られたのにもかかわらず、彼らの表情は楽しげだった。
そんな様子をしばらく苦々しく眺めていたニックも、自身のするべき仕事を確認するために動き始め、そしてアレンはその後を追いかけるのだった。
「ほいよ、この辺りで良いか?」
「おう」
身の丈以上あるどっしりとした角材を軽々と持ち上げて、ニックの指示した場所へとアレンが置き、そのまま支持する。ニックはその端を加工した角材の微調整を行い、そして手早くそれを固定していった。
ある程度の固定が終わった段階でアレンは既にその場を離れており、そして新たな角材を持って、移動したニックのもとに向かう。もう何度も繰り返されたその作業は阿吽の呼吸と呼んでも差し支えないほどにスムーズなものだった。
「次はこの辺りか?」
「おう」
既に指示されることも無く思うとおりの位置へ、アレンが角材を置く事に内心ニックは舌を巻いていた。普段仕事をしている大工仲間ならともかく、アレンは冒険者であり大工仕事に関しては素人に他ならないはずだからだ。
「なあ、アレン。お前大工になるか?」
「いや、突然どうした? 俺はギルド職員だぞ」
「お前が……いや、なんでもねえや。それにしてもお前も馬鹿だよなぁ。せっかく弟妹たちの世話が終わったってのに、今度は孤児院の世話かよ」
ニックは途中で言葉を止め、そして話題を変更してアレンに笑いかけた。その言葉にアレン自身も苦笑する。
アレンとニックは年齢が近く、しかも家も近かったため小さい頃からよく遊んだ幼馴染だった。アレンと違いニックには両親がいたが、生活が困窮しているという事には変わりは無く、そういった面でも同じような境遇だったと言える。
だからニックはアレンが今までどんな生活をしてきたかを知っていた。しかしそれはアレンも同様だった。
「いや、お前の方が馬鹿だろ。せっかく独り立ちできる実力があるってのに、わざわざ残って人材育成と称して孤児とかに技術を身につけさせて、しかも就職まで斡旋って」
「うるせえ! 俺は、下についていたほうが楽だからそうしているだけだ。挨拶もしなくて良いし」
アレンの指摘にニックが顔を赤くしながらそれを否定する。しかしそれが本心でない事はアレンにはバレバレだった。アレンが意地悪く笑う姿に、ニックが顔をしかめながら舌打ちする。
そんな会話を交わしながらも2人が作業を止める事はない。おおよその固定が出来た事を確認したアレンがその場を離れようとすると、その背中に向けてニックは言葉をかけた。
「今回の事、ありがとな」
「んっ?」
唐突な感謝の言葉に、アレンが振り返る。そこには頭をかきながら視線を逸らすニックの姿があった。
「俺だけじゃ出来なかった。やったほうが良いとは知りつつ家族を優先しちまった。孤児院へ恩返しが出来たのはアレン、お前のおかげだよ」
ニックも家が近いことはあり、孤児院の現状についてはある程度把握していた。しかしニックには既に愛すべき妻と娘がいた。腕の良い大工であるニックの収入は少なくはないが、それでも材料費や人件費などを考えると自分が出来る範囲を超えていたのだ。
前院長の教えに従い、少しでも貧困にあえぐ者たちを生活できるようにしようと努力してきたニックだったが、そのことは気がかりだったのだ。
視線をそらしたまま、自分の方を見ようとしないニックにアレンは微笑み返す。
「逆だよ。ほとんど材料費だけで請け負ってくれたお前と仲間たちのおかげで俺も恩を返せたんだ。ありがとうって言うのは俺の方だ」
実際、アレンがニックたちに支払った金額は普通の大工仕事の相場からすればありえないほど安い金額だった。アレンはニックにしか話を持っていっておらず、具体的な人数など知らなかったため10人近くの人数がやってきたことに驚いたぐらいだった。
アレン自身、家の補修などを自分で行っているため、材料の経費についてはある程度わかっている。そこから考えるとアレンの払った金額は下手をすると材料費にも足らないかもしれないと思われた。
だからこそアレンは感謝したのだ。そこには別の意味の感謝も少し含まれていたが、その大部分はその事に関するものだった。
「あー、うっせえ! さっさと材料持ってこい。時間は有限なんだ」
「いや、お前が始めたんだろうが」
「だから、えっと……いいんだよ! 馬鹿やろうが!」
子供の時のように下手なごまかしをするニックの姿に笑いながら、アレンは材料を取りにいくべく、くるりと向きをかえ歩き出した。