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第4話 初めての歓迎

 日暮れまで戦っては逃げる事を繰り返すと、なんとか核を5個集める事ができた。体は疲れきっていて、あちこちから悲鳴が聞こえるようだ。今となっては些細な段差を乗り越えるのも辛い。


「宿屋に泊まりたいけど……門前払いだろうな」


 昼間に訪ねてみたけども、結果は散々だった。店番の人にいきなり『出ていけ、人を呼ぶぞ!』と怒鳴られた挙げ句に追い返されてしまったのだ。たとえ十分なお金があったとしても同じ扱いを受けてしまうだろう。


「ともかく、素材屋さんで換金しないとな」


 町の入り口傍に宿屋があり、その向かいが素材屋となっている。目的地を決めたなら素早く移動。ボンヤリしていると守備兵に絡まれてしまいそうだ。だから駆け込むようにして店内へと逃げ込んだ。


 中はこじんまりとした店構えだった。たくさんの麻袋が壁際で積み上がり、生々しい臭気を漂わせている。奥にはカウンターがあり、店主らしき男の人が誰かと話し込んでいた。どうやら先客が居たようだ。その後ろに並んで順番を待つ。


「ええと、スライムの核が2つね。これだと24ディナで買い取るが構わんかね?」


「もちろんだ。思ったより高く買い取ってくれるんだな」


「ちょっと品薄になっていてね。スライムの核と鉄トカゲの尾はイロをつけさせて貰ってるよ」


 これは僕にとっても朗報だった。換金したら60ディナになるので、食料を十二分に調達できる。それどころか宿代を払っても余るほどなので、多目に払うことで安部屋なら泊めてもえるかもしれない。そう思うと、久しぶりに心持ちが良くなった。


 先客がお金の受け渡しを終えると、今度は僕の番となる。すると、途端に店主の顔色が変わった。垂れ下がった目尻は吊り上がり、緩んだ口許は引き結ばれた。声も地を這いそうなほどに低く、とても歓迎する姿には見えなかった。


「何の用だ」


「あの、素材を買い取って欲しいんですけど……」


「素材だと? 出してみろ」


「ええと、カウンターに置けば良いですか?」


「他に何が見えるんだ。さっさとしろ、買い取ってやらんぞ!」


「は、はい! すみません!」


 僕はポケットからありったけの核を取りだしてカウンターに置いた。コトリ、コトリと乾いた音が響いて、にわかに不吉さを臭わせる。それでもさっきは物不足と言っていた。これで空気が和らいでくれるかも……という淡い期待は、店主の鼻息で簡単に吹き飛ばされてしまう。


「ひとつ2ディナ。それ以上は出さん」


「ええ!? さっきは12ディナだったじゃないですか」


「気に食わんか? だったら帰れ」


「そんなぁ……」


「売るか消えるかサッサと決めろ。さもないと衛兵に突き出すぞ!」


 僕は泣く泣く核を売り渡した。この町に素材屋はここ一軒しかないので、別の店に相談する選択肢なんか無いからだ。背に腹は変えられないとはこの事を言うのだろう。


 清算し、投げつけられる様にしてお金を受け取り、急いで店を出た。その間も終始向けられる冷たい視線が刺さる想いだった。


 すぐに路地裏へと雪崩れ込み、握りこぶしを開く。赤茶けた銅貨が10枚。命の危険を冒してまで手にした額が、せいぜい一食買える程度とはひどすぎやしないか。視界が徐々に涙でにじむ。こんな扱いを受けるなら、死んだままで居た方がよっぽどマシだと思えてきた。


 でも、そんな感情を抱いててもお腹は空く。何かに配慮でもしたかのようなか細い音だ。卑しさという言葉を胸の奥にしまい込み、冷えきった晩餐会を開く事にした。


 朽ちかけた木箱に腰を降ろし、袋からパンと干し肉を取り出す。まともに稼ぐアテは潰れた。これを食べてしまえば、いよいよ食うことにさえ困るハズだ。


「明日からどうしよう……」


 水気の無いパンを噛る。喉の通りの悪さを覚えつつ、今度は干し肉も少しずつ口に入れ、何度も何度も噛み締めた。大事な食料。それでも味なんか感じない。ただ体が求めるままにアゴを動かし続けた。


 食べ終えた頃にはすっかり日は暮れていた。空は曇天模様で、月が雲に遮られて姿を見せない。窓から溢れる灯りだけが頼りだけど、それが今は浴びることすら辛く感じられた。夜光虫が光を避けるようにして、木箱の影にうずくまった。後はもう寝入るしか無い。


 冷気を纏った地面は寝床に適さない。疲れきった体には一層堪えた。宿で一室借り受けたい。そう思っても、10ディナでは素泊まりですら断られてしまう。そこに自分の好感度を加味すれば、結果は考えるまでもない。


「……風邪をひいたら、いよいよお終いだなぁ」


 夜半過ぎに風が強まった。二番底のような不遇に対して抗う術は無い。マントを広げて体を包み、じっと堪え忍ぶばかりだ。


 そうやって懸命に堪える僕の耳に、小さな鳴き声が聞こえた。木箱の隙間からだ。


「ミャアーー」


「……野良猫?」


「ミィヤァーー」


「寒いよね。帰る場所が無いなら、こっちにおいでよ」


 マントを少しだけ開け広げると、真っ黒な子猫は歩み寄ってきた。鼻を突きだして、しばらくの間僕の臭いを嗅ぐ。それからゆっくりと小さな体を潜り込ませた。2度目の人生で初めての歓迎ぶりに、思わず目頭が熱くなった。


 窓の方から子供のはしゃぐ声が聞こえた。多くを満たされた、幸せそうなものだ。それを耳にしても、今はなぜか卑屈な気分を感じなかった。


「何だか、とてもあったかいね。君は」


 胸を暖めてくれる小さな命が何よりも心強く感じられ、それからはアッサリと眠りに落ちた。散々すぎる第二の人生は、こうして初日を終えたのだった。

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