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第1話 よみがえり

 真っ白。


 一面が真っ白の空間に僕は居る。


 人や建物は見当たらず、ちょっとした物音すら聞こえない孤独な空間だ。こんな不思議な場所へどうしてやって来たのか、その経緯については記憶が無い。


 いや……誰も居ないとは言い過ぎた。本当はもう一人だけ傍にいる。


 その人は艶やかで長い金色の髪を持つ女性だ。色白で手足も長く、思わず見とれそうになるほどに美しい。身なりも普通では無い。絹であつらえただろうロングドレス、装飾品の数々は金細工の眩さが輝いている。尋ねなくても高貴な人物であることが判るし、少なくとも僕のような平民とは別世界の住人のはずだ。


 声がかけづらいな、と思う。それは身分の違いに恐縮しているのもあるけど、彼女の立ち振舞いも原因だった。


 その人は本を地面に直接置いて読書をしていた。うつ伏せの姿勢のまま、片手には小振りなパンを持ち、鼻唄混じりにそれを噛る。そして空いた右手でページを繰り返すということを延々と繰り返しているのだ。


 何て話しかけたら良いんだろう……。ともかく、このままボンヤリしていても仕方がない。なるべく下手に出て話に応じて貰う事にした。


「あの、すいません……」


 返事はない。それどころか姿勢だってそのままだ。もしかしたら聞こえなかったのかもしれない。


「あの、すいませ……」


「うっせぇんだよボケカスッ! こちとら休憩中なんだぞ湾に沈められてぇかゴミ野郎!」


「ヒッ!? ご、ごめんなさいッ!」


 僕は言葉で殴られた勢いで尻餅を着き、そのまま逃げた。我ながら情けない姿だとは思うけど、あんな恐ろしい形相で怒鳴られたら歴戦の猛者でも震え上がると思う。おとぎ話に聞いた邪神が居たとしたら、きっと今みたいな形相をしているに違いない。。


 こうなってしまえば途方に暮れるしかなかった。あの人と対話は無理。だからと言って何も知らないままで白い世界を冒険する訳にもいかない。やった事と言えば、彼女とそこそこの距離を取り、息を殺し続けたくらいだ。


ーーピピピッ ピピピッ。


 鳥の鳴き声のような音を聞いた。甲高くて抑揚の全く無いものだ。女性もそれを耳にしたらしく、気怠げに立ち上がると腰を拳で叩きながら言った。


「あぁーー、クッソだりぃ。永遠に昼休みが続きゃ良いのにふざけんなよマジで。クァーーッ!」


 大口を開けて長いあくびをしたかと思うと、僕の方へ向かってゆっくりと近づいてきた。


 凄く怖い。逃げようか、それとも何か話しかけるべきか迷っていると、彼女は僕の目の前で立ち止まった。緩やかに小首をかしげ、慈愛に満ちた笑みを投げ掛けた。そして静かに広げられた両腕は、まるで僕を受け入れると言いたげだ。


「ようこそ、不運な死に見舞われた者よ。私は貴方の住む世界を管理する者です。そちらの言葉を借りたなら、女神となるのでしょうか」


「えぇ……?」


 この変わり様。どう受け止めれば良いのか分からない。女神を自称した衝撃も大きいけど、そんなものが霞んでしまうほどの豹変ぶりだった。そんな僕の困惑など無視して話は続く。


「貴方は若くして短い生涯を閉じました。その時の事を覚えておいでですか?」


「そういえば、雨の日に山道を歩いてて。崖の辺りで足を滑らせたような……」


「私は待ち望んでいました。あなたのような都合の良い……コホン。ええと、純潔なる魂を持つ青年が現れる日を」


「えっと、今、都合が良いって?」


「はいそこ食いつかないッ! 話の肝はそこじゃないの!」


「は、はい! すみません!」


 話の肝を気にするなら、僕の肝の事も気にかけて欲しい所だ。でも涙目になってしまった事などには触れられず、話は着々と進められた。


「ええと、これより貴方の魂を地上へと戻し、再び甦らせて差し上げましょう」


「僕……生き返らせて貰えるのですか?」


「はい。ですが、大いなる使命を負う事が条件となります。やがて来る大乱を、世界の安寧を脅かす未曾有の危機を、貴方の力で打ち砕いて欲しいのです」


「あ、あの、お言葉ですが! 僕は何の取り柄もない平民の男です! そのような大それた事は……」


「それはつまり、力を授ければ請けるという事ですね?」


「あ、いや、その」


「オッケーオッケー。そりゃアタシだってそのまんま送り出すつもり無かったよ。じゃあひとまずは甦り決定って事で良いよね、うん」


 女神様は急に格好を崩すと、宙にいくつもの光る玉を浮かべた。それをひとつひとつ眺めては唸り声をあげる。何を始めようとしているのかは分からないけど、引き返せない段階になりつつある事だけは物凄く理解できた。冷や汗が止まらなくなる。


「ええと、名前はレイン君だったよね。良さげな役職はっと……」


「あの、すいません。もう少し考えさせてもらえたら、嬉しいんですが」


「おっとぉ。これなんか……ブフッ、良いんじゃないかな」


 吹き出した。僕の話なんか聞かず、楽しげな感じで笑い始めちゃってますけども。


「ほんじゃあ、アンタには新たな命をあげちゃうから。上手いことやってよね」


「あの、僕の話を聞いて……ッ!?」


 辺りが突然輝いたかと思うと、僕の意識は途切れた。まるで強烈な睡魔に負けた時のように。


 次に目が覚めたとき、僕は鬱蒼と繁る森の中だった。新たな命とやらを与えられ、再び慣れ親しんだ世界へと舞い降りたのだ。だけど奇縁に感謝したのも束の間。僕はすぐに後悔する事になる。


 やっぱりあの時に断っておけば良かった、と。

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