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姜伯約の北伐政策  作者: はくりなのい
終章 劉玄徳と人間
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幻影の焔~神の裁きを今、下す~

■■■■


「我が君、準備出来ました。対象はまもなくこちらに」

「ああ」

 建業内。劉備は諸葛亮、趙雲と共に建業の郊外へやって来ていた。近くには陸家の屋敷がある。屋敷というよりは庵か。そういえば昔諸葛亮もこんな庵に住んでいたなと思い出した。

今から行うのは汚い事。汚れる事。それを姜維や元姫、劉禅達に見られる訳にはいかない。後進に汚いものを見せたくはない――そう思うのは我が儘だろうか。森に潜み、対象をじっと待つ。すれば偵察に行っていた趙雲が馬で戻って来た。

「こちらに向かっています」

「ご苦労、趙雲」

 対象を森の中で待つ。じっと、待つ。二分、五分、十分――そして足音が耳に入った。落ち葉を踏み締めて劉備達の元へ進んでくる。他の道に進む事はないだろう。我が蜀の部下達が追いかけ、来るようにわざと誘導したのだから。

 そして、対象は、陸遜は劉備の前に現れた。

「劉備……ッ!」

「こんばんは、陸遜殿。早速だが、あなたは此処で死んで頂く」

 わかっている、陸遜の狙いなど。呉へ戻っても死刑にしかならない。死を賜り、死ぬしかない。それを理解しているから陸遜は逃げた。だが、ただ逃げた訳ではない。陸遜はきっと――。

「止めたかったのだろう、おぬしは。だからこそ悪党のふりをした。私達をおびき寄せ、私達に全て処理して貰えるようにと。……そして今は、また何かに気付いた」

「……あなたは、何処まで……ッ」

「何、全部、孔明の想定内だ。私では気付けん。だが、おぬしはおぬしの信念で動いている事を私は知っている。だからこそ、おぬしには此処で――死んで貰う」

 趙雲が一歩前へ出る。陸遜は数歩後退する。たとえ、どんな理由があろうとも、どれほどの幸せを手にしようとも、不幸を、絶望を、引き寄せる事は許されない。

「っ、私は、呉を変えたかった! 暴走する殿や、孫家の人々を!」

「わかっている。おぬしの苦しみも、絶望も。だからこそ私達はおぬしを殺す。民を傷付け、苦しめ、均衡を失わせた事――どんな罪よりも重い。何故なら、おぬしは戦乱の世を引き寄せてしまったのだからな。目覚める事のない妄執を目覚めさせてしまったのだから」

 均衡の喪失、即ち戦乱の世の幕開けである。劉備達は誓ったはずだった。あれだけ仲が悪かった曹操と仲を取り戻し、平和を誓ったはずだった。しかし、この呉の事件で戦乱の世はすぐに明けてしまう。それは直前までやって来ている。ならば、劉備達がする事は戦乱を止める事。民の嘆く顔を、大切な人が死んでいく毎日をもう二度と見たくない。

「そ、それは……ッ仕方なかったんです。呉を救うにはそれしかなかった! 民を救うには、犠牲を払ってでも――」

「黙れ! おぬしは民のために動いていない。所詮は自分のため、保身のためだ。民のためだと言うのなら、もっとやるべき事があったはずだ。孫権に同意する事なく、蹴落とそうとする事なく、孫覇派と手を取り合うべきだった」

 どれだけ嘆いても、何も返って来ない。失ったものは戻らない。だからこそ劉備は陸遜を殺すのだ。民の苦しみを知っているから。

 これは神の裁きである。

 神から人へ下す、天罰だ。

 報いを、報恩を。無実の民を、優しい呉の民を――陥れたお前に報いを。今宵、お前に報いを与えよう。罪を与えよう。

「趙雲」

「劉備、貴様、ァアアアッ!」

 陸遜が駆けて来る。剣が抜かれ切っ先が首へ迫る。だがその剣は斬り飛ばされる。折れた剣の先が吹っ飛び、陸遜は体勢を崩しそして目の前に赤い花が咲き誇る。趙雲が振るった槍は陸遜の身体を斬り裂いた。

 劉備はそれをじっと眺めていた。以前もこんな事があった。ああ、そうだ、村を曹操に焼かれた時だった。あれはまだ許していないし、許すつもりもない。口には出さないが。

「趙雲、後は頼む。手筈通りに」

「はっ」

 劉備は陸遜に一瞥も暮れず、背を向けて歩き出した。これが皇帝として――背負わなければならない道。どんな将兵も、臣下も守らなければならない。それを己の息子は、劉禅は、背負う事が出来るのだろうか。それだけが気がかりだ。

 そして一番の不安は――戦乱の種。

 泥の中で笑うあの少年を助け出す事が出来たらと劉備は思う。きっと、誰もが彼の終焉ついを望んでいる。誰もが彼の命を終わらせたいと思っている。その目が絶望に染まる事のないように――劉禅には国を引っ張って貰いたいと劉備は思う。

 明日、また太陽を眺められるように。

 醒めない夜はないのだから。


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