幻影の焔~残ったのは絶望のみ~
「全く、情けないわね。これじゃ、ジエジンの時と変わらないじゃないの。だから前から言っているのよ。姜維殿は詰めが甘いって。最後の最後で油断して敵にやられるんだから。ジエジンの時もそうだったでしょうに。敵を倒すまで油断は禁物だと――」
くどくどくど。姜維は耳にたこが出来るほどの説教にうんざりしていた。あの事件から三日、姜維は寝台の上に沈んでいた。蔡琰のお陰で解毒がすぐに行われ、命に別状はなかった。呉にやって来ていた医者・華佗によると「生きているのが不思議」らしい。それは周囲も、姜維も不思議で堪らなかったが、元姫曰く「私の力を与えたからでしょうね」と言っていた。色んなものに対する耐性が出来てしまったのだろう。とはいえ、完全に毒が抜けた訳ではない。痺れはまだ残っているため、寝台の上で療養していた。
「曹丕達は?」
「劉備殿達と処理に走っているわ。孫権殿は退位される方向で動いているそうよ。何でも、歩練師殿の嘆願で。そして孫和殿、孫覇殿は一昨日の夜死を賜って、昨日の昼、両名とも自害なされたわ」
「自害……だと?」
その決断には驚くしかなかった。何故だ。悪いのは陸遜――いや、核ではあるが種を巻いたのは孫権だ。それなのに何故、死ななければならなかったのか。元姫は顔を背け、唇を噛み締める。
「――決めたのは、劉備殿よ。孫権殿に信はもう存在しない。孫家と話し合って、歩練師殿や孫尚香殿と決めたそうよ。退位の件もそう」
劉備は劉備なりの考えで、呉の民のために決断したのだろう。だがそれは、本当に正しかったのだろうか。姜維にはわからなかった。でも劉備が何故そんな決断をしたのか、姜維にはわかる。蜀を愛し、国民を愛する者同士、汚れ役を買って出た。不器用な人なのだ、劉備も。
「劉禅殿や曹叡殿の襲撃――いえ、子桓様と劉備殿の襲撃に関わっていた人々は処罰されたわ。処刑されたり、放逐されたり、ね」
ああ、それは劉備殿の指示ではないわ。孫権殿が自ら選択して行った事よと元姫は注釈する。最初に考えていた、呉の国力衰退は免れないか。姜維は溜め息をついた。そして、一つ、気になる事があった。
「陸遜はどうした」
「それが……不在で皆探しているところよ。何処にも居なくて、奔走しているわ。蔡文姫殿も馬超殿達も、呉の将兵……朱然殿達も探しているのだけれど、中々見つからなくて」
見つかれば処刑される。陸遜が孫権の代わりに全てを担っていたのは公になっているそうだ。だから陸遜は逃げているのか――いや、そんな男ではないだろう。陸遜はまだ何か隠しているのかそんな気がしてならなかった。
姜維は身体を起こすと布団を剥いで寝台から下りようとしたが、足の痺れがまだ残っており力が入らなかった。




