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姜伯約の北伐政策  作者: はくりなのい
第二章 蔡文姫の知略
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幻影の焔~戦のにおい~

「姜維殿、一人で平気?」

「問題ない。それに私が動かなければ何もわからないからな」

 疑われたら困る。そうと決まれば早速動き出した方がいいだろう。姜維達は部屋から趙雲、蔡琰と共に出て行く。廊下を歩き、各々目的の場所を目指す。

「趙雲殿はどう考えますか、今回の事を」

 そう質問すれば趙雲は「そうだな」と口元に手を添え、手を下ろした。夜風に靡く彼の髪が風に乗って踊る。

「太子廃立は孫権が撒いた種、孫権暗殺もそうだな。しかし劉禅殿の事は……一介の皇帝が考える事とも思えない。現皇帝を奪おうなど……まるで他に別の目的があるようだ」

「別の目的……ですか」

 趙雲の言葉を反復する蔡琰。三人に静寂訪れ、静寂を蔡琰は壊す。

「狙いは……蜀かもしれません。国力の低下、人心の離れ、彼らが欲すのは神のごとき存在で蜀にとって力であり代えがたい宝」

「殿か」

 蔡琰は趙雲の言葉に静かに頷いた。推測の域ですが――と付け足して。

「ですが劉備様は呉に来ない。そんな彼を誘き出すにはどうすればいいか……」

「主公を人質とし誘き出す。皇帝が人質となれば劉備様も蜀で休んでは居られない……そういう事ですね」

「ええ、だから多分……劉禅殿を呉帝にというのも恐らく……」

 劉備様を誘き出すためでしょう。蔡琰は静かにそう告げ、姜維と趙雲の警戒を高まらせる。

 劉備は不思議な存在だ。居るだけで人が集まる。それは蜀内部だけでは収まらない。彼の魅力的な仁徳、そして人間性がそれを成している。だがそれもいい事ばかりではない。戦乱の時代は何十年と曹操に追われ続け、夷陵で引退してもそれは続いたらしい。

 蔡琰の言う通り劉備であるならこれは早々に終わらさなければならない事件である。姜維は城の前で二人と別れ、陸遜へと会いに向かう。


■□■□


 ――同時刻、成都。

 劉備は玉座の間にて玉座に座り深い溜め息を吐いた。皇帝が不在のため、代わりとして行っている執務も終える。さて、そろそろ休もうか――と思ったところに諸葛亮がやって来ては劉備に竹簡を差し出した。それは使者が持ってきた、呉の趙雲からのものである。目を通して劉備は溜め息を吐く。

「我が君、呉は我が君を狙っているかと。我が君の威光、英雄としてのあなたを欲しているのです。呉の国力低下、人心の離れ。それら全てを我が君が一つで補える――」

「だが孔明よ、私はただの人間だ。神でも何でも無い」

 竹簡に書かれていた事は、孫覇と孫和の廃立争いと暗殺は密接な関係にあるという事が細かく書かれていた。そしてそれだけで諸葛亮は「孫和派が暗殺を企てているのでしょう」と予想した。此処に姜維が居れば「流石、諸葛丞相です」とでも言いそうだ。

「しかし、劉禅が狙われているとわかるのだな」

「ええ、だって尚香殿が居るじゃないですか」

「ああ……そうだったな」

 劉備は肘置きに肘をついて頬杖をつく。孫尚香、久し振りに聞いた名前だ。

 孫尚香、かつての妻である。劉備の妻は戦で殆ど失ったり、捕虜となったりで行方がわからなくなっている人が多い。それには娘二人も含まれる。今生きていて行方がわかるのが孫尚香だけ。しかし彼女はもう何十年も前、劉禅が阿斗と呼ばれていた頃に彼を誘拐しようとし、劉備は彼女と離縁した。そもそも苛烈な性格の彼女と、優しい劉備では性格が合わなかった。彼女は城内でも武装していたため、劉備は何となく苦手意識を持っている。

「尚香がどうせ一枚噛んでいるのだろう。趙雲達で何とかしてくれればいいが」

「尚香殿は、数年前の祝宴でも劉禅殿を攫おうとしたお方ですよ。自分の子供がいないから、劉禅殿を欲しているお方です。……諦める線は薄いかと。そもそも我が君が呉へ最初から行っていれば早いんですけどね。我が君が尚香殿を毛嫌いして行かないから」

「毛嫌いじゃない、本当に嫌いなんだ。だから閨の相手をするにも一苦労だった」

「ああ、我が君は昔から小物ですしね」

「何、孔明今日酷くないか? 月英にでも怒られたのか? 抱き締めてやろうか?」

「いえ、私我が君のおっさん臭い固い胸はちょっと……」

「誰がおっさんだ! こちとら外見年齢二十四だ! あと加齢臭出てない!」

「知っていますか、我が君なんて十代の姜維に比べたらおっさんですからね、おっさん。今だから言いますけど、初めて出会った時あなたの事ガキの顔したおっさんって思ってました」

「え、何それ酷くないか? しかも三十年以上付き合ってきて今更?」

「我が君の最近のおっさん趣味を見ていたら思いだしたので」

「孔明、月英呼んでいいか?」

「すみませんでした」

 全く失礼過ぎる臣下だ。孔明じゃなかったら処断だからな、処断。劉備は顔を背けるも、諸葛亮は目を細めて羽扇の内側で笑っていた。冗談もこの程度にして話を戻す。

「……だが呉の国力低下は問題だな。均衡が崩れると戦となる」

「ええ。そして我が蜀か、魏が呉を食らい尽くすでしょう。……平和を保つためには均衡を崩してはいけません。……しかし、平和を謡う呉がそれを率先するとは」

「核だろう」

 劉備は断言する。数ヶ月前に戦った氷の核、ジエジンを思い出した。あの戦いで夷陵の時以来の大怪我をした。あの後臣下にもこってり絞られた訳だが。

「核であれば国を傾ける事も可能だと元姫殿から聞いた。……我々も出る準備をしておいた方がいいかもしれんな」

 そうなると蜀に皇帝不在となるがその辺は法正や月英、馬超や馬岱に託せばいいだろう。蜀の人材は豊富だ。引退した家臣達であるが劉備のためならば動いてくれる。劉備は竹簡を丸めると腰を上げ、諸葛亮を伴い玉座の間を出て行く。

 だが、しかし、嫌な予感だ。



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