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全ての始まりは、あなたのあの横顔でした。

誰も知らない、私だけの秘密ですが、実は、祖父に連れられてあなたを紹介されるよりも前に、私はあなたに会っているのです。いえ、正確にいうと、私が一方的にあなたを見ていたといった方が正しいでしょう。

あなたの存在を祖父から知らされた私は、誰にも内緒であなたに会いにあなたの家に向かいました。

話が本格的になる前に、直接会って断ろうと思ったのです。

私は高校を卒業したばかりで、大学生活に夢を見ていました。人並みに恋愛への憧れもあって、人生はこれからだというのに、いきなり年上の許嫁ができるなんて、どうしても納得できなかったのです。

祖父のお眼鏡にかなった人だけあって、あなたの家はとても立派でした。むしろ、祖父はあなたの家と繋がりが欲しくて婚約話を持ちかけたのではないかと疑ってしまったくらいです。家政婦が常駐している家を、私は初めて見ました。

家の大きさに気後れして、でもこのまま帰るわけにもとこっそりと忍び込んで、あなたのことを捜しました。もしこれで見つかって咎められても、印象が悪くなってより断りやすくなるのではと安易に考えていました。

一人暮らしをしているあなたがあの日、たまたまでしょうけど実家にいたのは幸運だったというべきなのでしょうか。不運だったというべきなのでしょうか。

祖父に写真を見せてもらっていたので、あなたの顔は知っていました。大人の男性だ、という可も不可もない印象しか持ちませんでしたが。いきなり写真だけ見せられても、この人と結婚するかもなんていまいちピンとこないものです。

そして私は、あなたを見つけました。

あなたは私に気付きませんでした。木の陰からこっそりと見ていたので当たり前です。

でも、私はあなたから目が離せませんでした。

あの横顔を、私は生涯忘れないでしょう。

あなたの目は、一人の女性だけをとらえていました。

あなたがその女性を好いていることは横顔ですら一目で分かりました。それほど熱のこもった視線でした。そしてそれと同時に、彼女と結ばれてはならない、諦めなければならない寂寥の念も感じ取れました。

ええ、そうです。

私は、他の女性を心から愛するあなたの横顔に、恋をしたのです。

あなたと女性の関係は知りません。でも、女性の服装から、彼女が家政婦の一人であることは分かりました。あなたと同じくらいか、年上の大人の女性です。

つまり、最初から私には望みなどなかったのです。

仮にあなたがあの女性を吹っ切れたとしても、私はあなたの好みと正反対なのですから。

そしてこの報われない想いは、あなたも同じだったのでしょう。

何故なら、その女性の左手の薬指にはすでに素敵な指輪がはまっていたのですから。視力には自信があるのです。

それら全てを分かっていながら許嫁になった私を、あなたは滑稽だと笑うでしょう。

それでも、あの瞳が私に向けられることはないと分かっていても、そばにいたいと思ってしまったんです。

遅咲きの初恋は厄介なものです。

ただでさえ難易度の高い恋なのに、初めての感情を持て余して、諦めきれないのですから。ただ黙って枯れるのを待つなんて、子供な私にはできなかった。

しかも、ただ婚約の話を引き受けるだけであなたが手に入るのです。こんな簡単なことがあるでしょうか。

あなたとの四年間は幸せでした。

嘘ではありません。

初めての恋が形だけでも実ったのです。

冷たくされてもおかしくないのに、あなたは優しかった。私を最大限に甘やかしてくれた。

もっともっと、あなたを好きになった。

全てをあなたのせいにするつもりはないですが、あなたは優しすぎました。

私がその心までも求めてしまうくらいに。

あなたと結婚したら、さぞ幸せな日々が待っているのでしょう。

幸せで、苦しい日々が。

あなたは優しくて素敵な夫となるのでしょうが、あなたは決して、あの女性を見るように私を見てはくれないのです。

そんな、天国と地獄が同時に来たような生活、今の私には耐えられません。

亘さん、あなたが好きです。

愛しています。

だから私はあなたから身を引きます。

どうか、あなたはあなたの幸せを見つけてください。

四年もの間、あなたをしばりつけてしまった私には、そう願うしかできないのです。


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