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姜伯約の北伐政策  作者: はくりなのい
第四章 陸伯言の決断
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幻影の焔~皇帝の責~

「いいえ、まだ終わっていないわ」

「……どういう事だ」

 姜維は元姫の覚悟と責務が積まれた漆黒の瞳をじっと見つめる。

 ――孫呉、建業城。

 姜維達は城の様子も確かめるため、あの後すぐに建業城へ退いた。姜維は元姫に傷を塞いで貰い、一時の安寧を得る。城内は役人達が行き交い、忙しなく動いている。そう、明後日に控えた平和記念祝宴のためである。前夜の宴で襲われた孫権はすっかり回復し、劉備と諸葛亮が手を回したのか姜維達の軟禁も解かれていた。

 そして現在、姜維達は一室に集まっている。姜維、王元姫、趙雲、曹丕、蔡琰、劉禅――そして劉備と諸葛亮。馬超と馬岱は部屋の護衛をさせているため室内にはいない。

「確かに核は回収されたわ。けれど、まだ事件は解決していない」

 元姫の言う事件。太子廃立の政争と孫権暗殺事件だろう。だが、核が回収された今、それは姜維達には関係が無い。解決する理由がない。お人好しで国を助けるほど蜀の国は裕福ではないのだ。だが、劉備や劉禅は違う。きっと彼らならこう言うだろう。

「――うむ、私達で解決しようではないか」

 豪勢な椅子に腰掛ける劉備は聖人のような笑みを漂わせる。彼の傍に控えている諸葛亮もわかっていたようでただ目を伏せるだけだった。元姫は劉備の言葉を聞くと肯定の言葉を吐き、姜維へと視線を向ける。

「姜維殿には説明したわね。核は国を傾ける事が出来ると。それが今回、呉で起こった。このままバイシューが居たら、呉は滅んでいたわ。……でもね、バイシューはただきっかけを作ったに過ぎないの」

核として様々な人に取り憑ききっかけを起こす。その後、核は干渉せずただ傍観する。何故なら、核が手を加えなくても人間が思い通り動いてくれるからよ――と元姫は腕を胸の前で組み直し話を続ける。

「バイシューは歩練師殿に、孫魯班殿に取り憑いた。そしてその影響を孫権や建業の人間は受け、太子廃立なんて事件が起こってしまった。……後は彼女の思い通りでしょうね」

「……そうか、孫権が変貌した理由は……」

「ええ、近くに歩練師殿にバイシューが取り憑いたからでしょうね」

 だからといってすぐに正常さを取り戻す訳ではない。普通ならゆっくり取り戻していくが、長年取り憑いていたのなら別だ。それは魂にまで染みつき、魂が囚われ、本当の人格は出てくる事はない。周囲の人間もだ。

 けれど助けられない方法がない訳じゃない――と元姫は語る。

「助ける方法は一つ。外から呼びかける、それだけよ」

 元姫の力を使って助けるのは不可能。何故なら、長年核の影響を受けたり、取り憑かれていた身体は「力」に慣れているからだ。元姫の力の効果は半減、それ以上に効果を表わさないらしい。

「孫権殿が正常に戻らなければこの国に未来はないわ」

 それは確か、ごもっともな事だ。元姫の言葉で包まれる静寂。それを打ち破ったのは劉備だった。彼はすぐ後ろに控えている諸葛亮と一度目を合わせた後、腕を組み直し口を開いた。

「しかし、元姫殿。孫権殿が戻っても彼が帝位に戻る事は実質不可能だ」

「劉備殿、それはどういう事でしょうか?」

「孫権殿は皇帝だ。皇帝はこの不始末を処理しなければならない」

「はい、それは存じておりますが」

 劉備の言いたい事が上手く伝わっていないらしい。劉備は「そういう事ではなくてだな」と前置きした後、一から話し出す。

「皇帝というものは国家全てに責を負う。民の命一つ一つ、国の資産一つ、皇帝が全て背負わなくてはならない。国家に禍をもたらした場合もそうだ。全ての責任を皇帝は負う」

「孫権殿は、今回の事件全ての責任を負うという事ですか」

 そうだ、と劉備は首を縦に振って頷いた。

「そのために、呉内を安定させるために孫権殿はまず帝位を退き、太子廃立争いを起こした孫和と孫覇にも罰を与えなければならない。よくて島流し、普通に対処すれば死刑だろう。そして自らは帝位を退き、その命を持って罪を購う。……孫権殿は臣下を殺し過ぎた。これでもまだ甘いくらいだ」

 劉備の言葉に元姫は黙り込み、漆黒の瞳を揺らす。現実の厳しさを知った顔だ。

 元姫は皇帝ではない。曹丕という先帝が居ても、劉備という頼れる仁君が居ても、劉禅という皇帝が居ても、所詮は「曹魏の臣下の妻」でしかない。皇帝としての責務も何も知らない。元姫は人間ではない、力で半分程度解決出来てしまう。劉備が言う「処理」を理解出来ないのだろう。救いたい、誰も死んで欲しくない。そう思っているのだ。

「ま、待ってください、何故命を絶たなければならないのですか? 確かに、孫権殿は呉内を混乱に陥れ、人民からの信頼は落としてしまいましたが……」

「孫権殿が皇帝だからだ」


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