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レベルダウンの罠から始まるアラサー男の万能生活  作者: ジルコ
第一章 雑用ギルド職員の万能生活
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第13話 アレンの予感

 翌日早朝、アレンは再びドルバンの工房を訪れていた。その理由はもちろん……


「来たな」

「そりゃあ、あれだけ言われれば来るだろ。俺にとって大切な剣なんだし」

「そうか。儂は隠しはしないが教えもしないぞ。技術は盗むもんだって相場が決まってるからな」

「知ってる」


 昨日、ドルバンに自分で剣を修理すれば良いという思いがけない提案を受けたアレンは躊躇した。もちろん長年使い続けてきた相棒の剣には愛着がある。しかしそれを修理することの難しさはドルバンの助手として働いた経験のおかげもあり、十分すぎるほど理解していたからだ。


 そんなアレンにドルバンは挑発するような言葉を次々と投げかけた。「坊主の剣に対する想いはその程度だったのか」とか「時間も金もあるのに試そうともしないなんて冒険者の風上にも……いや、坊主はもうギルド職員だったな。悪い、悪い。そりゃあ冒険より安定をとるよな」などといったように。

 その言葉に思わずアレンは反応してしまったのだ。特に「冒険より安定をとる」というその言葉は、やっとのことで冒険が出来るようになったと考えていたアレンにとって許容できるものではなかった。その結果が今のこの状況なのだ。


「とりあえず準備にかかるわ。以前と変わったところとかあるか?」

「ないな」

「了解。んーと、今日は鋼のショートソードか。数は……50ってマジかよ。誰だよ、こんな注文しやがった奴は」


 ぶつくさと文句を言いながらもアレンが鍛冶の下準備を進めていく。その迷いの無い動きにドルバンがほぅ、と小さいながらも感心したように声を漏らした。アレンが行っている下準備が自分の求めているものと寸分の違いも無かったからだ。


 以前、アレンが助手として働いたときには、ドルバンが自ら指示を出してアレンに下準備のなんたるかを教え込んだ。何を造るか、その素材は何か、その数は、その他もろもろの条件によって準備するものも、そして使う炉すら変わった。

 今のアレンの迷いの無い動きは、その教え込んだ知識を覚えているということに他ならなかった。


(前も思ったが、アレンの坊主は案外鍛冶の才能があるのかもしれんな)


 そんなことを考えニヤリとした笑みを浮かべながらドルバンはしばらくアレンの姿を眺め、そしてこれから始まる鍛冶のために精神を集中させ始めたのだった。





 そして鍛冶が開始されてから1日半経過し、まるで型で抜いたかのように統一された形の美しいショートソードが50本、工房の壁際に並んでいた。無駄な装飾など一切省かれたシンプルなものであるからこそ、鍛冶師としてのドルバンの腕の良さがよくわかる作品だ。


 またこの数をこの短時間に仕上げた事からもその腕のほどはうかがえる。魔力を流しつつ鍛冶をすることで金属の加工は容易になるのであるが、それを維持し均一な品質に揃えるというのは熟練の職人にもなかなか出来る事ではないのだから。


「俺は寝る。坊主は好きにしろ。余った素材もな」


 げっそりと頬をこけさせ、頭をふらふらとさせながら鍛冶を終えたドルバンがアレンへとそう告げて鍛冶場から出ていった。

 全精力を注ぎ込んで鍛冶を行うドルバンがこうなることをアレンは十分に知っていた。だからこそ声には出さなかったものの、アレンは密かに驚いていたのだ。ドルバンが自分へと声をかけたことに。


 それは以前助手としてアレンが働いていた頃には一度も無かったことだった。その事実から伝わるのは、ドルバンが本気でアレンに剣を修理させようとしているということ以外に考えられなかった。


「ありがたいな」


 アレンが小さく鼻をすする。人を心配したり、フォローすることには慣れているアレンではあるが、誰かに気遣われたりという経験はあまりなかった。そのドルバンの優しさが心に染みたのだ。


「さて、自由にして良いとは言われたが……」


 改めて鍛冶場を見回したアレンが考え始める。剣の素材については十分に余裕があった。

 ドルバンにとっては数が多いだけで、技術的に難しい仕事という訳ではなかったため、失敗して素材を無駄にすることもなく、予備として用意されていた分が丸々余ってしまっていたからだ。


 同様のショートソードであれば5本程度は作製可能であろう量だ。売ればまあまあな金額になるはずなのだが、ドルバンの口ぶりからしてそのつもりはないということは明らかだった。


「師匠がこんな無駄な量を用意する訳ないし、きっと持ち込みなんだろうな」


 そんな予想をしながら、アレンが目の前の鋼鉄の塊を手に取る。その質は最高級とまではいかないがかなり質の良いものだ。

 ドルバンの工房に素材を持ち込む者は少なからずいる。大半の者はそうすることで製作代金を抑えようと考えてのことだ。とは言え中途半端な素材ではドルバンが満足するはずもなく、その目論見が成功することはあまりないのだが。


 しかし今回に限っては代金を抑えるためではないだろうとアレンは確信していた。鋼鉄の剣50本という量、そして実用面重視のデザイン、そして何より高い質の材料といったことから考えれば、素材を持ち込んだ狙いが何かは容易に予想がつく。


 まあ注文書に書かれた依頼主がこの街の領主であることがわかっている時点で、ドルバンが製作した剣は街を守る兵士たちのためのものであり、そのために質が高く、そして均一な出来の剣が求められるために素材が持ち込まれたというのは明らかなのかもしれないが。


「さて」


 アレンが鋼鉄の塊を置き、ふぅ、と息を吐く。

 鍛冶をする環境は整っている。多少うるさくはなるだろうが、作業を終えたドルバンがその程度のことでは起きないことをアレンは知っているため遠慮をする必要はない。材料も十分にある。


「やるか」


 短くそれだけ言うとアレンは鍛冶の準備へととりかかった。ドルバンの許可が出た段階でアレンは既に自分で剣を打ってみようと決めていたのだ。

 相棒の剣を修理するという将来的な目標のためには練習が必要だということももちろんあるのだが、アレンにそう決意させた最も大きな理由は別にあった。


 ドルバンに言われたとおり、作業の手伝いをしながらアレンはドルバンの技術を盗むべくその姿を真剣に観察していた。そしてその中で1つの考えが生まれ、そしてそれは徐々に大きくなっていったのだ。


 あれ、なんとなく出来そうな気がするな、という思いだ。


 本格的に剣を打ったことなど全くないはずなのに、その考えは徐々に強いものへと成長していった。50本分のドルバンの鍛冶姿をずっと眺め続けた今、アレンは失敗する気が全くしなかった。

 それを確かめてみたい。そんな好奇心に胸を躍らせながら、アレンは鋼鉄の塊を片手に持ち、炉へと向かっていく。アレンの頭の中には、先ほどまでのドルバンの姿が完全に再現されていた。





 翌朝。


「師匠、素材は好きにさせてもらったよ。ありがとう。食事はあっちに用意済みだから。あっ、それと先に納品する剣の最終チェックしてもらっても良いか? 一応俺もしたけど久しぶりなんでちょっと心配でね」

「んっ、チェックだと? 一丁前なことを言いやがって」


 起き抜けにアレンにそんなことを言われてドルバンが顔をしかめる。そんなドルバンに苦笑を返しながらアレンが肩をすくめる。


「これでも一応ギルド職員だからな。ギルドはその手のことは厳しいんだ。それに納品先が納品先だろ。この剣を弟が使う可能性だってあるし慎重になるさ」

「相変わらずだな。まあそういうことなら仕方ねえな」


 ベッドから起き、ぐるぐると肩を回したりして体をほぐしながらドルバンは工房へと向かっていく。火が落ち、道具等もしっかり整理された工房をぐるっと見回し、あったはずの場所に剣の素材の鋼鉄がなくなっていることにニヤリとした笑みを浮かべた。

 そしてそのまま足を進め、綺麗に整理されて並べられた剣をドルバンが一本一本調べていく。その表情は真剣そのものでその神経全てが剣へと向けられており、その背後でそれと同じような顔をアレンがしていることにドルバンが気づくことはなかった。


 ドルバンが最後の一本を調べ終わり、その剣をコトリと元の場所へと戻す。そしてゆっくりとアレンのほうを振り返った。


「アレン、お前……」

「……」


 目を細め、鋭い視線でアレンを貫いたままドルバンがそこで言葉を止める。アレンは内心を悟られないように平静を装いつつも、心の中ではだらだらと汗を流し続けていた。

 そしてアレンの表情筋が限界をむかえる直前に、ドルバンがその相好を崩した。


「そろそろ弟離れしろよ。俺の造った剣だ。問題があるはずねえだろ」

「だよなぁ。師匠の作だもんな。でも兄としてはいつまで経っても弟は弟なんだよ。じゃあ俺はそろそろ帰って寝るわ。夕方から仕事だし」


 バシッとドルバンに背中を叩かれたアレンは頭をかき、そして持っていた荷物を背負い直し体の向きを変えて手を振りながら工房から出ていった。ドルバンから見えなくなったその顔には驚きや嬉しさといったいくつもの感情がごちゃ混ぜになった結果のなんとも言えない表情が浮かんでいた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分の打った剣混ぜて審美眼誤魔化せるか試したか
[気になる点] 剣って折れても修理出来るの?金継ぎみたいにするって事?強度的に、前より折れやすい剣にしかならないと思うけど。打ち直しなら、新しい別の剣って事になるし。よくわからない
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