第10話 オーガキング周回
最近ライラックの街の冒険者たちの間にはある噂が広がっていた。鬼人のダンジョンを単独で何度も踏破するほどの実力を持った謎の人物がいるという噂だ。
曰く、その人物はサイクロプスを素手の一撃で殴り飛ばす。曰く、目に見えないほどの速度の魔法をもって敵をせん滅する。曰く、ただ立っていただけなのに敵が倒れた。曰く、倒されたまま放置されたモンスターの死体があれば奴の仕業だ、などなど。
噂の内容は様々で、ほとんどの冒険者はその全てが真実だと信じてはいないが、その噂の中で共通することがあった。それは……
アレンの楽しい二重生活は順調に進んでいた。夜のスライムダンジョンの探索ははっきり言ってつまらないので、最近はノルマのスライムの魔石を回収した後は目立たないように攻撃をする練習を行っていた。
これはもしアレンがギルド職員の立場でなにか荒事などに直面した時に、実力に気付かれないようにこっそりと対応できるようにするためだ。
どうしようか色々と迷走していたのだが、一か月ほどの試行錯誤の結果、小石を指で弾いて飛ばすというシンプルな方法に決まった。よほどの場所で無ければ材料はそこらにあるし、落ちていても特に不思議に思われることもない。
最初は弾いた段階で小石が粉々に砕け散ってしまったが、創意工夫をこらして研究を続けた結果、小石を魔力で覆って強化する方法を発見し、なんとか壊れずに飛ばすことが出来るようになったのだ。
そんなギルド職員の仕事をしながら、ネラとしては鬼人のダンジョンへ毎週通い続けていた。通い続けているというよりは毎週オーガキングを倒していると言った方が正しいかもしれないが。
これはただ単にお金のためではない。アレン自身、今までかなりの安全マージンを取った依頼しか受けてこなかったので、かつての常識からいうと強敵のモンスターと相対するとついつい力が入ってしまうことを自覚していたからだ。
毎週通ったおかげでボスのオーガキング以外は普通に倒すことが出来るようになった。しかしまだまだオーガキングと相対すると心のどこかでビビってしまい、ついついやりすぎになってしまうのだ。
とはいえ既にオーガキングとは四回戦っており、その癖や動きなどにだいぶ慣れてきたという自信がアレンにはあった。だからこそ今回の戦いで区切りをつけようと決めていた。
オーガキングの棍棒がアレンを襲う。避けようと思えば避けることなど造作もないその棍棒をわざわざアレンは最近手に入れたステッキで受け、そしてその勢いに文字通り吹き飛ばされた。
なんとか壁にぶつかる前にステッキを地面に突き立てることで止まったアレンが、こちらに向かって突撃してくるオーガキングの押しつぶすような一撃を前方へと転がって回避する。そして同時に隙だらけのその右足をステッキで思いっきり叩いた。
鈍い音が響き、オーガキングが憤怒の顔で咆哮するがその打撃は致命傷ではないことは明らかだった。耳をふさぎながらアレンは距離を取る。
「くらえ、ウォーターボール」
三十センチほどの水球を五つ浮かべ、それを次々と発射する。水球はオーガキングの棍棒を持っている右腕を集中的に狙ったもので、五つの水球の打撃を受けた右手は棍棒を離し、音を立てながらその棍棒は転がっていった。
「ウオォォォオオ!!」
棍棒を取り落としたオーガキングは、そのいら立ちを晴らすかのように全力でアレンに向けて走り出す。そして数メートル手前で思いっきりジャンプした。
アレンは自身を押しつぶすように迫ってくるオーガキングの巨体をただ冷静に見ていた。そしてステッキをくるりと回すとオーガキングへ向けて構える。
交錯は一瞬だった。アレンは宙へとステッキを突き刺した姿のまま、オーガキングは地面に片膝をついた状態のまましばしの時が流れる。
そしてゆっくりとオーガキングの巨体が地面へと倒れていく。その姿をアレンはステッキを元へと戻しながら見下ろしていた。
「いい感じだな。無駄に攻撃もしてねえし。やっぱ実戦って大事だな。大丈夫だってわかってはいるんだが、どうしても慣れねえとやりすぎちまうし」
今回の戦いを思い出しながらアレンが呟く。そしていつも通り、角と魔石を回収し、宝箱が出現するかを確認するために少し待つ。
既に4回この鬼人のダンジョンを攻略済みのアレンであったが、ボスとの戦いの後に宝箱が現れたのは服が現れた1回目と、先ほどの戦いで使用したステッキを手に入れた3回目だけである。
ちなみに服は防御力こそ高くないが、破れても自動的に直っていき汚れなどもつかないというダンジョンを潜る上ではかなり快適な装備であった。またステッキの方も今のところアレンの打撃に耐えることができているので有用な装備であるのは間違いない。
冒険者ギルドや商人ギルドの鑑定士に調べてもらえばもっと他の能力も判明するのかもしれないとアレンにもわかっていたが、それをすると面倒な事になりかねないのでとりあえず現状に満足するに留めていた。デザインには不満があったが。
「おっ、運がいいな。また宝箱か」
3回目ともなると慣れたもので、アレンは一通り調べると躊躇なくそのふたを開ける。中に入っていたのは……
「袋?」
アレンが宝箱から水玉模様の巾着サイズの袋を取り出す。そして閉まっている口を開きその中へと手を突っ込むと、無造作に中に入っていたなにかを取り出した。
出てきたのは赤色の直径10センチほどのボールだ。
スライムを固めたような独特の感触のそのボールをとりあえず地面に置く。そしてアレンは先ほどの巾着にまだボールが入っているようなふくらみがあることに気付き、再び巾着へと手を入れる。次に出てきたのは黄色のボールだった。
しばらく巾着へと手を突っ込みボールを取り出すという作業を続けていたアレンだったが、最初の数個の段階で明らかに巾着の容量よりも多いボールがあることに気付いていた。
アレンは一つの可能性を考え、その巾着に持ってきた道具などを詰めようとしたが全く入れることは出来なかった。入ったのは取り出したボールだけだ。
「ボールをいっぱい出したり入れたりできる袋ってか? なんでこんなもんばっかり……」
肩を落としたアレンがため息をつく。
アレンが望んでいたのはマジックバッグと呼ばれる、見た目よりも多くの荷物が入るお宝だった。有用であるため非常に有名なお宝ではあるが、発見されること自体がまれで冒険者でも持っているのは本当に一流の者たちくらいだった。
アレンが今後も単独でダンジョンに潜ったりするならぜひとも欲しいアイテムだったが、そうそううまく事が運ぶわけがない。
落胆しつつ、目の前に転がる色とりどりのボールを見てアレンは少し思い立つ。
クラウンが広場などでボールなどを使ったジャグリングをするのをアレン自身も見たことがあった。今の自分がそれをやってみたらどれだけできるのだろうか? そんな興味が湧いたのだ。
気分を変える意味もそこには多分に含まれていたが。
「よっ、ほっ、はっ」
地面に落ちているボールをどんどんと空中へと投げていきアレンがジャグリングを開始した。
三つ、四つ、五つと宙を舞うボールはその数を増やしていく。数が増えるごとに空中を飛んでいる時間を長くしなければ追いつかなくなり、想像以上の難しさにアレンの額から汗が流れ始める。
「十四、十五、あっ!」
十六個目を放り投げようとした瞬間、空中で赤と青の玉がぶつかり合ってしまう。アレンがしまったと顔をしかめた瞬間、信じられないことが起こった。ぶつかった赤と青の玉が一つの紫の玉に変わったのだ。
落ちてくる紫の玉に言いようのない悪い予感が働いたアレンは、それを軽く蹴り飛ばす。放物線を描きながら壁へと飛んでいった紫の玉は壁に衝突するとパンッと音を立てて割れ、ジューっと言うなにかを溶かすような音とともに刺激臭を辺りにぶちまけた。
「うおぉぉお! これ絶対にくらったらまじいやつだよな」
蹴り飛ばした時に割れなくて良かったとアレンが何度も足をさする。そしてこんな危険物を作るような道具で二度と遊ぶまいとボールをどんどんと袋の中へと仕舞っていった。
実を言えばその玉を触ることも少し怖かったのだが、取り出した状態の玉はアレンが触っても全く割れるような様子は見えなかった。
しばらくしてアレンが全ての玉を回収し終える。特に流れてはいないが額の汗を無駄に拭うポーズをしてアレンは一息ついた。
「まあこの危険物の調査はおいおいやるとして、とりあえず鬼人のダンジョンはもう大丈夫そうだな。さて次はなにすっかな」
そう言いつつ魔法陣に乗り一階層へと転移したアレンはダンジョンを出るとギルドの出張所へと行き、面倒くさそうにするギルド職員の男へいつもどおりオーガキングの魔石と角を手渡して委託販売の申請をするのだった。
アレンは知らない。アレンの変装したネラの姿にいつの間にか二つ名がついていることを。クラウンの格好をしたままダンジョンを単独で探索する変人がいるという噂が広がっていることを。
ティアドロップのネラ。
その流す涙は仮面のデザインではなく、ネラの対応に苦労する出張所のギルド職員のものかもしれないが。