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レベルダウンの罠から始まるアラサー男の万能生活  作者: ジルコ
第四章 新婚冒険者の万能生活
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第23話 ギルドの対策

 アレンの犠牲のおかげもあり、和やかな雰囲気が流れ始めた部屋でひとしきり笑い終えたマチルダが小さく息を吐く。まるでそれが合図だったかのようにイセリアも笑うのをやめ、少しの静寂が訪れた。

 空気の変化を察したアレンは、名誉挽回とばかりに立ち上がって帰ってきたマチルダのために用意しておいた簡単な食事や飲み物などを運び始める。


「悪いな。時間が無かったからこの程度しか用意できなかったが」

「いいのよ。帰ったら食事が用意されてるだけで結婚して良かったー、って思っているんだから」

「そういうものなのですか?」


 簡単な、とはいえしっかりとボリュームと栄養を兼ね備えたちゃんとした夕食を前にマチルダが微笑み、そんな姿を見てイセリアが少し不思議そうに首を傾げる。

 そのリアクションに、えっ、とばかりに驚きの表情をするマチルダに、アレンが苦笑しながら話し始めた。


「イセリアの食事は基本的に外食だからな。宿だったり店だったりは変わるが」

「あー、そういうことね」


 アレンの簡潔な答えに納得しながら、マチルダは少し恥ずかしそうに頬を赤く染めているイセリアを見つめた。


「自炊のあこがれはあるのですが、私は基本的に宿住まいですし、習おうにもそのあてもなく……」

「アレンが教えてあげればいいんじゃない?」

「以前、護衛依頼でキュリオに向かった時にちょっと教えたんだが……」

「アレンさん。それ以上、その話は……」


 まるで面白いことを思い出したかのように少し口の端を上げながら話し始めたアレンを、慌ててイセリアが止めにはいる。

 その姿からは、その時になにかがあったことは明らかであり、おおよそのことを察したマチルダは優しく微笑むだけでそれ以上追及しようとはしなかった。


 実際キュリオへの道中、基本的に護衛は『ライオネル』の面々が行っていたためにかなりの余裕があったアレンは試しにイセリアに料理を教えていた。

 冒険者としてダンジョンに長期間滞在したり、護衛依頼で長期旅するような場合に料理が出来るというのは馬鹿にできないほど大切なことだからだ。


 もちろん栄養面や食事時間を勘案すると、専用の携帯食料に軍配が上がる。しかし美味しくない食事を続けると精神的にすりへっていき、集中力が切れやすくなってしまったりするのだ。

 毎食ではなくとも、ちゃんと料理された食事をすることで心の平穏を取り戻し、最後までパフォーマンスを維持したまま依頼を完遂する。

 ベテランほど料理がそれなりにできる者が多いのは、皆そのことを知っているからだった。


 教えられはしたが案外不器用で、ナイフでうまく皮がむけないことに業を煮やして魔法で皮むきをしようとしたあげく鍋をひっくりかえす。そんな失敗を繰り返して彼らも料理の腕を上げたのかもしれない。

 まあ料理に魔法を使おうとするような特異な者はほぼいないだろうが。


 マチルダが赤くなったイセリアに食べるように促し、アレンも含めて3人の食事が始まる。ささっと作ったものとはいえ、アレンの料理は店で出るようなレベルのものだ。その美味しさは3人の柔らかな表情からもうかがうことができる。

 しばらくゆったりと食事を続け、そしてテーブルの上の料理も一段落したところでマチルダが唇をさっ、と拭うと話し始めた。


「それで2人が心配していたことなんだけど……」


 そこまで話して言葉を止め、アレンとイセリアが視線を向けるのを確認し、マチルダが言葉を続ける。


「既にギルドで対応を練っているから心配ない、と言いきれれば良かったんだけどマジックバッグが出たとなるとちょっと状況が変わってしまうわね」

「やっぱ考えられていたのか」

「そりゃそうよ。ギルドだって積み重ねてきた歴史があるのよ」


 どこかほっとしたような表情をするアレンに、マチルダが肩をすくめながら苦笑する。そして続いて今のギルドの状況について話し始めた。

 先行する冒険者パーティから21階層以降についての情報をギルドが既に得ていること。しかしそれは明らかに隠された部分の多いものであり、そう報告された理由も理解できるギルドとしても先行者特権を侵すことまでは出来ず、ある程度の予測で対策を練らざるを得なかったことなど。


「16階層から20階層の地図を公開しなかったのもその辺りの理由もあるのよ。たどり着ける冒険者があまりに増えてしまうとギルドが対策を打つ前に揉めごとになる可能性が高いから」

「ということは、まだ密林の地図は公開されていないということでしょうか?」

「ええ。精度の高い地図を惜しげもなく提供してくれるどこかのパーティが21階層以降の地図を報告してくれてから、どう対策するかについて最終的な決定を下そうという話だったのよ」

「ほいよ、どこぞのパーティの精度の高い地図だ」


 食事の片付けに入り始めたアレンが、棚の上においてあったリュック型のマジックバッグへ手を突っ込むと、ひょいっと取り出した地図をマチルダへと渡す。

 小さく「ありがと」と言って受け取り、難しそうな顔でマチルダはその地図へと視線を落とす。しばらくぱらぱらと何枚かの地図を確認し、ふぅ、とマチルダが息を吐いて表情を緩めた。


「規模も数も想定の範囲内ね。これなら考えられていた対策が全くの無駄になることはなさそうだわ。問題は……」

「アレ、だな」


 先ほど地図を取り出したマジックバッグの隣に無造作に置かれている腰に提げるタイプのマジックバッグをアレンが指差し、それに対してマチルダが深くうなずく。


「マジックバッグが出たとなると、希望者が殺到するでしょうね。ライラックのレベルアップの罠のように専用窓口が必要になるかもしれないわ」

「鉄級の若い奴等が大挙してやってきそうだよな」

「お金はないけどそれなりの腕はあって上昇志向が強い冒険者。うーん、トラブルの匂いしかしないわ」


 はぁー、と深いため息を吐くマチルダの肩を軽くアレンが揉む。それで状況が改善される訳ではないが、ほんの少し表情が柔らかくなったマチルダとそれを気遣うアレンの様子に小さくイセリアは微笑んだ。

 しばらく肩を揉まれながら癒されていたマチルダだったが、振り向いてアレンに小さく「ありがとう」と伝えると、気を取り直したかのようにポン、と手を打つ。


「よし、こうなったら上に丸投げしましょう」

「いいんですか、それ?」


 いきなり責任を放棄したかのようなその発言に、驚いたイセリアが目を見開く。そんな彼女に対してマチルダは軽く笑いながら言葉を返した。


「いいのよ。出来うる限りの対策はもちろん考えるわよ。でも最終的な判断を下すのは私じゃないもの。考えすぎて潰れちゃう必要なんてないわ」

「はー、そういうものなんですね」

「まっ、ぶっちゃけ現状でも想像上の話だしな。とりあえずの方針を決めてもらって、問題が起きたら随時修正していくしかねえってことだろ。結局混乱するかもしれない現場を仕切るのはマチルダだし」


 結局責任を放棄したわけではないと補足説明をされ、マチルダの説明に納得しかけていたイセリアがアレンとマチルダの間で視線を行き来させる。それに対してマチルダはいたずらがばれてしまった子どものような笑顔を浮かべ、小さく舌を出して応えた。


「バレちゃったわね。アレン、気づくのが早すぎるわ」


 再び振り向いてアレンに不平を伝えるマチルダへ、不思議そうな顔でイセリアが問いかける。


「あの、なぜそんなことを?」

「うーん。なんとなくイセリアさんが危なっかしく見えたから。一人でなにもかも背負い込んで潰れちゃいそうな気が……金級の冒険者さんにただのギルド職員が何を言ってるんだって話なんだけどね」


 ふふっ、と笑うマチルダの瞳はとても優しく、それが嘘偽りのない言葉だとイセリアには伝わった。じんわりと胸の内が温かくなるのを感じ、少し瞳が潤みそうなのを振り払うようにイセリアが笑う。


「ありがとうございます。でも私は大丈夫です」

「そう。いつでも気軽に相談してくれればいいから」

「俺もできることは手伝うぞ。まあ俺の力の及ぶ範囲でだけどな」

「はい。いざと言う時は頼りにさせてもらいますね」


 どうしても一線をゆずろうとしないイセリアの返答に、残念そうにしながらもマチルダはそれ以上言葉を続けなかった。

 そしてこのまま空気が重くなるのを嫌ったマチルダが話題を転換する。


「じゃあ明日、上、というかギルド長に話しに行くから2人ともその時は同行してもらっていいかしら?」

「あれっ、ギルド長ってもういるのか?」

「なにか事情があって着任が遅れているとお聞きしていましたが」

「3日前にやっと来たのよ。秘書つき(・・・・)でね」


 妙なところにアクセントをつけたマチルダを不思議に思いつつも、そもそもギルド長が自前で秘書を連れてくるなどと言う事自体が珍しいのだろうと解釈し、アレンはそれ以上聞かなかった。

 実際、アレンが知っているギルド長といえば、ライラックのギルド長であるオルランドだけだ。オルランドにももちろん秘書はいるが、それはもともとギルド職員であった者でオルランドが連れてきたわけではない。

 その辺りのことを知っているアレンが、そう誤解するのも無理はない話だった。


「では明日の朝、またこちらにうかがいますね。アレンさん、ご飯ごちそうさまでした。マチルダさん、色々とお気遣いいただきありがとうございました」

「おう、また明日な」

「暗いから気をつけてね」

「はい」


 話に一段落がついたと判断し、立ち上がったイセリアが別れの挨拶を告げて家から出て行く。

 送るべきか、と少し考えたアレンだったが、金級冒険者のイセリアを町の中で襲うようなものなどいないだろうし、いたとしてもレベルアップにより常人よりはるかにステータスの高いイセリアならば簡単に撃退できるだろうと見送った。

 パタリと扉が閉じられ、そして家の中にいるのはアレンとマチルダの2人になる。どちらからともなく2人は顔を見合わせ、そして笑った。


「あっ、そうそう。アレン、あなたきっと明日驚くことになるわよ」

「んっ、なんでだ?」

「さあね」

「いや。そこまで言ってやめはねえだろ」


 気になることを言いかけて止めたマチルダに、アレンがツッコミを入れる。しかしマチルダは迷うことなく首を横に振った。


「女心を理解できなかったお仕置きよ。まあ明日になれば勝手にわかるんだから楽しみにしてなさい」

「なにかわからないと楽しみようがねえと思うんだが」


 そう言って首を傾げるアレンの姿を見て、マチルダはにやりとした笑みを浮かべた。

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