第17話 16階層の探索完了
16階層の探索開始から丸4日、罠の確認方法を色々と試行錯誤しながら探索していた2人だったがついに17階層へと降りる階段を見つけていた。
うっそうとした木々に隠されるように地下へと向かって続く階段がぽっかりと口を開けており、それを眺めながら2人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
「完全に反対だったな」
「そうですね。そのぶんだけ地図の作成がしっかりできたと考えましょう」
「だな。じゃあ警戒頼む」
「はい」
慣れた様子で警戒するために周囲の環境を整えていくイセリアを視界の端に捉えながらアレンが取り出した作成中の地図へと階段の場所を記載していく。
北の端から探し漏れがないように東西に行き来しながら徐々に南下してきたため最上部から始まったそれは、中央に描かれた15階層へと続く階段を通り過ぎ、現在は最下部まで達していた。
地図には多くの罠やモンスターとの遭遇場所が描かれ、余白に書ききれなくなったため2枚目にまで及んでいた。
さらさらと地図に情報を書き終えたアレンが軽く背を伸ばして息を吐く。
階段の場所は南の端に程近い場所にあり、仮にアレンたちが南から探索したのであれば1日目の途中で見つけられたはずだった。
南の端に行き着いてしまい、もしかして途中で見落としたのか? と不安に思っている中での発見だったので安堵している部分もあったのだが、南から探していれば、という思いが消えないのは確かだった。
「よし、じゃあ一旦帰るか。お試しの探索としては十分だろ」
「そうですね。では私が階段まで先導しても良いでしょうか? 密林の環境は初めてですので何に注意すべきか確認しておきたいのですが」
「了解。じゃ、これを使え」
そう提案してきたイセリアに、アレンが作製したばかりの地図を気軽に手渡す。そのあまりに無造作な様子にイセリアは目を見開いた。
「あの、よろしいのですか? もしかしたら私が先導する途中でなにか失敗して台無しにしてしまう可能性もあると思いますけれど」
そうなってしまったらせっかくの今回の探索成果がパァになってしまいますよ、とでも言わんばかりのその言葉に、アレンはニッと笑みを浮かべつつ答える。
「新人のフォローはベテランの役目だって言っただろ。それにこの階層の地図はもう記憶しちまったしな」
頭をつんつんと指先で叩きながら自慢げにするアレンに、イセリアが尊敬の眼差しを向ける。それをひとしきり浴びてからアレンはその顔を崩して歯を見せた。
「まあ実は予備があるんだけどな」
「ですよね。ちょっとびっくりしました。では遠慮なく使わせていただきます」
ネタ晴らしと言わんばかりにもう一組の地図を取り出して見せたアレンに、イセリアが小さく笑い返して地図の確認を始める。素早くその予備の地図をマジックバッグにしまったアレンは周囲の警戒をしながら考えごとをしていた。
実際、密林の探索の訓練をするといっても、最初の内は本日調査した範囲を横切るような形になるため警戒するなら後半になる。それはアレンも十分にわかっているため、アレンが考えているのは別のことだった。
(うーん、マジで書けそうなんだよな。帰ったら試してみるか)
普通ではありえない事態を常識として教えるわけにもいかずイセリアには冗談として流したアレンだったが、頭の中で完璧だろうと思えるくらいに16階層の地図を描くことができていた。
これが知力のステータスがアップした恩恵であることは確かなのだが、それを自分の思ったとおりになかなか使うことのできないもどかしさを感じつつ、アレンは歩き始めたイセリアの後に続いたのだった。
特にミスをすることもなく、無事にイセリアは密林を抜けて15階層へと続く階段までたどり着いた。そして階段をのぼった2人は洞窟型の階層である15階層の小部屋で食事や睡眠を含んだ長時間の休息をとって疲れをある程度癒すと、ダンジョンの外に向かって歩き始めた。
実際、今回の目的は久しぶりのうえに初めてのダンジョンを探索すると言うことで様子見の意味合いが強かったのだ。
たまたま鬼人のダンジョンと同じようなモンスター構成であり、かなり余裕があったため16階層を本格的に探索するとなったが、そうでなければある程度感覚を掴んだ段階で一旦帰るということも考慮されていた。
もともとがそういった計画だったからこそ、まだまだ余裕があったのに17階層へは行かなかったとも言えるが。
地図のない16階層を余裕で探索できる2人にとって、既に地図が作成済みの低階層を抜けることなど造作もなく、途中数度の小休止を挟んだ程度で一気にダンジョンを抜けてしまった。
途中の階層で採取したアプルをしゃくしゃくと食べながら歩くアレンの背中を眺め少し羨ましそうにし、手に持ったアプルへと視線をやり迷う様子を見せるイセリアの顔を夕焼けが赤く染める。
「おっと、ちょっと急いだ方がよさそうだな。道を整備している奴らが誰もいねえし」
「はい」
アレンが空と目の前に広がる道を眺めながらそんなことを言い、それにイセリアが短く同意する。
行きにはダンジョンまで通じていなかった森の中の道はすでに切り開かれており、人が通れる程度の整備がされた状態にまで変化していた。ただまだまだ完成とはいえず、道端に置かれた資材などがまだ工事中であることを示している。
ただ工事に従事しているであろう人の気配は全くなく、それは町の閉門が近いということに他ならなかった。
町へと歩を進めるアレンを追い、イセリアも歩き出す。そしてキョロキョロと周囲を見回して人がいないことを確認すると手にもっていたアプルへと、えいっとばかりに小さくかじりついた。
アプルに小さな歯型が残され、それを眺めながらイセリアが頬を染めつつも満足げな笑みを浮かべる。
音から後ろでイセリアが何をしているのか把握しつつもアレンは小さく笑うに留め、気づかないふりをしながらドゥラレの町へと歩を進めたのだった。
町へ戻ったアレンは、イセリアにレベッカへの報告を任せて自身は冒険者ギルドへとやってきていた。
建物こそ新しいが、ライラックと同じような、いや少しばかり騒がしいギルド内をアレンはすいすいと抜けていく。
アレンとイセリアが帰ってきたのは門が閉まる直前であったため、ほとんどの冒険者たちは既に報告を済ませており窓口に並ぶ冒険者は少数だった。反して併設された酒場にいる冒険者たちは多かったが。
「よっ、リジー。戻ったぜ」
「新婚なのに若い女性冒険者に浮気したと噂のアレンさんじゃないですか。無事で良かったです。ダンジョンで、もてない男に刺されたりなんかトラブルはありませんでしたか?」
「いや、冗談でもやめろよ。それ洒落にならねえからな」
すました表情で事実無根の不名誉な噂を垂れ流すリジーに、アレンが呆れた表情でツッコミを入れる。しかしリジーは全く表情を崩すことなく、ピッ、と一本指を立ててそれをアレンの背後へと向けた。
なんだ? とアレンが振り向くと、少し離れたところでアレンの方に憎々しげな視線を向けながら話していた数人の男性冒険者たちがふいっ、と視線をそらした。
「えっ、マジで流れてんの? そんな噂」
「はい。他にも最近店を開いた可愛い商人をたぶらかしているとか、新人に親切にしているのは新たな獲物を探すためだとか……」
「するか!」
「あっ、ちなみにギルドの受付嬢で次に狙われているのは私らしいですよ。キャー、こわーい」
途中から楽しげに話し始め、最後にはわざとらしい悲鳴まであげてみせたリジーの姿にアレンが嘆息する。
その様子からアレンに関する噂が深刻なものではなく、一部の者がはやし立てているだけだとわかったが、新婚でマチルダ一筋のアレンにとっては気分の良いものではない。
そして事実を知っているにもかかわらず、それで楽しげにしているリジーに対して、少しアレンはイラッとしていた。
アレンは表情を真剣なものに戻し、楽しげに怖がる仕草を続けるリジーの手をとると、ずいっと顔を近づけた。その距離はほんの僅かで鼻が当たってしまうのではないかと思うほどであり、そのあまりの近さにリジーが驚き慌て始める。
「あの、アレンさん。近いで……」
「なあ、リジー。俺、お前に伝えようと思っていたことがあるんだ」
低く落ち着いた年上の余裕を感じさせるその声色に言葉を遮られたリジーが思わず動きを止める。
握られたその手から伝わるごつごつした感触はいやおうなく男を感じさせ、その真剣な瞳は、これから重大な事実が伝えられるとリジーに教えていた。
鼓動が高鳴っていくことを感じながら、リジーはこくりと唾を飲み込み、思わず目をつぶった。そして……
「お前、仕事はできるし、綺麗なんだから、そういう風に大人しくしておけば理想の男が釣れるんじゃねえか? ってことで、仕事のできるリジーさん。さっさと依頼の処理頼む」
むぎゅっ、とリジーの鼻の頭を掴んで笑いながら顔を離し、そしてマジックバッグから地図などをアレンが取り出していく。
一方でリジーはといえば、一瞬呆気に取られた様子でアレンを眺め、そして顔を赤くしたり青くしたりしながらしばらく悶えていた。そして若干の怒気を含みながらも、笑顔を保った状態で落ち着く。
「やっぱりアレンさんって女たらしですよね。微妙に褒めてくるから怒るに怒れないじゃないですか」
「ははっ、お前みたいな性格の奴の対応はけっこう……」
「アレン。リジー。なにを、しているのかしら?」
寒気すら感じさせるほどの圧に、アレンとリジーが壊れたおもちゃのようにぎこちなく首を動かしていく。そこには腕を組んで仁王立ちしたマチルダの姿があった。
背後から聞こえる「修羅場だ」「いい気味だ」といった声に押されるように、アレンはリジーとともにギルドの奥にある小部屋へとマチルダに連れ込まれ、小一時間説教をくらったのだった。