操者の陰謀~三国激突~
流石、天水の麒麟児は伊達じゃねーな。
司馬昭は口元に弧を描きながら腰に右手を添えて告げた。喧嘩をしに来たわけじゃない。それは理解している。姜維は一先ず彼の話を聞く事にし、別の陣幕へ移り机の前へ彼は腰掛けた。司馬昭の傍には端正な顔立ちの顔見知りが立っていたが、話しかける事はしなかった。そして、司馬昭の前には誰が報告したのかわからないが、遅れてやって来た黄皓が座る。その傍に姜維と夏侯覇は立った。
「じゃ、まずこの戦の事だけど、魏が仕掛けたんじゃない。魏では蜀が仕掛けて来たという話になってる」
司馬昭は指と指の間に手を挟み込み、漆黒の瞳で姜維を見据える。彼の目には偽りなどなかった。あるのはただ一つ、真実だけだ。それは姜維がよく知っている。この幼馴染みの事は此処にいる誰よりも知っている。
「よくもそのような口を利けるものだな! こちらには魏が仕掛けて来た証拠もあるのだぞ! 大方、我らを陥れようとした策であろう!」
「黄皓殿うるさい」
夏侯覇が淡々と黄皓を静める。司馬昭は夏侯覇に礼を告げて続きを話し出す。
「まず理由の一つ、魏には戦を仕掛ける理由がない。小競り合いはあるけどな。呉の政争の処理で今はお互い手一杯だ。戦を仕掛けている暇などない。そして二つ目、魏は乱世に戻る事をよしとしていない」
「ふん、どうだか。我が劉備様と曹操はお互い命を賭けた同士だ。曹操の意志を継いでいる可能性も無きにしも非ずだ。姜維殿のように戦が好きなら可能性もあろう」
思うところがあったのだろう、司馬昭は眉間に皺を深く刻んだ。黄皓の発言に姜維は何も言わずただじっと話を聞いていた。無意味だからだ。
「自分達魏はこれが何者かの陰謀だと考えている。呉は国力回復のためだから、恐らく可能性は低い。異民族の方だが、お互い関係は良好だしな」
「なら貴殿は倭国やそっちの方とでも言うのかね、それこそ馬鹿らしい――」
「もし、子上――いや、司馬昭、貴様の言を信ずるのであれば、これは何かが暗躍しているとそう思うしかないな。蜀もまた貴様と同じように、魏が攻めてきたと思っている」
姜維は黄皓の言葉を遮りそう口に出した。司馬昭はそうなんだよなと盛大に溜め息を吐いた。可能性として考えられるのであれば、三国の鼎立を阻む者――は多すぎて挙げるにも埒が明かない。要するに、三国の仲違いを好む者だ。その存在は異民族の中に決して少なくはない反対派が居るが、それらではない――とは言い切れない。しかし、蜀内部にも同じような存在が居るのもまた確か。
「本当に襲われたところを見たのか?」
姜維は司馬昭にそう質問し、彼は即座に首を縦に振る。
「蜀の兵装をしてたぜ。夜襲だったから顔まではわからなかったそうだけどな。蜀で作られている剣も証拠に残ってる」
「でっち上げに決まっているだろう! 姜維殿、こんな奴の言い分を信じるのですか! この男は策で我々を陥れようとしているのですぞ。あなたは武人でありながら、策すら見抜けないのですか!」
「黄皓殿、うるせえ」
二度目は司馬昭が黄皓に釘を刺した。姜維は口元に手を添えて考え込む。変わっていないな、その癖。と司馬昭に言われたが、何の事かわからなかった。
「蜀は昼間だったそうだ。兵糧を焼かれた。そして応戦した何人かの兵士が命を落としている。流石に重きを見た主公が魏へ兵を仕向けたが……」
こうなっては何が本当かわかるまい。だがお互い嘘は言っていない。奇妙な事ばかり起こるものだ。姜維は口元から手を離し溜め息を吐いた。呉の国力回復もまだ終わっていないというのに。
「黄皓、主公に筆をしたためろ。一先ず蜀は兵を退こう。魏への処分もまた保留だ。何せ、奇妙な事ばかりで追いつけんからな」
これがもし、魏の人間が起こしたことならば魏は盛大な責務を負わなければならない。この三国時代はそういう規則で出来ていた。それも不可侵条約が結ばれた時に決められた規則である。




