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レベルダウンの罠から始まるアラサー男の万能生活  作者: ジルコ
第三章 悩める冒険者の万能生活
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第40話 ギデオンの依頼

 ジーンをとても優しい顔で眺めるアレンを、ネイラノールが羨望の眼差しで見つめる。しばらく誰も話すことなく静かな時間が過ぎていき、そしてその沈黙を破ったのはやっと昔の恥ずかしい思い出から脱却を果たしたギデオンだった。


「そうじゃ、アレンに伝えんといかんことがある。というよりは依頼したいことじゃがな」

「んっ、帰りの打ち合わせか? それなら『ライオネル』にも……」

「いや、儂はライラックへは帰らん。この街で研究者として研究を続けていくつもりじゃ」


 突然のギデオンの宣言にアレンが驚き、ネイラノールへと視線をやる。それを受けたネイラノールは微笑みながら静かに首を縦に振った。

 既にこの話が決定事項であることを察し、アレンが大きくため息を吐く。


「じいさんの人生だし、そこに文句は言わねえよ。研究するなら確かにこの街が一番かもしれねえな。だが、当初の約束を反故にするんだ。『ライオネル』やイセリアにはちゃんと帰りの分の報酬の何割かは払えよ」

「アレンはいいのか?」

「俺はなぁ……じいさんの依頼を受けたおかげでジーンに会えたし、さらに学会で発表する姿まで見ることが出来たからそれでチャラってことでいいや。その分は基金に入れるでもして他の研究者の支援に使ってくれ」


 問い返してきたギデオンに、ニッと歯を見せて笑ってアレンがそう伝える。それに対しギデオンはニヤリと笑みを浮かべて返した。

 その表情を見て、アレンは学会でギデオンが見せた意味ありげな笑みを思い出す。


「そういや、ジーンを選んだのって俺の弟だからって訳じゃねえよな?」

「それが理由に全く入っていないという訳ではないのう。発表を聞いて将来有望そうだと判断したし、状況としても最適と考えたから最終的に決定した訳じゃが、候補を見繕う段階ではアレンの弟という要因は確かに入っておる」

「なんというか研究者もコネが重要なんだな」

「縁をコネと呼ぶのであればそうでしょう。ギデオン君はお金に不自由していないので純粋な評価で最後は判断する分マシですが」


 もっと研究者は純粋なものだと考えていたアレンがげんなりとした顔をすると、その様子に微笑みながらネイラノールがギデオンの言葉を補足する。

 ジーンの努力が認められたと喜んでいたのに、水を差されてしまったように感じていたアレンが軽く息を吐いて気持ちを切り替える。自分はきっかけを与えただけで、最終的にギデオンの評価を得たのはジーンの研究なんだと割り切ったのだ。

 そこまで聞いたところでアレンはギデオンの、依頼をしたいことという最初の言葉を思い出し、首を傾げる。


「ところで、俺に依頼したいことってなんなんだ? ライラックに残した荷物の整理とかか?」

「それもあるんじゃが……実は決して外には漏らしてはならん依頼なんじゃ。なあに、やることは簡単じゃから安心せい」

「いや、その言い方は不安しかないぞ」


 不穏なものを感じるその言い草に及び腰になるアレンを、ギデオンが逃がすものかとじっと見つめる。そしてアレンが逃げる前にさっさと話してしまおうと、ギデオンはあっさりとその口を開いた。


「今回お主の試験官として同行したイセリアと言う金級冒険者の日常を、ある人物に報告してもらいたいんじゃ」

「イセリアの日常? なんでそんなもんを……というかある人物って誰だよ?」

「それは……」

「メルキゼレム君ですね」


 アレンの当然の疑問に言いよどんだギデオンに変わって、ネイラノールがあっさりとその名を告げる。

 その名に聞き覚えはあるものの君づけで呼ばれたため、アレンにはそれが誰だかすぐに結びつかなかった。しかしその名を何度も頭の中で唱えるうちに、該当する人物に思い至る。

 しかしまさかそんなことは、自分の考えを打ち消そうとし、そして目の前にいるのがエリアルド王国の特級薬師と学術都市国家キュリオの女王だと思い出してひくひくと頬を引きつらせた。


「もしかして筆頭王宮魔術師のメルキゼレム導師のことか?」

「う、うむ」

「確実にやっかいごとじゃねえか。そんな偉い奴に関わるのなんて嫌だぞ、俺」

「ギデオン君は少し前まで王立研究所の所長をしていましたし、私も女王ですよ。……ふふっ、冗談ですからそんな顔しないでください」


 思いっきり渋い顔をしたアレンの様子に、思わずネイラノールが笑いをもらす。そのことにさらに顔を渋くしながらアレンは依頼の当事者であるギデオンを鋭く睨んだ。

 ギデオンはとっさに視線を逸らし、ばつの悪そうな顔をしながらも言葉を続けた。


「いや、直接関わることはないから安心せい。月に一度、報告の手紙を送るだけじゃ。それだけで50万ゼニーじゃぞ。ほれっ、アレンも結婚したい女がおると言っておったじゃろ。安定した収入源が確保できるんじゃ。悪い話ではあるまい」

「いや、でもなぁ」

「なんなら儂の家を自由に使っても構わん。2人で暮らすには十分な広さはあるはずじゃ。むしろ儂も依頼料を出そう。そうじゃな、月に30万ゼニー程度でどうじゃ。あわせて80万これなら文句あるまい」


 確かにギデオンの提案はアレンにとってとても魅力的だった。月に80万ゼニー稼ぐことの出来る冒険者など本当に一握りしかいない。昔のアレンが聞いたら即座に食いついていたかも知れないほどの金額だ。

 しかし今のアレンはステータスも上がり、稼ごうと思えば稼ぐことが出来ると自覚していることもあり、その金額の魅力よりもその裏に隠された事情に関わることへの警戒心の方が大きかった。

 それに……


「知り合いの情報を勝手に人に売って得る金ってなんかやだよな」

「くぅー、こんなところで人の良さを出すでないわ!」

「いや、じいさん滅茶苦茶言ってやがるな」


 どうしてもアレンに受けさせようと次々と報酬を上げていくギデオンと、そのことに余計に嫌な予感が増大し拒否するアレンの攻防が続く。

 その様子をしばらく微笑ましそうに眺めていたネイラノールだったが、ちらっと外を確認してその暗さを確認すると、2人のやりとりの隙間にするっと入るように口を開いた。


「ギデオン君。報酬を上げたとしてもなびかない人はいます。有効な手段ではありますが万能な手段とは言えません。なぜ拒否するのか、それを観察することも重要ですよ」

「う、うむ」

「そしてアレンさん。そんなに警戒しないでください。メルキゼレム君がイセリアという人の情報を欲しているのは悪意からではありません。どちらかと言えば親愛からくるものです。離れた家族の近況を知りたいと言えばあなたにもわかりやすいでしょうか?」

「親愛?」


 おうむ返しのような形で呟いたアレンの言葉に、ネイラノールが柔らかく微笑む。そこに嘘は混じっていないようにアレンには思えた。

 そしてそれが本当なら、と考えた瞬間アレンの頭の中で記憶とその言葉が繋がった。

 以前イセリアから聞いたおじい様という人物、イセリアに愛情を注ぎ、特注の装備や莫大な金などを持たせたその人。アレンも読んだ魔法大全という今にして思えば規格外の書物をイセリアが持っていたのは、そのおじい様こそが……


「メルキゼレム導師だからか」


 ぼそりと自分だけに聞こえるくらいの声量で呟き、アレンが考え始める。

 アレンの推測が正しければ、メルキゼレムの気持ちがアレンには痛いほどよくわかった。同じ街に住むエリックは別にしても、他の弟妹たちは離れて暮らしており、自ら近況の手紙を送ってくれる者もいるがそれも頻繁ではない。

 手紙を送るにはそれなりの金額がかかってしまうから仕方ないとアレンもわかっている。それでも元気でやっているかくらいは知りたいと望む気持ちはどうしてもあるのだ。


 天井を見上げ、アレンが大きく息を吐く。そして目の前の2人へと視線を戻すと小さくうなずいてから話し始めた。


「変な目的じゃないって証拠はあるか?」

「今回ギデオン君に仲介を頼まれて、メルキゼレム君とやり取りした手紙があります。ギデオン君が最初に渡されたものも。両方とも直筆のサインが入っていますし、その裏取りも既にしています。学術都市国家キュリオの女王として、それを証する書面でも作製しますか?」

「いや、そこまではいいが……っていうかじいさん。最初から計画的に動いてんじゃねえか。やけに早くこの街に来たのもその計画のためだろ。しかも女王様に仲介を頼むって、他者の威光を笠に着るみたいで卑怯じゃねえか?」


 ネイラノールの話を聞くうちにだんだんとジトッとした目になっていくアレンの姿に、嫌な汗を流していたギデオンがぶんぶんと首を横に振る。


「そんなことはない。ネール先生は儂とメルキゼレムがまだ学生だった頃に指導していただいたいわば共通の恩人。まあ途中であやつは魔法研究に興味が移って研究室を変わってしまったが、それまで受けた指導に感謝していると言っておったからな」

「それって、恩人の威光に頼ろうとしただけで根本は変わってねえよな」

「……う、うむ」


 2人の間に重苦しい沈黙が広がる。とは言っても、重苦しさを出しているのは図星をつかれたギデオンだけだったが。

 仕方ねえじいさんだな、と思いつつもアレンはこの依頼を受けてもいいんじゃないかと思い始めていた。

 自分が受ければ報告の内容をある程度制御できるが、他の誰かをメルキゼレムが雇うようなことになればひょっとしたら余計に面倒なことになるかもしれないとも思えたからだ。

 一番の理由は家族を思うに似た気持ちをイセリアに向けているらしいメルキゼレムの思いにアレンが共感したからというものだったが。


「まっ、それならいいや。生活のために金が入るのは確かにありがたいし、ある程度世話になったじいさんの依頼だし受けるよ。とは言え面倒なことになりそうだったらここに逃げてくるからその時は頼むぞ」

「うむ、どんと任せておけ」

「うわー、全く信用ならねえな」


 アレンが依頼を受けるとわかった途端に態度を変えたギデオンに、アレンが呆れた顔でツッコミをいれる。しかしギデオンはそれに対して反論することもなくにこやかに笑っていた。

 とりあえず依頼についてはこのくらいか、と考えたアレンの頭にふとした疑問が浮かぶ。


「そういや、じいさんとメルキゼレム導師の先生ってことは……」

「アレンさん。結婚されるそうですし、女心をあなたは知っていますよね?」


 静かに、しかしその内側に猛る炎を幻視したアレンが笑顔を向けてくるネイラノールにこくこくと首を何度も縦に振って答える。

 その様子に満足したのかネイラノールは席から立ち上がると、アレンに「ごちそうさまでした」と告げてギデオンを引き連れて家から出て行った。その後姿を見送り、そしてアレンはぐったりと椅子の背もたれに体重を預けて大きく息を吐いたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 義妹になる予定のエルフも年上の可能性がかなり高い
[一言] なんか主人公的に別にイセリアに黙っておく理由もなさそうな… いやまあまったくないとは言わないけども
[一言] 例えエルフでも年は知られたくないか。w
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