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 お待たせしてしまって申し訳ございませんわ。

 気にすることはないだなんて、皆様、なんてお優しくていらっしゃるのでしょう。

 今日は大公夫人がいらっしゃっているのですね。お目にかかれて光栄ですわ。


 ええ、わかっております。

 ご身分がありますもの。

 大公夫人がいらっしゃったことは、ここにいる皆様だけの秘密でございますわね。


 遅れた代わりに話をしろ?

 皆様、本当は意地悪でいらっしゃるのね。

 魅力のない女だと夫に捨てられ、恥晒しめと両親に領地からも追い出された私に、皆様を楽しませられるような話などできるはずがないではありませんか。


 え? いつも話している私の友人の話?

 ええ、話してもよろしいですが、あくまで友人の話でしてよ?

 その上彼女はとても嘘吐きなんですの。迂闊に話を信じてはいけませんわよ?


 それではどこからお話しいたしましょうか。

 随分いろいろなお茶会で話しておりますので、概要は皆様ご存じかと思うのですが。

 ああ、そうですわね。今日は大公夫人のため最初からお話しさせていただきます。


 ──夫。私の友人の夫は、ある武勇に優れた貴族の家にお生まれになりました。

 不幸なことに早くしてお母様を失ってしまったのですが、誉れ高いお父様と忠義の家臣に支えられてすくすくと成長なさったとのことです。

 十五歳の誕生日で代々伝わる神具に認められた彼に、社交界の礼儀を改めて学ぶための新しい家庭教師がつきました。どこかの男爵夫人だったそうです。


 なにがあったのかは友人も存じませんが、友人の夫と同い年の息子がいるその女性……もちろん夫である男爵も当時はご健勝です……は男女の仲になったのだといいます。

 英雄色を好むと申しますから、友人の夫の父親はさほど咎めはしませんでした。

 むしろ男爵家に慰謝料を渡したので、男爵家の跡取りはそのお金で王都の魔道学園を卒業したのだそうですわ。


 ふたりの間に亀裂が入るようになったのは、友人がその家に嫁いでからです。

 その前に、いつまでも続くふたりの関係を疎ましく思うようになっていた先代が男爵を責めて憤死し、男爵も先代から受けた傷が元で亡くなっていますが、そちらの詳細は省略いたしましょう。

 そんなのもう飽きられた古い噂話でしかありませんものね。


 友人の夫にとって、友人は家を存続させるための跡取りを産む道具、男爵夫人こそが『真実の愛』の相手でございました。

 ……先代男爵が亡くなった後、爵位を継いだ息子に絶縁されて葬儀への参加も拒まれた彼女が衝撃を受けて暴れ回ったという噂もありますけれど、きっとただの噂に違いありませんわ。

 だって『真実の愛』なんですもの。そうでなければ配偶者を裏切って、息子と同い年の子どもと交わったりなんかするわけないでしょう?


 ところが不思議なことに、友人の夫は『真実の愛』の相手である男爵夫人よりも友人と夜を過ごすことが多くなってきたそうなんですの。

 当時友人の夫は二十一歳、友人は十八歳、男爵夫人は四十過ぎだったといいます。

 お年を召した殿方でさえ若い娘を望むのに、血潮も熱い若い男性がどちらを求めるかと言えば、ねえ?


 ですが『真実の愛』は負けません。だって『真実の愛』なんですもの。

 元々男爵夫人は友人の夫の家庭教師でした。

 家庭教師といえば皆様おわかりでしょう?


 ……そう、臀部への鞭打ちです。

 殿方の中にはなぜか、それに嵌ってしまう方がいらっしゃるとか。

 友人は自分の寝室に来ることが少なくなった夫を訝しみました。最中も後も明かりをつけず自分に裸を見せないことも。


 そしてある日、ランプを手に夫の下着を降ろした友人が見たものは──


 お話はここまでにいたしましょう。

 淑女が話すことでも聞くことでもありませんわ。

 結局友人は夫と男爵夫人の異常な関係に耐えきれず、すべて自分が悪いことにするのを条件に婚家を飛び出したんですの。結婚から三年後のことでしたわ。


 だって、ねえ? 皆様だって夫に鞭打ちを強請られてもお困りになりますでしょう?


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 お茶会が終わり、馬車で別邸へ帰る。

 隣の侍女は少々もの言いたげな表情だ。

 話の枕として、両親に領地から追い出されたなんて言ってしまったからだろう。


 実際に追い出されていたほうが気は楽だった。

 侯爵家が隠していたから真実はだれも知らなかったものの、元夫が成人しても居座っている家庭教師のはずのあの女の存在に不審を抱いた両親は、調査が済むまで求婚を受けるなと私に言っていたのだ。

 親の反対を押し切って侯爵家に嫁いだ愚かな私に、周囲は優しい。


 考えてみると、私も優しい女なのかもしれない。

 だって侯爵家にとって一番の秘密である神具売り払い事件については口にしなかった。

 そこへ至るまでのあの女の身勝手な散財で侯爵家の財産が破たん寸前なことも。うん、我ながら優し過ぎるわね。このくらいでは復讐にならないわ。


 元夫のお尻の件については実際あれに嵌る殿方は多いそうだから、却って新しい人脈作りに役立つのではないかしら。誇り高い彼にとって、疑いを込めた目で見られるのは耐え難い苦痛かもしれないけれど。


 復讐のために嘘をついたとはいえ、私がついた嘘はある意味ひとつ。

 元夫と私の間に男女の関係があったということ。

 ……私が再婚すれば、あるいは元夫が真実を口にすれば暴かれてしまう、ささやかな嘘だけ。


少しだけ蛇足があります。

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