第14話 孤児院への恩返し
自宅へと帰ったアレンが大きく息を吐く。アレンの心臓は未だバクバクとうるさく鼓動していた。
「マジかよ」
アレンが持っていた荷を解くと、その中から出てきたのは一振りの鋼鉄の剣だった。先ほどドルバンの工房に並んでいたのと同じ形のものだ。
「出来ちまった。師匠でも見分けのつかない出来の剣が初めて打ったのに、本当に」
アレンが自分の両手を見つめ、信じられないような顔をする。しかしその手の先にあるのはドルバンが打った1本であることは間違いなく、その代わりにアレンが打った1本が納品される剣の中に入っているのはそれを行ったアレン自身がよくわかっていた。
あまりに思い通りに剣が打ててしまい、その出来はドルバンの打ったものと瓜二つであった。しかしそれでも本職ではない自分が見たからこそそう思うのであって、ドルバンが見れば違うのだろうとアレンは考えていたのだ。
だがしかし、本当に打てていたなら、という考えを捨てきれずアレンはすり替えを行った。見つかれば確実に拳骨を落とされ怒られるとわかってはいたが、それ以上にその思いが勝ったのだ。
「やっぱステータスが高いおかげだよな」
手をぐーぱーと動かしながらアレンは考え続ける。しかしそれ以外の理由などアレンには思いつかなかった。
いや、もしかしたら元々自分には才能があり、そして昔の経験、さらに今回のドルバンの作業を見たことでそれを完全にマスターしてしまった。しかもドルバンにもわからないほどの技量で。
そこまで考えてアレンが苦笑いを深める。そんなことが起こる可能性はゼロだ。ドルバンの技量はその才能と経験によって培われたものだ。ただ才能があるだけで同じ物を造り上げられるはずがないのだ。
その原因として考えられるのは、レベルアップとダウンの罠によって完成された圧倒的なステータスしかなかった。
「動きを見ただけでそれを再現できるって自分のことながらやばいな。あれ、そうなると他のことも真似られるのか? 料理とか家の補修の大工仕事とか便利だよな。よし検証ついでに試してみるか」
アレンはそう決めると、そのためになにをすべきかを考えつつ水を浴びて体を清め、そしてベッドへと向かった。表には出ていなかったが、2日徹夜での作業により疲労が蓄積していたため、ほどなくしてアレンが倒れこんだベッドからは規則正しい寝息が聞こえてきたのだった。
その後、アレンは通常通りのスライムダンジョンへとレベルアップの罠を使用する人々を護送する仕事をこなしつつ、休日はドルバンの鍛冶を手伝いその技術を盗んでいく生活を続けた。そしてそれに加えて1つアレンは仕事を増やした。
「無理してない? 別にあなたじゃなくても良いのよ」
「最近は馬鹿な冒険者もいないからやる奴がいないみたいだしな。まっ、半分恩返しみたいなもんだ。先代の院長には気にかけてもらっていたからな」
依頼書を渡しながら心配そうに見つめるマチルダへと軽く笑い返し、アレンは受け取った依頼書を確認する。そこに書かれていたのは『孤児院での奉仕活動』の依頼だった。
その依頼書は特殊なものだった。通常の依頼であれば書いてあるはずのものが書かれていないからだ。
それは報酬の額。
通常ギルドで受けた依頼を達成した場合、それに応じた報酬が冒険者には支払われる仕組みとなっている。もちろん倒したモンスターから剥ぎ取った素材や採取した薬草など依頼以外の素材を換金する事で得られる収入もあるが、まず冒険者たちが確認するのは報酬の額なのだ。
依頼を達成すれば確実に手に入る金額と内容を比較し、それが妥当かどうかを冒険者たちは判断する。それ以外の収入をあまり当てにしないのは、依頼外の素材の買い取りは変動が大きいからだった。
冒険者たちも生活がかかっているのだ。その名前には反するかもしれないが、それは当然のことだろう。
そんな報酬の額が書かれていないこの『孤児院での奉仕活動』という依頼が普通の依頼であるはずは無い。
はっきりと言ってしまえば、これはギルドで素行不良等の悪い評価をされた冒険者に対する懲罰的な意味合いが含まれた依頼だった。食事は提供されるが一緒に派遣されるギルド職員に監視され、しかも報酬は無いこの依頼を受けて真面目にこなし、評価を上げなければ最悪ギルドから除名されるという瀬戸際の冒険者たちを選別するための最終ラインなのだ。
しかし逆に言えばそういった冒険者たちがいなければ、進んで受ける者のいない依頼とも言える。
孤児院ももちろんそんな冒険者たちを当てにしている訳ではないが、それでもレベルアップで身体能力の高い冒険者に手伝ってもらう事で助かる仕事があるのは確かだった。そしてギルドもそんな素行不良の冒険者たちを受け入れてもらっている手前、素行不良の冒険者がいないからと言って全く無視することも出来ないという事情があったのだ。
以前からギルド内で度々話題には出ていたものの、レベルアップの罠の出現に伴い冒険者ギルド自体が繁忙となってしまったこともあり後回しにされていたのだが、それにアレンが自ら手を挙げたのだ。
そしてアレンであれば元冒険者であるし、孤児院としても都合が良いだろうとトントン拍子に話は進み、今日アレンが派遣される事になったのだ。
心配そうに見つめるマチルダへと軽く手を振り、アレンはギルドを出ていき、そして自宅へと向かう通いなれた道を進んでいく。というのも孤児院があるのはアレンの家から歩いてすぐ、西地区のスラムの手前の場所なのだ。
ギルドへ通う道の途中にある訳ではないので全く一緒というわけではないのであるが、大まかな方向としては同じだった。
アレンがいつもならば曲がる角を直進してしばらく進むと、目的の孤児院が視界に入ってきた。
元々は教会に付属していたため孤児院はそれなりにしっかりした木造の建物だ。しかし教会が移設され孤児院だけが残ったため、建物のメンテナンスにお金をかける余裕がなくなってしまった。その結果、現在はかなりボロボロの姿になってしまっていた。
近づくにつれて、屋根の板の色が違っていたり、切れ目が雑だったりと応急処置でしのいできたことがはっきりとわかるほどであり、その姿にアレンはこっそりと笑みを漏らす。
(いや、記憶どおりで良かったと言うか、まあ孤児院からしたら良くない事なんだろうけど、俺としては好都合だな)
そんな事を考えながらアレンは孤児院の門をくぐり、その年季の入った扉をノックする。しばらくして出てきたのは孤児院の院長である40代後半と思われる優しげな風貌の男だった。
定型どおりの挨拶を交わし、アレンはその男の案内に従って孤児院の一角へと向かった。そして庭の隅、小さな石が置かれ、その手前に庭で摘んだと思わしき野花が捧げられた場所の前に立つと、片膝をついて頭を下げた。
(久しぶり、ばあちゃん。弟や妹も独り立ちして、それに最近色々あってやっと余裕が出来たんだ。本当はもっと早く恩返しが出来れば良かったんだけどな)
アレンが目の前の土の中に眠る人へと心の中で語りかける。その表情は多少後悔の色が含まれてはいたが、とても優しく穏やかだった。
アレンが心の中でばあちゃんと呼ぶのは、この孤児院の前院長である老婆のことだ。元々は教会のシスターであり、教会が移設されるにあたり教会関係者が新たな教会へと向かう中、一人、孤児たちのために残ったそんな優しい人だった。
その優しさは保護する孤児だけでなく周辺に住む人々やスラムの住人にも向けられ、その中にはアレンの一家も含まれていた。幼いアレンが兄弟たちをけなげに養う姿を見た彼女は折を見ては気にかけ、何か困った事があれば頼るようにと言葉をかけ続けたのだ。そして実際にアレンが助けてもらった事は一度や二度ではなかった。
なにより彼女の教えと推薦のおかげで、アレンの妹の内の1人が王都の教会本部でシスターとなる修行をうけるまでになったことをアレンは非常に感謝していたのだ。
しばらくして前院長との語らいを終えたアレンが立ち上がる。
「悪いな。時間をとらせてしまって」
「いえ、私も院長に救われた口ですから」
現院長の男の言葉にアレンがふっと笑う。その言葉から、目の前の男にとってはまだ前院長こそが院長であるという意思を感じたからだ。そんな院長に親近感を覚えつつ、アレンは今日の目的を話し始めた。
「事前に説明があったと思うが、今回は不良冒険者がいなかったためにギルド職員が代行するという形になる」
「はい。冒険者ギルドの皆様にはお手間をおかけします」
「いや、持ちつ持たれつだから気にしなくて良い。とは言え俺一人じゃあ出来る事は限られちまう。ってな訳で応援を呼んだ」
「応援?」
そう聞き返した院長に笑い返し、アレンが孤児院の入り口を振り返る。そこには10人近い人が横並びに立っていた。