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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪意の溢れる世界で


師がいなくなって数週間が過ぎた。


周辺に溢れる悪臭は、生やさしいものではないが、あの男がそう簡単にやられるとも思えない。俺をこの環境で生きていける様に仕立てたのは何を隠そうあの男なのだ。一度殺しても死なないのではないか、とも思えるほどだ。


そこまで考えて、その男は呟いた。


「…………探しにいくか」


目の前で燦々と燃えていた焚火を消すと、その男の姿はスゥと景色に溶け込んでいった。まるで最初から誰もいなかったかの様に







世界は悪意に溢れている。


この言葉は、この世界において明確な“もの”として存在している。悪獣、人の悪意が蓄積し顕現した化け物である。それらは、無作為に周囲を襲い、一つの災害として扱われる。数百年前、その悪意が溢れかえり、世界を真の意味で覆った。人々は互いを傷つけ、世界を壊し始めた。しかし、世界はそのまま終わることはなかった。ある人物が、悪意の塊を処理し、世界から悪意を取り除いたためだ。彼は、その後、世界に溢れる悪獣を取り除くための機関を立ち上げ、人々がうまく悪意に立ち向かえる環境を整えた。自らを「ヴィラン」と名乗る彼は、世界各地に存在していた大きな悪意を消し去ると同時に姿を消した。残ったのは、彼の作り上げたその最強の救世主を「ヴィラン」と呼ぶ様になった救世主組織「ギルド」と安定した世界であった。


しかし、その均衡も崩れ流ときが近づいていた。


平和になろうが、悪意はなくなることはない。世界には絶えず悪意が蓄積され、それは溢れていく。


男は、大きな建物の前に立っていた。


「これがあの人が言っていたギルドか……」


何かを思い出すかの様にそう呟いて、その遠火らを力強く押した。中から広がってきたのは喧騒だ。正面には受付の様なものが存在しており、何人かが対応している。右を見ればスクリーンに映像が映し出されており、よく見れば、場所と討伐対象と書かれたものが書かれている。男は、あれがいわゆる依頼、というやつか、と勝手に納得し、受付へと足を向かわせた。


たまたま空いている女性のところに向かうと元気の良い声が帰ってきた。


「いらっしゃいませ、ギルドにようこそ!!依頼のお願いですか?」


彼女は、男の見た目から依頼のお願いと判断したのだろう。見れば、確かにギルドの中にいる人間たちは、がたいの良いものが多かった。


「いや、違う。今日は、ギルドに登録しようと思ったんだが、、、可能だろうか?」


相反して丁寧な受け答えが帰ってきたことに目を丸くしたが、すぐに正常を取り戻した様だ。


「そ、それは申し訳ございませんでした!!もちろん可能でございます。ギルドは悪意を取り除くために、いつでも救世主の皆さんをお待ちしております!!」


定型化された文句なのだろう、救世主、という点に一瞬顔をしかめた様に見えたが、平静を取り戻し、それでは頼む、と男はお答えた。


「はい、かしこまりました。登録に際しまして、いくつか説明がありますが、必要でしょうか?」


「大丈夫だ。知り合いに、一通りどう言ったものなのか聞いている」


「そうでしたか、それでは割愛させていただきます。早速登録に参りたいのですが、登録証の発行に際しまして魔力波長の測定と名前の登録をさせていただきますが、よろしいですか?」


かまわない、と男は返事すると、受付が差し出したタブレットに手を乗せ、名前を入力した。


それを受け取った受付は怪訝な顔をして男に聞いた。


「この名前でよろしいので……?」


声に出すまでもなく、その内容は顔に出ていたが、男は特に気にした様子もなく首肯した。


「かしこまりました。では、タタリ様。あなたのこれからの活躍を期待しています」



たたり、つまり、祟り。悪意が顕現するこの世界においては、酷く忌避される名前だ。そういう意味で受付も怪訝な顔をしたのだろう。


男、、タタリは、登録証を受け取ると慣れた様子でそれを操作し、ギルドを出ていった。



ギルドの中は恐ろしく静かだった。タタリが入った時はあれほど喧騒に包まれていたにもかかわらず、だ。




タタリは、ギルドを出ると、登録証を操作した。師匠は戦う術だけではなく、様々なことを教えてくれた。無論その中にギルドに関することもあった。師と過ごしていた森を出た以上、自給自足は、不可能だ。俺はまだ師に教えてもらうことがたくさんある。彼を探すためにも金を稼ぐことは必要不可欠である。


そのための第一歩として、登録証だ。依頼はこれを使って受諾できる。


手軽な依頼を受けると、登録証の指す位置情報に向かって歩き始めた。




辿り着いたのは、草原だった。依頼は、草原に現れた悪獣の討伐。脅威としてはそれほど大きくない、普遍的に存在するものでああるが、家畜や通行人に害を与えるため、こう言った依頼は常に存在している。



着けばすぐに見つかった。体調120センチほどの子供の様な体躯。全身真っ黒な姿で、愚ギャグギャと叫び散らかしている。


タタリからは遠過ぎて豆粒程度にしか確認できない。しかし、タタリは、その方向に向かって、拳銃を模した手の銃口を向けると一言呟いた。


「バーン」


人差し指から、火の塊が飛び出していった。一直線に悪獣に向かっていき、静かにそれらを貫いた。その数7匹。


造作もない、と言った風にタタリは登録証を確認すると背を向けてそこから去っていった。ギルド謹製登録証は、登録された魔力と悪獣の存在を特殊な方法でカウントし、討伐した際それを記載する機能がある。


悪意の後にはナニも残らない。悪獣の後には塵一つ残っていなかった。そしてその空は、まるでその塵を撒き散らした様な灰色の雲に覆われていた。まるでこれから始まる混沌の世界を表現するかの様に、、、、、。




帰り道は楽ではなかった。


突如として聞こえた悲鳴。そして、あまりにも大きな“悪意”をタタリは感じ取った。そこからのタタリの行動はあまりにも早かった。それは師に叩き込まれた癖だったかもしれないし、あの環境で身についた癖だったかもしれない。


タタリは、言葉の通り空を踏みしめ、一歩で空に舞い上がると、悪意の方向に弓で弾かれたかの様な速さで飛んだ。




そこにいたのは全長3メートルほどの巨大な悪獣だった。見た目だけで言えば筋骨隆々の鬼と表現するのが妥当な容姿だった。


その足元には、小さな女性が倒れている。いや、隣にいる悪獣が巨大すぎて小さく見えるだけで、小柄な体躯ではないのだろう。手元に持っている籠に植物があることから何かの採集をしにきたと予想される。


悪重は、飛んできたタタリに気づいていない。むしろ目の前の少女に釘付けだ。


それを感じたタタリは飛んできた勢いのまま、いや、さらに空を踏み込み、その脳天を思い切り蹴り飛ばした。

少女に釘付けな悪重は、防御も出来ず、タタリ飛んできた勢いと同じくらいの勢いで吹き飛んで行った。


「大丈夫か?」


少女を背後につけ、空に向かって言った。


「あ、あぁぁぁあ……」


恐怖で何も言えないのか、初めて強大な悪意に当てられたせいか。少女は口を動かせないでいた。その姿を見てタタリはかつての映像が頭をよぎった。恐怖に陥ると人間は何もできなくなる。その目の前に苦しみがあると分かると人間は前進できなくなる。


だからこそ、その時前進という選択を取ることは意味のあることでもある。決して逃げることを否定するわけではない。ただ苦しみを前にして前進することでしか得られないものがある問いだけだ。選択するのは本人。


だから、タタリは同じ言葉を呟いた。決して少女を意識したわけではなかったが、その時かけられた。その言葉を。



「俺は、決して救世主ではない。だが、貴様に降りかかるちっぽけな悪意など俺の悪意で覆い隠してやろう」


そして、笑みを浮かべた。決して正義の味方が浮かべる様な優しい笑みではない。表現するのであれば、あくまで悪として、獲物を狩る“悪魔”の笑みだった。




タタリが想起している間に、悪重は立ち上がりこちらに向かってきていた。その大きな体躯を動かし、周囲を破壊しながら進んできた。しかし、そこからもタタリの一方的なターンだった。



「バン」


一言に込められた魔力の銃弾は、悪獣の両足に向かって飛んでいき、それを貫いた。

同時に崩れ落ちる悪獣。勢いも余って、タタリに向かって飛びかかる様に落ちている。

悪獣の様子からわざとだと察する前に、左手を前方に広げた。


そうすると、悪獣の動きが空中で止まった。悪獣は自分の状態が理解できないのか、空を泳ぐかの様にもがき始めた。外から見えるその光景はあまりにも滑稽だった。


「貴様程度の悪意など、人間に比べれば大したことはない」


タタリはそういうと同時に左手を振り上げた。それに合わせる様に中を浮く悪獣も空へ吹き飛ばされる。すると、今度は両手をしたから上に振り上げた。


悪獣は気付けば、大地から生えた突起に串刺しにされていた。足を腕を胴体を身体中を土の槍が突き刺していた。


「去ね」


タタリが指を鳴らすと、悪獣の身体中から炎が上がった


「ギャアぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


耳をつんざくような叫び声が周囲を彩る。しかし、数秒後には、その面影すら存在しなかった。



少女の元に戻ると、その顔にすでに恐怖がないことが確認できた。


「もう大丈夫みたいだな」


「、、、、、はい、ご迷惑をおかけしました。」


「どうしてこんなところに?」



ここは、少女が一人で立ち入るような場所ではない。時間がかかってもよろしいですか?

その問いに対して首肯すると歩きながら少女は身の上の話を語り始めた。


私は、悪意を集めやすい体質なんです。



隣で歩く少女は少し魔をおいてからそう語り始めた。


私は、今でこそこんな山奥で一人で生きていますが、昔は、家族に囲まれて平和に過ごしていました。ヴィランによって作られた仮初の平和の中で。しかし、私は、恵まれ過ぎていたんです。自分で言うのもなんですが、容姿、才能、あらゆるものに渡って恵まれていました。人間は、正直な生き物です。当然自分より上の実力の人間がいれば、その人を称賛する気持ちがあるかもしれませんが、その人を妬み憎む気持ちの方が大きいことに否定はできません。そう言った“悪意”は、現象として私に向かってきました。いえ、私だけではありませんね。私の周りの家族、環境を破壊し始めたんです。それが起きると私に対する悪意がさらに大きくなりました。

そうして、私はこうして一人で生きているというわけです。


「今までは、自分の存在を薄くすることで悪意をうまく避けてきましたが、流石に偶然に生まれた悪獣を避けることはできませんでした」


自分の話をそう締めくくると静かに右目から涙を落とした。声は上げずにただ一筋の涙を流した。


タタリも静かにその話を聞いていたが、その表情には一つも変化が見られなかった。顔を顰めるでもなく、同情をするでもなく、何か遠くを見つめるかのような表情で


「お前は、それでもいきたいのか?」


そう問いかけた。酷く非情な問いだ。タタリは正義の味方ではない。少女の話を全て聞いた上でそんな状況で生きていて楽しいのか?そう聞いたのだ。


「、、、、、、、、、、」


少女は答えられない。誰もがそうだろう、なんで生きているのか説明できない、ただ生きている。


「そうか、お前も生きている意味が分からないのか」


そう言って、もう一度同じ言葉を、今度はその少女に向けて唱えた。正義の味方、ヒーローの言葉ではない。

ただしっかり、少女の目を見て、真正面からその言葉をかけた。


「お前が少しでも生きたいのなら、俺がお前に降りかかるちっぽけな悪意など、俺の悪意で覆い隠してやろう。俺は決してお前を救わない。お前が助かりたいなら勝手に助かれ。その背中を蹴飛ばすくらいはしてやろう」



こうして奇妙な二人の関係が始まった。



片や、己の師を探すために。

片や、己の死を探すために。





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