第1話 鉄級冒険者と新たなギルド
世界でも最も広い大陸である中央大陸。その東に位置する大国の1つ、エリアルド王国はその名の通り王によって統治されている。
現王は他国への侵略よりも国内の統治、開発に力を入れており、お決まりのような小競り合いを除けば戦争という言葉を聞くこともほとんどないという状況だった。
ただそれは決して珍しいことではない。人類共通の敵と言うべきモンスターが存在することによって国間においてもある種の共闘関係が成立し、その対処をするために兵力が使われるため人同士で大規模に争うほどのことにならないからだ。
とはいえ完全になくならないというのが人の業なのかもしれないが。
大量のモンスターが生息するために開発が出来ていない魔境などと呼ばれる土地はエリアルド王国内にまだまだ存在するため、その整備に力を入れれば十分に国を豊かにすることができる。
なによりダンジョンという無限に資源を産出してくれる宝の山もあるのだ。それを攻略した方が他国を攻めるよりも、はるかに国のためになる。そういった判断がされているというのが現状だった。
そのダンジョンであるが資源の産出というメリットがある反面、放置してしまうと内部で発生したモンスターが地上に溢れ出るスタンピードという現象をおこす厄介な性質を持っていた。
そのため、ダンジョンがある場所のそばには比較的大きな街などを造り、そこを統治する者が冒険者ギルドなどと協力して管理するというのが常なのだが……
コーン、コーンという木こりたちが木を切る規則的な音を聞きながら、アレンは地面に残った切り株を抜く作業に勤しんでいた。
大地に根を張った切り株を抜くのは力任せに行おうとすれば結構な労力であるのだが、ディグという穴を掘る魔法を使えるアレンにとってはそこまでの重労働ではない。アレンのステータスをもってすれば力任せに引き抜くことも実は大変というほどでもなかったが。
切り株の下の土を完全に取り除き、アレンは根の一本を掴んで穴からその切り株をとりだすと近くにいた10代後半と思われる比較的若い冒険者たちへと声をかける。
「おーい、こっちも持っていってくれ」
「はい、アレンさん」
はきはきとした気持ちの良い返事をしてやってきた男4人のパーティに軽く笑い返し、2人が切り株を引きずり、残りの2人が警戒しながら森の外へと運んでいく姿をアレンが見送る。
警戒することなく全員で運ぼうとしていた最初のころと比べると、格段に成長したその姿にアレンは温かな視線を向けていた。
アレンが今いるのは、ライラックの南方、ドゥル山脈の麓にある森林だ。
つい先日、弟のジーンの住む学術都市国家キュリオへと行くために通った街道のそばであり、アレンはきこりたちの護衛と彼らが残した切り株を抜くという依頼を受けている最中だった。
この依頼はここ10日ほど続いているものであり、アレンたちが通ってきた場所は職人や冒険者たちによって広さ10メートルほどの新たな道が整備されていた。
人の手のほとんど入っていない森の中に道を作るということで、多くの人が働き活気溢れるその姿をアレンはまぶしそうに眺めながら一息吐く。
「さて、次の切り株を抜くか」
肩を回しながらそう言って振り返ったアレンは、木こりたちが残していった別の切り株に向かって歩き始めたのだった。
日が落ちる1時間ほど前にきこりたちによる伐採は終わり、アレンは何人かの冒険者と共にきこりたちを護衛しつつ新しく出来たばかりの道を通って森を抜け出た。
森から抜けた先は既に整備された街道になっており、その先には以前アレンが泊まったふもとの村と呼ばれていた集落が遠目に確認できる。
ただその姿は以前とは大きく変わってしまっていた。
以前は人の手のなかなか入りづらいドゥル山脈の近くにあるということで、モンスターの襲撃に備えて本格的な堀や物見台などはあるものの、それ以外は普通の村にすぎなかった。
しかしアレンが戻ってきたそこは、ライラックには遠く及ばないものの頑丈そうな防壁に囲まれ、その中ではいたるところに新しい建物が立ち並び、今まさに建築中のものも少なくない。
門から続く、新たに造られた大通り沿いには目ざとい商人たちがまだ建築中の店の前で商売をしていたりと、発展途上特有の活気に満ち溢れる空気を抜けてアレンが目的の建物の中に入る。
そこは新たにこのふもとの村、改めドゥラレの町に建てられた冒険者ギルドだ。まだ完成して間もないため、新築ならではの木の匂いが漂うそこには様々な冒険者たちでごったがえしていた。
「うわっ、相変わらずすげえな。まあいいけどよ」
アレンは依頼報告をするために窓口に並ぶ冒険者たちとは違い、併設された酒場の片隅の小さなテーブルへと腰を下ろす。そこにすかさず酒場の給仕をしているそばかす顔の少女がやってきて明るい表情でアレンに声をかけた。
「アレンさん、今日もお疲れ様です」
「おう、いつものを頼む。そっちはこれから稼ぎ時だろ。頑張れよ」
「はい! がっぽり稼がせてもらいます」
拳を握り締めて、ふんっと気合を入れ、力強い足取りで奥の厨房へと戻っていく少女の後姿にアレンが苦笑する。
以前は実家である農家を手伝っているごく普通の大人しい子どもだったとアレンは本人に聞いていたが、くるくると客の周りを歩き回りながら社交的に話している最近の姿しか知らないアレンとしては全く想像がつかなかった。
まあ自称なので、もしかしたら元からこんな性格だったかもなと思うくらいには。
しばらくして運ばれてきたエールに、アレンは魔法で作った氷を入れて冷やしながらちびちびと飲み、一緒に出された塩気の強い煎り豆をつまんだりしながら時間を潰す。
今日はこのまま何も起きないといいんだけどな、とぼんやりとアレンは考えていたのだが、そんな確率は低いだろうなとも思っていた。
そしてその予想はすぐに的中することになる。
「なんだ、てめえらは!?」
「いや、おっさんこそなんなんだよ!」
窓口に並ぶ列の方から聞こえたそんな声にアレンがはぁー、と息を吐きながら面倒くさそうに立ち上がる。視線を感じそちらへと視線を向けると、先ほどの給仕の少女が楽しげにしながら声を出さずに口だけを動かしていた。
やっちゃえ、と。
それを読み取ったアレンは苦笑いを浮かべて軽く手を振ると、今まさに争いごとに発展しそうになっている冒険者たちの方を向き、そして若い冒険者に相対していた中年の冒険者の手がじりじりと武器へと向かっていることに気づき顔をしかめた。
装備などからして冒険者になりたてと思われる若い冒険者たちはそれに気づいていない。
チッ、と軽く舌打ちしながらアレンは静かに駆け出し、そして両者の間に割って入った。
「よお、トラブルか?」
「うわっ、アレンさん?」
「おっ、確かタイラスだったよな。最近切り株運びに来てねえからちょっと心配してたんだが、ダンジョンの方に行ってたのか」
突然目の前に現れた割に、自然な感じで話しかけてきたアレンに若い男の冒険者、タイラスが目を見開いて驚く。
以前、依頼で一度だけ一緒になり、かろうじて名前を覚えていたアレンは、タイラスとその仲間たちの装備についた緑の液体や、ゴブリンの角と魔石が入っていると思われる所々に出っ張りの見える袋からそう推察して世間話を続けた。
タイラスたちの視線を遮り、後ろ手で剣に伸びそうになっていた中年の冒険者の男の手首をがっしりと握って動きを止めながら。
たわいもない話をしながらタイラスたちの気を紛らわせ、多少落ち着いたころを見計らってアレンが問いかける。
「で、なにがあったんだ?」
「そのおっさんが俺たちの前に入ろうとしてきたんだ」
タイラスの言葉に彼の仲間たちも同意の言葉を返す。アレンはさっと周囲の者へと視線をやったが、彼らの言葉を否定するような様子を見せる者はいなかった。
十中八九そのとおりなんだろうな、と予想しつつもアレンは少したしなめるような声でタイラスたちに告げた。
「まあ落ち着けって。言わんとすることはわかったが、おっさん呼ばわりはやめとけ。冒険者の先達だし、いつか依頼で組むかもしれないんだ。わざわざけんか腰であたって敵意をもたれるのは損だぞ。特に新人の時にはな」
「でも……」
「年齢で言えば俺もおっさんだしなぁ。そう呼ばれて反応しちまう奴が他にもちらほらいるし」
「うるせえぞ、アレン! 俺を見ながら言うんじゃねえ」
アレンの視線の先にいた、ライラックからの顔見知りの、年下なのにかなりふけ顔の冒険者から飛んできたやじのような言葉にアレンが笑う。
アレンがして欲しいことを察してすかさず声をあげ、さりげなく指を2本立てる男に、了解、2杯な、と口の端を上げて返しながらアレンはタイラスたちに向き直った。
「まっ、そんな訳だな。ちなみにギルドのランクアップの査定にも言葉遣いとかが入っているかもしれねえなー」
「えっ、アレンさんって元ギルド職員だって受付の子が……まさか、本当に?」
にわかにざわつき始めたタイラスたちに釣られるように、周囲の若い冒険者たちにも動揺が広がっていく。そこかしこで、言葉遣いなんてどこで習うんだよ、などといった会話が交わされる中、アレンはニッと歯を見せて笑った。
「冗談だ。貴族の依頼とかを受けるようになったら別だが、冒険者に言葉遣いまで求めることはあんまねえよ。出来た方が依頼主の印象が良くなって評価されやすいってことはあるかもしれねえけどな」
「逆に言えば上を目指すなら必要ってことじゃあ?」
「かもな。まあ実力だけでのし上がる奴もいるから一概には言えねえけど」
不安げに聞き返してくるタイラスに、アレンが肩をすくめて返す。
実際この中のほとんどが良くて鉄級止まり、下手をすればすぐに冒険者をやめるということを経験上知っているアレンは、言葉遣いをわざわざ習う必要などないと思っているが、それを判断するのはあくまで本人なのだ。
悩み始めたタイラスたちからアレンは視線を外し、くるりと身を翻して顔を真っ赤にしながらアレンの手を外そうとしている中年の冒険者に向き直った。
「よお、おっさん。いやー、歳をとると覚えが悪くなっちまって嫌だよな。並んでいる順番を間違えちまったりするしな」
「なんだ、てめ……いっ!」
「俺も不意に何をしようとしたのか忘れたりしちまうことがあるんだよな。わかるわかる。おっさんも悪気はなかったんだよな。ただ間違えちまっただけで」
アレンが徐々に手に力をこめていき、その痛みに中年の冒険者の顔が歪んでいく。必死に振りほどこうとする男だったが、アレンの手はびくともしなかった。
しばらくもがいていた男だったが、あまりの痛みに膝を折ってしまいそうになった瞬間、アレンの手がふっ、と離れる。
だらだらと額から汗を流し、瞳を揺らしながら、握られていた手首を反対の手で押さえる男にアレンが優しく話しかける。
「せっかく新しく出来たギルドなんだ。仲良く、な。そうだ、しゃしゃり出た詫びとして一杯ぐらいならおごるぜ?」
「……ふん」
酒場の自分の席を指差したアレンだったが、中年の男は鼻を鳴らしてそのまま外へと出て行った。
それをぼーっと眺めていたアレンの肩にドンッと重みがかかる。それは先ほどアレンを援護してくれた、ふけ顔の冒険者がアレンと肩を組んだその重みだった。
「よし、アレン。3杯だからな」
「いつの間に1杯増えたんだ?」
「さっきの奴におごるつもりだった分だ。当然だろ」
「なにが、当然なんだよ」
ガハハ、と笑ってごまかすふけ顔の男の足を軽く蹴り、大げさに痛がる男を連れてアレンは酒場の指定席へと戻っていったのだった。