幻影の焔~欠乏した愛を求む~
姜維は己の腹へバイシューの腕を貫通させた。口から血が吐き出される。多量とも言える血液を。ジエジンとの戦いで慣れていて良かったと密かに姜維は思った。
「はな、離しなさい! 元姫の力は、わたくしは……ッ」
何をやるのか理解したらしい。これでバイシューは姜維から離れられない。彼女の、元姫の力は核を拘束する力も持つようだ。痛みに耐えながら姜維は理解する。
後は元姫の力を使い蘇生するだけ。姜維は曹丕達を見据え頷く。バイシューは藻掻く事すら出来ず、憎々しげに姜維を睨み付けていた。
「動けないか、やはり」
「っ……何で、あなたが元姫の力を……持っているんですの」
「ちょっとした縁だ。貴様に語るまでもない。今から、倒される貴様にはな」
姜維は高らかに手を掲げる。バイシューはそれに怯えた顔を見せた。だが、これはフリである。元姫の力の使い方なんて知らないし、どうやって使えるのかもわからない。姜維の瞳には焦りが見えていた。
「どうして元姫殿を畏れるのだ? 核……バイシューは」
そんな窮地を救ったのは劉禅の間延びした声だ。劉禅は秀麗な顔に笑みを漂わせ、バイシューの意識を姜維から外した。いつもの「余所向き」の顔を見せて。彼女は紫の瞳で劉禅を睨み付ける。
「わたくし達核は、元々神だったんですの。邪神ですけど。神によって神器を作るために使われ、核となった。……故に、わたくし達は主である神器に逆らえない。回収されれば、わたくしの意志も何もかも消え去るから」
同情した。劉禅はバイシューに何とも言えない顔を見せる。それは劉備そのものだった。助けるなんて言い出さないでくれ。姜維は密かに願った。
「わたくし達の願いは一つ、ただ一つの命として生きたい――それだけですの」
「それなら、元姫殿に頼めば良いのではないか?」
いいえ、元姫はそれを許さないでしょう。バイシューは目を伏せて劉禅へ静かに告げる。
「それに、わたくしと元姫の行く先は違いますの。元姫は核を回収し世界を泰平へ導く事。でも、わたくし達核は違う。――わたくし達は、自分達が生きられるのなら、世界など滅んでも構わない。誰が死のうが、構わない。そう思っていますの」
だから元姫とは相容れない。自分達のためならば世界が滅んでも構わない。紫眼には確固たる意志が見えた。ああ、バイシューも、核も信念を持って戦っている――それは人間も核も変わらないのだ。ならば、彼女と対等に戦わなければならない。
元姫はいつだってそうだった。自らの我が儘で核を解放してしまい、それに悲観する事などせず彼女はいつだって世界の、国のために奮闘していた。きっと姜維を騙した――否、選んだのも何か理由があるのだろう。そんな事は知っている。
「……そうか、バイシュー、あなたは寂しいのだなあ」
「な……何を……馬鹿な事を言っていますの? 戯言もいい加減にしてくださいませんこと?」
「本当は、認めて貰いたい、見てもらいたい、もっと構って欲しい――そうじゃないのか?」
劉禅はいつもの間延びした声ではなく、はっきりとした、利発そうな声で意思を貫いた。バイシューはその言葉に喉を静かに鳴らす。姜維は静かに腕を下ろした。
「何も、知らないくせに……わたくしの事を――ッ」
「わかるぞ、私も同じだからな」
バイシューは意味がわからないようで首を傾げた。劉禅は小さく微笑み、一歩ずつ周囲を歩き出す。そんな彼の後ろを黄皓が着いていく。
「私は戦乱の中で生まれた。私の父――劉玄徳は忙しい人でな、私が物心ついた時には既に周囲から慕われていた。私は誇らしかった。私の父はこんなにも慕われている、そんな人の息子になる事が出来て嬉しかった」
劉備の子供、それだけで価値がある。養子でも、何でも、彼と繋がりがあればそれだけで価値がある。蜀漢の人間にとってそれは誇らしい事なのだ。しかし、劉禅はそう思っていないらしい。情報通である夏侯覇から以前聞いた。
「だが、父は私を顧みなかった。忙しくて、私を見る暇もなかったのだ。私は父が好きだし、父も私を思ってくれている事くらい知っている。だからこそ、私は……父に見て欲しかったのだ。……だが、皇帝であった父は私だけを特別扱いするわけにはいかない。父の子供は私や弟妹達だけではなく、蜀の民全てなのだ」
愛に飢えている。そなたは私と同じだなと劉禅は足を止めるとバイシューの元へ近寄り、姜維の腹を貫通している腕に手を乗せた。そして彼は、劉備そっくりの清らかな笑みを見せる。
「元姫殿に構って欲しくて、見て欲しかったのだろう? ならば、認めて貰うには、あの手この手で元姫殿を絡め取るしかない。元姫殿に笑いかけて欲しいのなら、そなたは元姫殿を殺してはいけない」




