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レベルダウンの罠から始まるアラサー男の万能生活  作者: ジルコ
第三章 悩める冒険者の万能生活
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第21話 汚部屋掃除

「まさか一人暮らしの男性は皆こんな感じなのですか?」


 恐る恐るといった様子で視線を向けてくるイセリアに、アレンは即座に首を横に振った。イセリアのその言葉の奥にアレン自身の家もそうなのか? という思いが透けて見えていたからだ。


「男女関係なく人それぞれじゃねえか? 少なくとも俺の家はこんな状態じゃねえぞ」

「そう、ですよね。しかしこれは……」


 改めて部屋の中の惨状を見回し、イセリアが言葉を失う。

 おそらく生まれてから初めて見るような光景だろうし、当然か。そんなことを考えながらアレンもその部屋の内部を観察し少なくともジーンが見える範囲にはいないことを確認すると、イセリアへと向き直った。


「とりあえず俺はこの後始末をするから、イセリアは街の見学でもしてきたらどうだ?」

「い、いえ。お手伝いします」


 アレンとしては、さすがにこの部屋を家族でもないイセリアに片付けさせるのはどうかと思って提案したのだが、イセリアはどこか悲壮な覚悟を決めた者のような顔をしながらそれを拒否した。

 その答えに困ったような顔をしたアレンが少し首をひねってしばらく考え、そしてポンと手を打った。


「よし。じゃあイセリア、掃除に使う道具と適当な軽食を買ってきてくれるか。金は後で払うから」

「掃除に使う道具、ですか?」

「おう。ほうきとか適当なぼろ布とかそういった類のもんだな。ぼろ布とかは剣の整備に使ったりするから手持ちがあるが、足りるかわかんねえし」


 ゴミの散らばった室内を指差しながらアレンがそう伝えると、少し困惑した様子だったイセリアも納得したのか、こくりと首を縦に振った。


「わかりました。探してきます」

「おう、手伝ってもらって悪いな。こっちも戻ってくるまでにできるだけ片付けとくわ」


 商店の多かった大通りの方へとそのまま歩き始めたイセリアをアレンは見送り、そして大きく息を吐いてから部屋の中へと入った。

 部屋の中はぐちゃぐちゃではあるのだがある程度の区分けがされていた。持ち帰りの食事を食べた後の容器などが固まる水回り、脱ぎ散らかした衣服などが固められた別の部屋へと続く扉付近などジーンの生活する様子が頭に思い浮かびアレンが苦笑する。


「さて、前に持ってきた掃除道具は……やっぱ埃をかぶってやがるな」


 アレンが前回荷物を運び入れた時に置いた状態のまま、動かした形跡すらないほうきなどの掃除道具を引っ張り出し、それを持ったままアレンはぐるぐると肩を回す。


「一旦ゴミや服をマジックバッグに入れてから始めるか。こういう用途のために買ったわけじゃねえんだけどな」


 はぁー、と大きく息を吐きアレンは自らのリュック型のマジックバッグへ部屋の中に散乱する雑多なものを入れていくのだった。





 そして二時間後。太陽もだんだんと傾いていき、あと一時間もすれば空の色も変わってくる時間帯となったころ、見違えるように綺麗になった部屋の中でアレンは一人凝った肩をほぐしていた。

 家の裏にあった草が繁茂した小さな庭は小指の先程度の長さで切りそろえられ、そこには多くの洗濯物が風を受けてはためいている。


 そんな光景を窓越しに眺め、そしてアレンは掃除する前はよくわからない粘性の物体が張り付いていた流しを指でなぞる。つるつるとした白い石でできたそれは、本来の滑らかさを取り戻して喜んでいるかのようだった。


「しかし、この魔道具は便利だな。井戸に慣れちまってたし魔法も使えるから別に良いかとも思ってたんだが」


 アレンが目の前の魔道具へと目をやる。四角い箱から1本の長い筒が伸びている構造のそれは、付属したボタンを押すことでその筒の先から水やお湯が出たのだ。

 ジーンが自らこんなものを買うわけがないので、寮に備え付けのものだとアレンもわかっているのだが、どうにかしてこれと同じようなものを買って帰れないかとアレンは真剣に考えていた。


 貧乏だったアレンの家は普通に井戸の水を使用していた。アレンが水魔法を覚えてからはそれで代用することもあったが、水がめに貯めて使用するというスタンスは変わっていない。

 基本的に魔道具は高価であるし、アレン自身特に不自由に感じていなかったので興味がなかったのだが、片付ける中でこの魔道具の便利さに惚れこんでしまったのだ。

 そして欲しいと思った理由はそれだけではなく……


「これがあればマチルダも楽になるだろうしなぁ」


 自分の家の台所に立って料理をするマチルダの後姿を思い出しつつ、アレンが顔を柔らかくする。

 アレンの家に料理を作りに来てくれるマチルダも特に気にした様子はなかったが、この魔道具があれば料理が楽になるだろうことは明らかだ。マチルダが驚きつつも喜ぶ姿を想像しアレンは笑みを深めた。


「うーん、ジーンに適当に便利そうな魔道具を紹介……いや、あいつじゃ無理だな」


 一瞬、良い案を思いついたと思ったアレンだったが、現状目の前の水の出る便利な魔道具さえ満足に使っている様子のなかったことを思い出しため息をつく。この現状から考えればジーンの興味がこちらの方向には向いていないことは明らかだった。

 そしてしばらくはこの街に滞在する予定なので、その間に自分で探せばいいかとアレンは気を取り直す。


「しかし、遅いな」


 臭いを飛ばすために開放したままの玄関扉を眺めながらアレンが呟く。お使いを頼んだイセリアは未だに帰ってきていなかった。

 イセリアの性格からしてさぼっているということは考えられなかったし、もしかしてなにか面倒事に巻き込まれているんじゃないか、そんな嫌な予想がアレンの脳裏によぎる。


 とは言え、イセリアも金級の冒険者であり一般人にどうにかできるような存在ではない。

 しかしお人よしな上に案外世間知らずなところもあるし、ころっと騙されたりしていたら……そんなことが思い浮かびアレンが顔をしかめる。


「うーん、ちょっと置手紙でもして探しに行くか。入れ違ってもそれなら事情がわかるだろうし」


 そう決断すると、アレンは開放していた扉や窓を締め切り、そして綺麗に磨かれたテーブルに紙を置いてさらさらと手紙を書いていく。

 一通はジーン宛にアレンがやってきて掃除をしておいた旨と後でまた来るというものを、そしてもう一通はイセリア宛にもし入れ違いになったらジーンに事情を伝えてここで待っていてくれというものだった。

 そして書き終えたアレンが席を立ち、外へと向かおうとしたところで玄関の扉がノックなどもなく無遠慮に開かれた。


「ええっ、ジーン君の部屋が綺麗に……」


 部屋に入ってくるなり驚愕の声をあげた一見すると子どものようにも思えるエルフの少女が、アレンを見つけてその動きを止める。てっきりジーンかイセリアが戻ってきたものだと思っていたアレンも目の前の少女が誰なのかわからず見つめ返すだけだった。

 エルフの少女がそのうす緑の瞳をせわしなく動かして部屋の中を確認していき、ゆっくりと首を傾けながら口を開く。


「あの泥棒さんでしょうか?」

「わざわざ部屋を掃除する泥棒っていると思うか?」

「あまりの汚さに泥棒さんのきれい好きの血が騒いでしまったとか……」

「その発想はなかったわ」


 あまりに突飛な少女の発言に、アレンが思わず苦笑する。

 そして片手を軽く挙げて敵対する意思がないことを示しつつ、もう片方の手で首にかかったチェーンを軽く引っ張ってギルド証入れを取り出して少女に見せた。


「俺はアレン。ジーンの兄だ。信用してもらう材料になるかはわからんが、これは知り合いのエルフのカミアノールって奴にもらったギルド証入れな」

「あっ、四大精霊様が。ごめんなさい、失礼なことを言ってしまって」


 ギルド証入れの裏面に彫られたデザインを確認したその少女が、アレンに対して平謝りする。その素直すぎる反応に、少しあっけにとられながらもアレンは笑った。

 もしかしたらエルフがそういう反応をすることを知っている者が作った偽造品であるという可能性や、本物だとしても誰かから買ったり、下手をすれば強引に奪ったなどということも考えられるのだ。


 全幅の信頼を置くのにはいささか心許ないと言わざるをえないとアレン自身は思うし、危ういと心配にもなるが、その幼い容姿と相まって心のどこかでほっこりとする気持ちがないわけではなかった。


「俺はたまたまこの街に来る用事があって、寄ったついでに掃除していたわけなんだが……」


 そこまで言って言葉を止めたアレンの姿に、ハッと気づいた様子でそのエルフの少女が身なりを軽く整えて顔を上げた。


「申し遅れました。私はジーン君の婚約者で、ヴェルダナムカ大樹林のエルフが一人、フルナゼーノです。お義兄さんには気軽にフーノと呼んでいただければありがたいです」

「了解。フーノな。へぇ、ジーンにこんな可愛い婚約者が……婚約者!?」


 普通ならほぼ初対面で愛称呼びなどしないアレンであったが、そのフルナゼーノの幼い容姿もあって気楽な感じでそれを了承し、そして聞き捨てならない言葉に目を見開いた。

 あんぐりと口を開けたまま、声を出すことができなくなっているアレンを見つめながらフルナゼーノが小首をかしげる。つやつやとした銀髪がさらりと流れていくのを、アレンは微動だにせず眺めていた。


 ちょうどそんな時だった。玄関から新たな二人組が入ってきたのは。

 全く動かないアレンから視線を外し、その入り口へ向けたフルナゼーノがまず目に入った人物に表情を明るくする。

 まるで視線を隠すかのような長さにまで無造作に伸ばされた髪。ひょろっとしたという表現がぴったりなその痩躯に、ファッションなど全く考えていないことがよくわかる、明らかにサイズの合っていない服を身に着けていた。


「あっ、ジーン君。今、お義兄さんと話を……」


 そこまで言ってフルナゼーノが両目を見開いて固まった。ジーンのすぐ隣で身を寄せるようにして立つイセリアに気づいたからだ。

 フルナゼーノは糸が切れた操り人形のように力なくぺたんと腰を落とす。


「ジーン君が美人のお姉さんに……私は、私はもう捨てられるんだ。うわーん」


 うつむいたままわんわんと泣き出すフルナゼーノ、そして固まったまま動かないアレンを目の前にしたイセリアは、この状況をどうしたものかと大きな息を吐き出したのだった。

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