幻影の焔~混沌~
趙雲はふむ、と腕を組み直す。彼の事だから諸葛亮や劉備に使者を既に派遣しているのだろう。やる事が早い男だ。
「……それで、子桓様は襲われたのですね。口封じ、いえ、注意勧告ですね。これ以上詮索するな、という相手側の」
先帝であるため殺せば魏と戦となる。ならば、軽い傷くらいは負って貰おうという事で襲ったのだろう。だが、この方法も戦を引き寄せるのではないかと姜維は思う。蔡琰の言葉に全員は納得する。
「それに加えて、劉禅殿と陛下が狙われている……――混沌としてきたわね。……いえ、孫権殿を殺した後に劉禅殿と陛下を殺せば、報復として殺したと魏と蜀に濡れ衣を着せられる。そして両成敗という事で三国とも水に流すという形でまた平穏を保てるという事でしょうか」
「乱世に戻るだけだな。そんな事私がさせぬ。殿が引き寄せた平和を崩す事は、この趙子龍が許さん」
趙雲は元姫の告げた推測に瞳を鋭く赫かせた。手に持つ槍に力を込める。
だが、それらは全て原因などどうでもいいのだ。姜維達の目的はただ一つ、劉禅達の安全を守ること。姜維の目的のために陸遜に頼まれた太子廃立争いを止め、孫権暗殺未遂の犯人を突き止めるというのもあるが――それらは後でどうとでもなる。目的に関しては、今は諦めるか。姜維はとりあえず、己の目的の事は胸の内へ仕舞い込んだ。
「一先ず陸遜に事情を聞かなければならないだろう。もし、孫和派で、陸遜も裏で手を引いていたら私達は彼に嵌められたようなものだ」
「はい。趙雲殿、その役目は私達が担いましょう。私と元姫殿で伯言殿の元へ。曹丕は使えませんし、また襲われては困るので蔡琰殿に護衛をしてもらう形で」
「ああ。その方がいいだろう。……それと、もう一つ、問題が発生していてな」
趙雲は深く溜め息を吐いては右のこめかみ付近を押さえる。そして絞り出すように言葉を吐き出した。まるで、憚られるように。
「尚香殿が、劉禅殿を呉の皇帝に、と望んでいる。劉禅殿を呉へ連れて来て孫家の誰かと婚姻させるつもりだ……」
何だ、その暴挙は。それには驚きの声を上げるしか亡かった。そう、私が一番驚いている――と趙雲は疲れた顔で告げる。
「私と元姫殿、先ほど宴の場で尚香殿の口から聞いたのだ。周囲も“昭烈帝(劉備)の子供で、姫様(尚香)が育てた息子なら”と歓迎の雰囲気でな……」
「ま、待ってください。呉は孫覇と孫和が居るじゃないですか。今でも争っているのに、何故主公を? 理解が追いつかないのですが」




