幻影の焔~策を成す~
「そうね、上手くいかない。そのために、逃げられないよう私は策を講じるわ。建業から出さないよう、範囲を狭めていく。建業一帯に壁を張る。その時、バイシューは私を狙ってくるでしょう。だから、護衛を文姫殿に頼むわ」
となると、姜維達はバイシューを追い詰める役だ。追い詰め、範囲を狭めていく。元姫の張った壁から相手は逃げられない。そこで捕らえるという訳だ。
「だが、相手は邪魔をしてくるであろう」
「はい、子桓様。その通りです。それをいなしつつ、私がお二人に力で逐一情報を伝えます。その通りに動いて頂ければ問題はないかと」
「わかった。元姫、我らを使ってみせろ」
建業内を駆け回り、姜維達は追い詰める。戦闘は――恐らく出来ないだろう。姜維は足下で転がっている呉の将兵達を見ながら判断した。
元姫は右掌で左拳を包み込み、拱手に似た姿勢を取れば目を閉じる。風も吹いていないのに、彼女の髪が靡き、僅かな風が一瞬吹いた。建業に壁を張ったのだと判断する。
「――南南東と、北西。二カ所、そこにバイシューの気配があるわ」
元姫の声に合わせて、蔡琰が姜維と曹丕の額を人差し指で触れる。すれば脳内に建業の場所が流れてくる。今、元姫が告げた場所だろう。行き方も、脳内に映し出された。
「では、子桓様、姜維、お願い致しますね。私は此処で元姫殿を守ります」
「わかった。蔡琰、気をつけろ」
蔡琰は曹丕に綺麗な笑みを漂わせる。曹丕はそれをずっと眺めていたがすぐに背を向け、歩き出す。姜維は蔡琰に頷き、すぐに去って行く。曹丕と共に城内で馬を借りれば城を出ては各々目的地へと駆け出して行く。
だが考えているよりも敵は、バイシューは手強かった。五キロ以内に入ればすぐに移動してしまう。取り憑いている人間を変えてしまう。追っても追っても、だ。更には建業の民も操られており、武器を構えて襲って来る。
「くそ」
斬る事は出来ない、呉の民――いずれ蜀の民となる人間だからだ。元姫からは場所を通達されるも度々逃す。姜維は馬を走らせるのを止めて、馬上で疲れた顔を見せる。
「……追いつけなさすぎるぞ、元姫殿」
そう、独り言を呟けば、脳内で声が響いた。どうやら力で元姫の声を届けているらしい。随分と高度な技術――いや、力だ。遠方から遠方へ声を届けられたら戦も楽だろうに。以前そんな話を元姫にした事があったが、彼女は「この世界に携帯はないものね」と言っていた。何の事か全くわからないが。
≪ええ、でも今はこれでいいの。追いかけて、追いかけて、範囲を狭める。壁の外にバイシューは出られない。狭くなったところを、姜維殿達が捕まえる≫
「何故出られない?」
≪私が核の主だからよ。主には逆らえない。それは人間も核も変わらない≫
そういうものか。そういうものよ。
元姫が言うならそうなのだろう。なら、ひたすら追いかけるしかないか。しかし、無駄な時間――いや、待てよ。
「元姫殿、主公達は都市内に居るのだな?」
≪ええ、居るけれど……。呉の兵士達を引きつけてくれていたわ。今は、囮として動いてくれているの。幸い劉禅殿は劉備殿と似た波長を持つ。バイシューを引きつけるには十分よ≫
「……二つ、引きつける事は?」
≪どういう事かしら≫
無数の足音が響く。姜維は馬の手綱を引いて都市を駆けていく。バイシューによって操られている民が姜維を見つけたらしい。遮られれば、足止めは免れない。それは面倒だ。姜維は元姫と話しながら民を避け、建物と建物の間へ隠れた。
「主公に引きつける。そこで元姫殿、あなたが壁を張る。どうだろうか」
≪そうね……可能ではあるけれど、劉禅殿の危険が高まるわ。非戦闘の核だからといって、戦闘出来ない訳じゃない。……でも、その方が確実なのは確か≫
「なら、趙雲殿と曹丕と連携し、主公の元へ追い込もう」
≪逃げるわよ、バイシューは≫
「愚問だな。呉の民を使えばいい」
姜維は策の子細を説明する。普通に追えばまず逃げられるだろう。だが、呉の操作されている民を使えば別だ。民は姜維達に襲い掛かってくる。こちらが手を出せないのをバイシューは理解しているからだ。ならば己を餌に、人を使い疑似的な壁を作る。一時、足を止められればいい。戸惑ってくれれば、足が止まる。その後は元姫の仕事だ。
≪……姜維殿達も危険になるわね≫
「曹丕は知らんが、趙雲殿は戦場で生きてきた将兵だったし、私は戦場で生きているし、倒れる事はない」
≪わかった、その案を採用するわ。……策の子細を伝えたから、すぐに実行にかかりましょう。変化がなければバイシューに気付かれるかもしれないわ≫




