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姜伯約の北伐政策  作者: はくりなのい
第四章 陸伯言の決断
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幻影の焔~氷結の幻想~

■■■■


「ち、父上っ!」

 同時刻、建業城内客間。劉禅と曹叡の待機場所であり、曹丕が二人を護衛している間である。曹丕は口元の血を拭い、血を吐き捨てた。目の前に立つのは孫権――。だが、曹丕の知っている孫権ではない。彼は剣を携え、ただ一人そこに立っていた。息子である曹叡の悲痛な声が響く。これが一人なら少し厳しかったが、鄧艾と鍾会もいる。彼らに護衛させているため問題はない。

「貴様直々に殺しに来るとはな。初めから私と劉備が狙いか」

「何だ、知っていたのか」

「愚問だな」

 曹丕は口角を釣り上げて小さく笑う。

「気付かない訳あるまい。劉禅と叡を狙う意味などないだろう。劉備も恐らくそれを理解している。だからこそ、口には出さなかったのだろうがな」

 最初に蜀で話した時、違和感を持った。歩練師がわざわざ危機を知らせる事に。彼女の性格から考えるとまずは孫権を止めるだろう。それをせず、外部の魏蜀に助けを頼んだ。そこから考え、何か別の狙いがあると踏んだのだ。劉備の軍師、諸葛亮もそれは理解していただろう。だが確証がなかった。だから言わなかった。曹丕も同じである。

 それが疑問に変わったのは孫権と話をした時だ。太子廃立の話、暗殺の話――そして劉禅達を狙う意味。孫尚香の「劉禅を呉の皇帝へすげ替える」という話。――どれもが支離滅裂としていた。まるで下手な物語でも見ているようだった。いや、それこそが、杜撰である事こそが呉の狙い。彼らが狙い、価値のあるものと言えば、一つ。そして確証は、劉備が呉へやって来た時に確証となった。

 劉備を狙う。彼らは姜維という餌を使い、劉備の聖人君子の性格を使い引きつけたのだ。

「だがこの曹子桓、ただでやられるほど弱くはないぞ」

「それはわしも同じだぞ、曹丕。だが、お前に帰る道はない」

 部屋の扉が開け放たれ、槍や剣を構えた兵士達がなだれ込むように室内へ入ってくる。数は二十、いや、それ以上か。曹丕と劉禅達は囲まれ絶体絶命の危機となった。

「だがわしは無闇に殺生をしない主義だ。貴様がその命を捧げるというのなら、後ろの劉禅達は見逃してやろう。その命一つで全てが補えるのだ。安いものだろう」

 孫権は得意げに、声に少しの慢心を含ませて太い声を伸ばした。

「ほう、この曹子桓の命を安いと言うか。――自惚れるなよ、孫権」

 曹丕は剣を地面に突き刺し、己の胸へ手を添える。

「この曹子桓の命がその二人の命と同等だとでも? 人間の命はその人間一人の命しか補えぬ。それは貴様でも、我が父・曹操でも、神と崇められる劉備でも同じだ。私の命で、全てを救えると思っている貴様は、浅はかだな」

「なら、劉禅達には死んでもらうがそれでもいいんだな、曹丕」

「出来るものならやってみるがいい。――この曹子桓の前で、殺せるのならな」

 兵士達は弓を構える。向けられる矢は曹丕と劉禅達へ向いていた。だが曹丕は勝利を確信していた。これは自惚れでもなく、ただの事実だ。

 何せ曹丕はとんでもない兵器を持っているのだから。

「――放て!」

 孫権の声で矢が一斉に放たれ、矢の雨が降り注がれていく。曹丕は劉禅に視線を送り、彼は棚に置かれている酒が満たされた瓶を棚から落とす。瓶は割れ、酒が地面に染みこんでいく。孫権はそれに一度だけ振り向き、すぐに視線を曹丕へ戻した。

 だが、それが合図だ。

 矢が曹丕達に届く前、寸前で、瞬きの間に停止し氷漬けとなる。それは幻想的で一種の景色を見ているようだった。兵士達までもが凍り付き残っているのは孫権だけとなる。


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