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姜伯約の北伐政策  作者: はくりなのい
第一章 劉玄徳の防衛戦線
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結晶の囚人~三国不可侵条約~

「ほら、元姫殿は蜀へやって来てまだ一ヶ月だろう? やって来てすぐ姜維の戦に着いていってしまったし、蜀の事何も知れていないと思ってなあ」

「主公、元姫殿は仮にも魏の人間です。それに彼女の夫は――」

「だから、案内してやってくれないか、姜維」

「わ、私が、ですか?」

 突拍子もない事を告げられ姜維は少し戸惑った。確かに元姫は一ヶ月も経っていない。が、彼女は敵国ある曹魏の人間。あまり内部を教えるのは蜀にとって痛手だ。しかし、劉禅はそう思っていないらしい。それとも何か別の考えがあるのか。

「しかし、私は仕事がまだありまして……」

「その、竹簡の山か?」

 劉禅は姜維の机に散らばっている竹簡を指し、姜維は「お恥ずかしながら」と頷く。前任の丞相であった諸葛亮の引き継ぎを他の将兵と行い、彼の仕事を分配して行ってはいるが如何せんどうしても彼の仕事量をこなす事は今現在不可能に近い。これを一人で行っていた諸葛孔明はやはり、天才だ。

「ふむ……――だが姜維に案内して欲しいのだが……」

 劉禅は視線を元姫へ向け、彼女は意図を察したのか口を開く。

「では、劉禅様、三時間ほどで如何でしょうか? そうすれば姜維殿の仕事にも支障はなく、私もこの成都を知る事が出来ます」

「おお、名案だ。そうしよう、流石元姫殿だなあ」

 案内なんて末端の兵士にでも頼んでくれないか――。姜維は喉から出かかった言葉を押し込んで、貼り付けた笑みで渋々了承し、胸の前で拳を包み込み一礼する。「では、頼んだぞ」と劉禅はご機嫌良く姜維の部屋から出て行く。皇帝陛下直々に頼まれたのならそれを破る訳にはいかない。何より劉禅は己の命よりも大切な人だ。姜維は深く溜め息を吐き、仕事を中断すると元姫と共に成都の町へ向かった。


▲□▲□


 成都。

 この蜀漢の首都である。山々に囲まれ、防衛としてはどの都市よりも向いており、とても攻めにくい都市である。だが逆に攻めに転じるとなると難しいというデメリットを抱えている。この地は先帝劉備が己の地を手に入れるために最初に得た都市だ。町は活気に溢れ、首都らしい首都と言える。

 姜維は、あちらこちらに視線を泳がせる元姫を見つつ彼女の数歩後ろを歩いていた。目を輝かせる彼女は年相応に見えない。まあ、元々小柄で可愛らしいのだが。

「……これが成都……。素晴らしいわね、姜維殿」

「褒めなくていい。許昌より貧しいのは知っている」

「国は民があって成り立つもの。この成都は許昌と同じくらい素晴らしいわ。姜維殿、あなたは少し偏屈過ぎるわね」

 振り返って後ろ向きに歩く元姫。ぶつかるぞ、と言えばすぐに姜維の隣へ戻って来る。

「でも素晴らしいのは劉備殿が最初に得た都市だからかしら」

「ああ、それもあるだろう。……蜀にとって劉備様は正に神に等しきお方。あの方が居なければ劉禅様も、今の蜀もなかった」

 後漢末期、宦官の専横、漢王室の衰退、民の反乱――とこの大陸は混迷を極めていた。数多の群雄が立ち上がり、そして散っていった。そんな中で残ったのが曹操、劉備、孫権である。そして今、三国鼎立の時代を迎えている。

「それは我が国でも言えるわね。今、皇帝は曹叡様だけれど……曹操様や曹丕様は神みたいに崇められているもの。最初に功績を打ち立てた人は崇められるものよ」

 元姫は客を呼び込んでいる女官に引き寄せられるように彼女から饅頭を二つほど購入し、一つは己に、一つは姜維に差し出し姜維はそれを受け取る。

「三国鼎立の時代――曹操様達が引退する前、不可侵条約を結んだけれどきっと長くは続かないわ。……そうでしょう、姜維殿」

 元姫の問いかけに姜維は何も答えなかった。その不可侵条約を最初に破ったのは、他でもない姜維だからだ。魏に侵攻し劉備達が打ち立てた平和を破った。そもそも三国鼎立など長く続かない事知っていたし、そんなかりそめの平和に甘んじるつもりはなかった。劉備が、諸葛亮達が目指した漢王室の復興。そのために蜀はある。ならば魏を討ち滅ぼす事が最終的な目的である。今度こそ失敗は出来ない。

「不可侵を破った事に今更文句は言わないわ。それが乱世だもの」

「そうか。私も弁明などするつもりはないのでな」

「私から言えるのは、戦は国を疲弊させるだけだから控えた方が頻繁な出兵は控えた方がいいという事くらいかしら」

 饅頭にかぶりつく元姫を横目で見て姜維は同じく饅頭をかじる。口内に甘い味が広がり、疲れすらも吹っ飛ばすようだった。そういえば、官吏となってから休みを貰った事なかったなと思い出した。

「でも劉禅様、聡明ね」

「……聡明?」

 その言葉に姜維は首を傾げた。確かにお優しい方であるし、心は劉備に似て清らかだ。清廉潔白という文字が合う人だろう。だが聡明と言われると失礼ではあるが首を傾げる。

「ええ。……あら、気付いてないの? 劉禅様は私の案内、あなたの休暇、町の視察を私達に託した。だから着替えろなんて劉禅様は言われなかった。武官の服で町を歩けば、官吏が見ているぞって民の牽制にもなる」

「……そこまで気付かなかった」

「姜維殿、安心していいわよ。劉禅様は暗愚じゃない。劉備殿と比べたらそりゃ劣るけれど、立派な皇帝よ。諸葛亮殿も認めた、ね」

「あなたは、人をよく見ているのだな。元姫殿」

「名門の家に生まれれば自然とそうなるわ。今の時代、女は聡明でなくては生きて行けない。家では女が強いんだから、結婚相手も己で見つけなければならないし」

 男が外で戦い、女は家を守る。この時代はそういう時代だ。女が娶られる側の時代は終わり、女が男を選ぶ時代だ。一妻多夫性――流石に皇帝は世継ぎ問題があるため一夫多妻制だが。

「あなたの夫もあなたが?」

「旦那とは昔から交流があったから、自然とそうなった形よ。幼馴染みみたいなものかしら。姜維殿は結婚しないの? 婚期逃すわよ」

「主公から勧められている女性は居るが気が進まなくてな。私は元魏の将であるからそれも尾を引いているのだ」

「……ま、姜維殿はまだ成人年齢じゃないから焦る必要もないかもしれないわね。字はもう決めていたりするのかしら」

「魏に来る前……女性の成人年齢と同じくらいに成人する予定だったから、母から貰った字はある。後は私次第という事だな」

 成人するのに、豪族は盛大に催したりするが姜維は一人で蜀へ来たので家族もいない。そもそも家族も親類も魏だ。故に今日から成人しますと言えば成人出来る。


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